ジャジーはあなたの守護てんし

マイナスイオン

で あ い

その日わたしは死ぬべきでした。

建設中のビルから落ちた鉄骨が私を殺すはずでした。


しかしわたしは死にませんでした。わたしの頭上にあったはずの鉄骨は、私のちょうど後ろにありました。その真っ赤な鉄骨はコンクリートにめり込み、わたしは真っ赤に濡れた地に膝をついていました。

あなたの、紫色の小さな腕だけがあの重い衝撃から逃れて、わたしの足元に独立して転がっていました。そのあなたの腕がつながっていたはずの他のとこ……あたま……むね……あし……

は、あの重い衝撃の敷物になって、見えなくなっていました。

それらはぐちゃりと、ぐしゃりと、音をたてたのでしょうか…………どんなに記憶をまさぐっても思い出せません。

あなたが私の背中を押した、ドン、という音と

その時のあなたの指の細さばかりが思い出されて………………





きゅ、救急です!救急!あの、誰かが、潰れて、て、鉄骨に、鉄骨の、あの、ビルの、はい、そうです。場所は…………!

ぎゃあああっ いやーっ キャアアアッ


甲高い悲鳴やうわずった声が急にくぐもって聞こえて、愛川あいかわは、思わず自分の耳をトントンとたたいた。


愛川は先ほど起こったことが信じられないでいた。このまま落ち着いていれば、飛び起きてベットから転げ落ち、無駄に体力を費やすことなく目覚められるだろう、とさえ思っていた。彼がバラエティ番組に詳しくなかったことは不幸中の幸いだった。そうであれば、すぐにオーバーなリアクションをとりながら、どこにもないカメラに向かって話しかけていただろう。

「急に突き飛ばされたと思ったら、小さい手の子供が、自分の代わりに鉄骨の下敷きになってましたドッキリ〜?いやいや、そんなことありえなさすぎて、ドッキリなのバレバレ〜!」


……もちろん彼はこんな喋り方はしないが。彼は落ち着いた雰囲気の32歳男性。高校を卒業してからずっと、スーパーマーケットの店員として働いている。趣味は特に無く、年中人と接して働いているからか、休みの日にまで人といたいとは思わない。


だから信じられないのだ。その時彼は一人で歩いていた。田舎だからか、周りには三人ほどが少し距離が離れたところで歩いているだけだった。その中に、とっさに自分をかばえるほど親しい仲の人がいたとは思えない。また、どこのお人よしが、見知らぬ人をとっさにかばう、という妙技をこなせるのだろうか。……いや、いないとは言えないが。


彼は混乱していた。これ以上彼を混乱の渦に巻き込むのは、酷というものだろう。


しかし、混乱には混乱がつきものだ。



赤く血濡れた鉄骨のそのちょうど上に、人影が1つ浮き上がる。小学校の5・6年生くらいの見た目の少女。淡い水色の、ブカブカなジャージを着ている。袖口からちょこんと飛び出た細い指に、愛川は見覚えがあった。


少女はしばらく、地面から離れた足と広く飛び散っている少女自身の血溜まりを不思議そうに見つめていた。そして転がっている紫色の腕に向かってあっかんべーをした。腕がなんの反応もしないのを見ると、それがとてつもなく面白かったのか、少女は甲高い声で笑い始めた。それは愛川が今までに聞いた笑い声の中で、1番高く、キィキィしていた。


愛川は初め、少女の正体は怨霊だと思った。その時には彼は、それ以前に起こったことが現実であると理解していた。そして次に、自分の罪悪感が作り出した幻影だと思った。幽霊が現実にいるわけがないと思った。しかし、こんなにも元気で(しかし異様ではある)、こんなにもバカっぽい(というか狂ってる)怨霊または幻影があっていいものだろうか?


「ひさしぶりだね愛川さん!」

「うわあああっ」 


少女はいつのまにか、座り込んでいる愛川の真正面に腰を下ろしていた(浮きながら)。愛川がぐるぐると考え込んでいるうちに少女は自身の腕をからかうのに飽きたらしい。愛川の声を聞いて、若い青年が鉄骨から離れた場所に愛川を引きずってくれた。青年の耳に開いた数個のピアス穴を見て、少女は穴に触るが、青年は気がついていないようだった。それどころか青年には少女が少しも見えていないようだ。


「ね、ね、愛川さん。あたしのこと覚えてる?覚えてないかあ。ザン・ネン!まあ、たしかにいっかいしかお話ししてないもんね。あたしは

ずぅっと愛川さんのこと、こっそりと!見てたけど!きゃはは!」


少女は愛川の周りで忙しなく動きながら、ものすごい早口で喋り始める。饒舌だが、かなり聞き取りづらく、話すのが上手いとは言えない。


「忘れちゃってるみたいだから、自己紹介しまーす!あたしはいつぞや、愛川さんに助けられた女の子でーす!この度、恩返しに参りました!ジャジーって呼んで!これから、ジャジーは、愛川さんの守護てんしとして、愛川さんが死んじゃうまで、ずぅっと一緒にいるから、よろしくね!!」


愛川は混乱のあまり、どっちかっていうと守護天使ではなく守護霊なのでは、とかどうでもいいことを考えながら、ジャジーと名乗った少女のキラキラと輝く瞳をうつろな目で見つめていた。


「うわあ、けいさつさん来ちゃってるよ。

じじょーちょーしゅとかしないといけないのかなあ。愛川さん、お家に帰るの、遅くなりそうだね。帰ったら一緒にご飯食べようね!楽しみ〜!」


あまりにも理解が追いつかない展開が続くあまり、愛川はすでに思考をやめていた。

そしてジャジーはそんな愛川をただただ嬉しそうに眺めていた。






この物語は、ある1人の男性と、その男性をかばって死んだ少女の◼️日間をつづったフィクションです。実在するその男性や実在する幽霊と少しかけ離れたところがありますが、ご了承ください。


今後の展開をぜひ楽しみにしててくださいね。


      続く












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