1-3 社内実験開始

「これ、マジでやるんですか? 本当に」


会議室の照明が、空気よりも軽く白く、無表情に部屋を照らしている。

社員数8名、プロジェクトチーム「E.L.L.(エターナル・リンク・ラボ)」、今日がその結成初日。


「やる。というか、もう通ってる。予算も下りてるわ」

玲奈は端的に返す。無駄な笑顔はない。


「でも、ですよ?」若手の技術主任が言う。「過去記憶ベースの感情再構築って、倫理審査通したの、国内じゃ初ですよね? 失敗したら、報道来ますよ」


「失敗はしない」


「はあ……マジか」


工藤が、ホログラムスライドの横から口をはさむ。


「記録再構成って、ぶっちゃけると“感情依存型SNS墓場”っすよね。死人の思い出から恋人作るって、なんか……重くない?」


玲奈はわずかに視線を工藤に向ける。


「それ、個人感情? 技術的観点?」

「……どっちも?」

「なら、記録に残さないで」


会議室に短い沈黙が走る。

そのすき間に、自動換気音とタイピングの音が挟まれる。


玲奈はプレゼン用モニターを指で操作しながら、淡々と説明を続ける。


「この実験は、“感情を記録から再構築できるか”が目的。仮想恋愛でも、AIとの雑談でもない。未完の感情、未処理の記憶。それを視覚・触覚・嗅覚・心拍シンクを通じて“体感”させる装置。それがエターナル・リンク」


「だから名前、エターナルなんすね」


「ええ。“永続”とは言ってない。“つながる”だけよ」


工藤がフッと息を漏らした。

笑ったのか、呆れたのか、玲奈にはわからない。


「誰が最初に使うんですか? テスト接続」

別のメンバーが訊く。


「私」


即答。


「危なくないっすか? 記憶の重ね書きとか、感情暴走とか」

「だから私がやるの」


玲奈の声は冷静だった。いつもと変わらない。


それでも、工藤は彼女の目を見て、ひとつだけ言葉を落とした。


「……逃げ場所にはするなよ」


玲奈は返事をしなかった。

ただプロジェクターを落とし、照明を上げる。無言の合図で、会議は終了。


立ち上がったメンバーが次々と退出していく中、

玲奈はホログラム端末に残された試験プロトコルを見つめていた。


逃げ場所、ね……

逃げるほど何かを“持ってる”って、いつから思ってたのかしら


会議室のドアが閉まる音が、遠くのように響いた。


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