6-2 玲奈の涙

——風の音が、した。


耳の奥に、ふっと吹き込むような、

けれど確かに“外から来た”音。


玲奈は、ゆっくりと目を開けた。


視界が、まぶしかった。

現実の光は、仮想とは違う。

調整された色温度ではなく、

蛍光灯の冷たさと、昼光のやわらかさが無秩序に重なる白だった。


 


椅子の硬さ。

背中の違和感。

首筋に張りつく汗。

唇の乾き。

皮膚の表面をなぞるような空気の層。


すべてが“戻ってきていた”。


 


仮想端末は、すでにオフライン。

画面には何も映っていない。


ただ、どこか遠くから吹き込んでくる風の音だけが、

この空間に“生”を与えていた。


シュウウウ……

カタ……

換気口の揺れ。

微かにきしむ壁。


玲奈は、小さく息を吸った。


 


その瞬間、胸の奥が――鳴った。


ドクン。


それは、現実の心臓音。

彼女の内側から鳴っている、確かな鼓動。


一度、二度。

じんわりと、全身に拡がっていく。


心臓が「ここにいる」と告げていた。

生きている、と。


 


私は……戻ってきたんだ。


戻ってしまった、というよりも、

帰ってきた、という感覚だった。


だけど、目からは静かに――涙がこぼれた。


理由はなかった。

悲しみでも、安堵でもない。

ただ、玲奈という存在が“反応”しているだけだった。


水が、こぼれる。

頬を伝い、あごに溜まり、制服に滲む。


風の音が止まない。

心臓の音が、呼応する。


ドクン。

……シュウウ。

ドクン。


 


誰もいない部屋。

モニターの明かりも消え、操作音もない。

それでも玲奈は、ひとりでそこにいた。


確かに“自分”として存在していた。


それが、彼との別れの後に残った、

ただひとつの――救いだった。


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