ノゾミとナナセ
あおきひび
おうちバカンス
ダイニングテーブルでナナセがご機嫌にPCをカタカタやっていた。いつもの動画編集だろうか?それにしてはやけに楽しげだ。鼻歌なんか歌って。ノゾミは訝しんだ。
「ノゾミぃ、見てよこれ」
ナナセはくるりと画面を向けてみせる。そこには旅行会社のHPや旅ブログ、情報サイトのタブが大量に表示されている。
「せっかくのゴールデンウィークなんだし、バカンスしよーよ、バカンス!」
イメージ画像に映っているのは、ハイビスカスに縁取られた青い海。アロハシャツを着たウクレレ奏者の首には色鮮やかなレイが掛かっている。
南国の空気に早くも浮かれているナナセ。それを冷ややかな目で見つめながら、ノゾミが口火を切る。
「却下」
「えぇ〜っ?」
ノゾミは腕を組んで、理路整然とまくしたてる。
「まず、僕たちには金がない」
最近ただでさえ物価高なのに、海外旅行なんてとんでもない。ノゾミはため息をついて首を振った。ナナセが「お金ならあるよぉ」と反駁しても、「そうやって無駄遣いするから貯金できないんだろう」と一蹴される。
「次に、ゴールデンウィークなんてどこも混んでる」
あんな人混みの中出歩くなんて正気じゃない。第一、いまから新幹線や飛行機のチケットが取れるわけないじゃないか。ノゾミは眉根を寄せて苦い顔をする。ナナセが「まだわからないじゃん」と文句を言うと、「お前はいつも行き当たりばったりすぎるんだよ。前の旅行だって、ホテルの予約が取れなくて大変だったろう」と正論を宣った。
「でも! 前の旅行なんて半年も前なんだよ!」
ナナセは泣きそうな声で叫んだ。
「ボク、ノゾミと行きたいとこいっぱいある。せっかく休みが揃ったんだから、チャンスだって思った、それだけなのに」
ノゾミはナナセのしおらしい様子に、少しだけ罪悪感を覚えた。
なので、こんな提案をした。
「それなら、家でやればいいじゃないか」
「ぐすん……え、なにを?」
「バカンスだよ」
明くる日の夜。ダイニングキッチンでは着々とバカンスの準備が進められていた。
ナナセは一抱えほどもある花束から南国の花々を抜き取ると、家のあちこちに置いた花瓶や吊るした花籠に飾りつけた。天井に渡したガーランドには、赤や黄色のハイビスカスの造花が踊っている。
(フラワーアレンジメントの資格、取っておいてよかった)
ナナセは自らの美的センスに従って、時に繊細に時に大胆に、花々を配置していく。カンナ、プルメリア、グラジオラス、ブーゲンビリア……。鮮やかな色彩とかぐわしい香りが、いつもの部屋を別世界へと変身させていく。
そこに、ノゾミが料理の皿を手にやってきた。テーブルに次々と並べられたのは、ロコモコとハワイアンパンケーキの皿だった。丼の上で焼きたてのハンバーグと目玉焼きが湯気を上げて、添えられたアボカドとトマトはみずみずしい。パンケーキにはスライスしたいちごが綺麗に盛られて、中心にホイップクリームがこんもりと絞ってある。トッピングには刻んだマカダミアナッツがたっぷりかかっている。
ノゾミは仕上げにパンケーキシロップを回し掛けて、満足そうに微笑んだ。
テーブルについて、ふたり揃って手を合わせる。
「いっただっきまーす! おいしそ〜!」
ナナセは我先にとロコモコ丼に箸を伸ばした。ジューシーな肉汁とデミグラスソースが白ごはんに絡み合って、まろやかな旨味が口いっぱいに広がる。
夢中でぱくついていると、ふいに目の前のノゾミと目が合う。ノゾミは得意げな顔をして、頬杖ついて目を細めている。
「ほら、ジロジロ見てないで。ノゾミも食べなよ」
「はいはい」
ロコモコ丼が空になった頃。パンケーキにナイフとフォークを入れながら、ナナセがふと思い立って尋ねる。
「海外がダメなら、近場はどう? 日帰り温泉旅行とかさ」
「それなら、いいところ知ってる。一泊くらいしてもいいだろ」
「やった! それとそれと、ボク海を見に行きたい。ビーチに行こう」
「海開き前だったら、混まないから良さそうだな」
ふたりはあれこれと計画をふくらませていく。
「でもね、ノゾミ」
「ん、何だ」
「おうちバカンスも、けっこう楽しいね」
「ああ、そうだな」
互いに親密な目配せを送り合い、甘いパンケーキは次々切り分けられて口の中に消えていく。それだけで十分幸せな、とある夜のことだった。
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