3-6 意識遮断

空気が、肺に入ってこない。


いや、入っているのに、吸えていない感覚。


酸素がどこかで弾かれて、体中の細胞に届かない。


 


玲奈は、自分が仮想空間から投げ出されたのだと理解するよりも早く、

自分の**呼吸が“狂っている”**ことに気づいていた。


肩が上下している。

喉が音を立てている。

目が開いているのに、視界が定まらない。


顔の右半分が冷たい。

床の質感。塩素系のわずかな清掃剤の匂い。

指先が痺れていて、手がうまく握れない。


 


——過呼吸。


過去に一度だけなったことがある。

中学生のとき、陽菜が事故に遭ったという知らせを聞いたあの日。


同じ症状。

同じ無音。


目に映る景色と、心がまったく繋がっていない。


 


「水瀬!」


誰かの声が聞こえた。

でも、それが現実の誰かの声なのか、空間の残響なのか判別がつかない。


世界が左右に傾いている。


 


そして、急に体が持ち上がった。


冷たい腕。

制服の肩布の硬さ。

髪の香りを感じさせない、無機質な空気の中で、


玲奈は誰かに“支えられている”ことを理解した。


 


「おい、水瀬……! 聞こえるか? 俺だ、工藤」


ようやく、声に名前が追いつく。

工藤の声。

いつも少し投げやりで、茶化してばかりのあの声が、今はどこか焦っていた。


「体、冷えてる……おい、応答しろ、玲奈!」


彼が、名字ではなく“名前”で呼んだ。

それが、胸のどこかを掠めた。


 


でも、言葉が出ない。

喉が閉じている。

声に変えるだけの“意志”が、まだ戻ってこない。


代わりに、涙が一滴だけ、左の頬を伝った。

それに気づいたのか、工藤の手がわずかに強く肩を支える。


「……やっぱ、お前さ……無理してんだよ」


その一言に、玲奈は反応できなかった。

でも、工藤の腕の中で、体温が少しずつ戻っていくのを感じていた。


胸がまだ痛い。

喉も焼けるように熱い。

でも、現実に触れている。


ちゃんと“生きている”感覚がある。


 


それが、今の玲奈にとって、唯一の救いだった。

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