第26話 サインは出すから
「南雲さん。私たち、二日連続で会えるなんてラッキーですね!」
甘い雰囲気が終了。
私は完全に話題を逸らそうとしていた。
妹と呼ばれて傷ついた気持ちを癒やすように、南雲さんとは残り少ない時間を、できるだけ楽しく過ごしたかった。
「私の制服姿どうですか?」
その場に立って、くるりと一回転してみせた。
正直に言って、私は焦っている。
平静を装えているだろうか。
「……そのまま、雑誌の表紙を飾れるレベルだよ!」
褒められた。南雲さんにつられて私もにっこりと笑う。
真っ白い光に包まれる。ああ。もう1時間経ったんだ。
瞬く間に、南雲さんは私の前から消えた。遠くの方では、サイレンの音が聞こえる。頭はやけにスッキリしていた。
初めて南雲さんに2日連続で会えた。理由はわからない。だけど、会いたいと心の中で強く思ったことが理由かなと、ロマンチックなことを考えてみる。
もしかすると、条件が揃うと週に一度だけではなく、何度も彼女に会うことができるかもしれない。そんな微かな希望を持って、私はシャワーを浴びに行こうとした。
◇
翌日は雨だった。丁寧にヘアブローをしても髪型が決まらなかった。
制服はシワになることはなかった。とりあえずホッとする。
あれから、お母さんとは顔を合わせていない。靴があるから、家にはいるということだろう。
教室に入り、自分の席に行くと、雛ちゃんが待ち構えていた。私の顔を見るや否や、「三莉ちゃーん!!」と大きく手を振った。笑顔だった。
最近雛ちゃんは、私に特別優しいように思う。
この前は手作りクッキーを渡された。こんぶのお返しだということで、ありがたく受け取った。
しかし、砂糖と塩を間違えたようで、塩辛い印象のクッキーだった。だけど、作ってくれた雛ちゃんの気持ちが嬉しくて、残さずに全部食べた。
後から知ったことだけど、雛ちゃんは岸ちゃんには手作りクッキーを渡していないらしい。私たちは3人グループだ。それにもかかわらず、岸ちゃんに渡していないのはまずいと思った。
雛ちゃんは優しい性格をしている。いつもだったら、角が立たないように岸ちゃんにもしっかり渡しているはずだ。雛ちゃんの心に、少しずつ変化が現れている気がした。
「三莉ちゃんは、どんな音楽が好きなの?」
雛ちゃんに質問されたので、私は今流行りのアーティストを答えた。夜、勉強が捗らない時にサブスクで聴いているから嘘ではない。
本当は『アイドガール!』関連の音楽を一番聴いているけど……。ここで言うことではないと思ったので、黙ったままでいる。
「私も好き! おすすめとかある?」
雛ちゃんに聞かれて、ヒット曲と、少しマイナーな曲をいくつか挙げた。なんとなく、私に話しかけたくて、無理やり話題を作ったような質問だと思った。
雛ちゃんとは今までも普通に話しているけど、こんなにグイグイ来られたことはなかった気がする。次は、「行ってみたいところ」「最近ハマっているもの」と続いた。嬉しい気持ちもあったけど、急な距離の詰め方に戸惑いも感じた。
「ごめん。ちょっとトイレに行ってくるね」
「ついて行っても良い?」
「大丈夫! 一人で行ってくるね」
トイレに逃げて来てしまった。雛ちゃん、悪い子じゃないんだけどなぁ。今日は、どうにも楽しく話せる気がしなかった。
そう考えると、南雲さんはすごい。強引なところがあるのに、不思議と嫌な気分にはならない。気づけばペースを乱されていて、むしろ彼女のペースを崩してみたいと思っている自分に気づく。
南雲さんはどこに住んでいるんだろう。私の家と近いかな。クローゼットを通じてではなく、普通に外で会うことはできないだろうか。時間を気にせず話せたら、もっと楽しいに違いない。
だけど、少し怖かった。私たちは住んでいる場所を伝えることができない。LINE交換もできなかった。まるで外の世界でつながることを禁じられているみたいだと、ふと思った。
なら、おとなしく、今ある幸せを大切にした方が良いかもしれない。
何か行動を起こして、今あるものが何もかも無くなるのは怖かった。何かルールに違反したら、南雲さんと一生会うことができないような気がした。
だけど、もし南雲さんが「会おうよ!」と言ったら、すぐに「うん」と応えてしまいそうな私がいた。「今すぐそっち行くから」と言われたら、本当に来てしまいそうなエネルギーだって感じてしまうだろう。
サインは出すから、南雲さんから積極的な行動を取ってほしい。妹と言われたことが足枷になって、自分から踏み出す勇気が持てずにいた。
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