新生 (2)

 チャイムの音が鳴り響き、教室内の生徒たちは一斉に席を立ち、賑やかに話しながら教室を後にする。

  騒がしさは徐々に消え、空間に静けさが戻り始めていた。


 ノックスはノートを手にして席を立ち、教室を出ようとした――そのとき。


「ねぇ、ノックス。なんでそんなに歴史に熱心なの?」

 後ろから聞こえてきたのは、やはりアリアンの声だった。


 足を止めて振り返る。

「……規則だから。ノート取ってるだけ」


「へえ? 本当に?」

  アリアンは眉を上げて、じりじりと近づいてくる。

  その目には、あからさまな疑いの色が浮かんでいた。


「でもさ、君って“普通の学生”って言うには、ちょっと不釣り合いな話題が似合うと思うけど?」

 ノックスは彼女をじっと見つめ、眉をわずかにしかめた。


  (……こいつ、いったいいつまで絡んでくる気だ)


 返事をせず、そのまま彼女をすり抜けて教室を出ていった。

 背中を見送りながら、アリアンは口元に意味深な笑みを浮かべた。

  どうやら、自分の“成果”に満足しているらしい。


 アリアンが教室を出ようとしたところで、横にいたクラスメイトがひそひそ声で尋ねた。

「ねぇ、アリアン。あの符紋科の転入生と……そんなに仲良かったっけ?」


「仲良い? そんなわけないじゃん」

 アリアンは自然な笑みで返す。

  「新入りにちょっと挨拶してるだけ。普通のことじゃない?」


「でも、さっきの喋り方、なんか近かったよ?」


「気のせい気のせい」

 アリアンは手をひらひらと振り、目を細めてわざとらしく笑う。

  「ただ、ちょっと気になるだけ。変わった奴、面白くない?」


「え、あの冷たそうなノックスのこと? 変わってるのは認めるけど……」

 クラスメイトは呆れたように目を丸くした。


「……あんたの“面白い”基準、やっぱ変だわ」


 アリアンは肩をすくめ、ふふっと笑う。

「かもね」



 昼休み。

 エマロ学院の食堂には、生徒たちのざわめきが溢れていた。

  グループごとに集まって、午前の授業や噂話で盛り上がっている。


 窓際の席に座っていたアリアンは、乱雑に突かれたサラダの皿の前で、どこか上の空だった。

  隣で盛り上がる普通科の女子たちの会話に耳を傾けながら、時折、食堂の隅の方へと視線を送る。


「ねえねえ、聞いた? 昨日の魔力漏れ、またあの符紋室らしいよ」

  一人が声をひそめながら言う。

  今度は結界に刻まれた亀裂が見つかったとか。ほんと、崩壊寸前だったって」


「うそ、封印の中身って何?」もう一人が目を丸くする。

「魔界の高位悪魔説もあるし、古代の魔法遺物って話もある」

  声をひそめて続けるその口調には、明らかな興奮と好奇心が混じっていた。

  「普通のもんじゃないのは確か。じゃなきゃ、あんな強力な結界張らないでしょ?」


 アリアンは黙って聞いていた。

  顔にはさほど表情を浮かべず、ただひとつ――

  昨夜、ノックスと一緒に見た“あの光景”が、脳裏に焼きついて離れなかった。


 黒い渦。浮かぶ符紋。爆ぜる魔力。

 あれは噂どころの話じゃない。


 彼女の視線は再び向かう――食堂の隅。

  ノックスが一人、簡素なサンドイッチを前に無言で座っていた。

  フォークを動かしながらも、明らかに集中していない。


 アリアンは自分の皿を持ち上げ、一直線にノックスの席へと向かう。

「昨夜のこと、まだ気にしてる?」


 軽くそう問いかける声の奥には、探るような意図が滲んでいた。

 ノックスは顔を上げず、低く答える。

「……面倒ごとはごめんだ」


「はは、らしいね」

  アリアンは椅子にもたれ、からかうように言った。


「でも、あんなことがあってさ。“何もなかった”って顔してる方が難しくない?」


 ノックスは手を止め、警戒を込めた目で彼女を見た。

「……俺たちは、何も見てない」


「そうそう、もちろん。ぜーんぶ、見間違い」

  アリアンは肩をすくめて笑う。

  「でもさ、噂ってすごいよね。真実より、広がるの早いもん」


「興味持つな。火に油を注ぐだけだ」

 ノックスは冷たく言い放ち、再びフォークを動かす。


「はいはい。けどね……その“火”の中心にいるのが、君かもしれないよ?」


 アリアンはにやりと笑いながら言った。

 ノックスは顔を上げ、静かに言い返す。


「……好きにしろ」


 アリアンが口を開きかけたそのとき――


「ねぇ、アリアン。ノックスといつの間にそんなに仲良くなったの?」

 後ろからクラスメイトが忍び寄るように声をかけてきた。


 アリアンはクルリと振り返り、にこっと笑う。

「仲良いっていうより、まあ……話が合うだけかな?」


「ほんとぉ~? 普段、符紋科には興味ないくせに」


「例外もあるんだって」

  アリアンはわざとらしく笑いながら言った。

  「だって、彼……ちょっと面白いじゃん?」


 ノックスはそのやり取りを黙って聞いていたが、次の瞬間、低い声で一言。


「……うるさい」

 鋭く睨まれたクラスメイトは、びくっと肩を震わせ、そのまま後ずさるように去っていった。

  アリアンは、ますます楽しそうに笑った。


 ノックスは彼女を一瞥し、小さく吐き捨てた。

「……お前、本当に鬱陶しい」


「褒め言葉、ありがと」

 アリアンがにっこり笑うと、ノックスは呆れたように目を逸らし、食器を片付けて立ち上がった。


 彼の背を見送りながら、アリアンはぽつりと呟く。

「“普通の学生”、ね。ほんとに……?」


 その時、食堂内にアナウンスが響いた。


「符紋科転入生、ノックスくん。至急、職員室までお越しください」

 ノックスの眉がわずかに動く。


  (……またかよ)

 食器を返却台に置き、無言で出口へ向かう。


「おーい、“普通の学生”が呼ばれてまーす!」

 アリアンがわざとらしく叫ぶと、ノックスは振り返ることもせず、手をひらひらと振った。

  それはまるで――

「かまってられるかよ」

  そんな無言のメッセージだった。

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