第45話 魔女狩り

 その日、エリスフィアに激震が走った。

 始まりは城門を叩く音だった。怪しげな一団が接近しているとの報告はすぐに上がっていたが、その人数が少なかったこと、一応同盟国である隣国リジェル王国の国旗を掲げていたこと、また観察した限りでは敵意がなさそうであったことからその動向は城門の上の見張り台から注視されるだけとなっていた。

 しかしその一団は迷う様子もなくまっすぐに城門へと近づくとその扉を叩いたのだ。

 見張りの者達は顔を見合わせると、すぐに数名が領主へと知らせに走り、数名が対応のために城門越しに彼らの前へと出た。

 その尋ねてきた一団はみな、黒いローブを身にまといフードで顔を隠している。

「ここから先はアゼリア王国だ。一体なんの用だ?」

 慎重に声をかけた見張りの男に、彼らの内の一番先頭に立っていた男が答えた。

「そちらに逃げ込んだ罪人を捕らえにきた」

「なに……?」

 男はフードを取り去る。あふれんばかりに輝く金色の髪とその端正な顔立ち、宝石のように鮮やかな緑色の瞳があらわになった。

「彼女は自らを聖女であると偽り我が国に呪いを放った大罪人。魔女エレノアを引き渡し願いたい」

 それはまぎれもなくリジェル王国の第一王子、ジャック・アレイスト・リジェルだった。


 その知らせが入ったのはちょうどロランと花子が恒例のお茶会をしている時だった。

 部下からの知らせに最初ロランは一人で行きたがったが、それを花子は許さなかった。

 リジェル王国からの使者など、どう考えても自分がらみの案件だったからだ。 

 そうして結局その場にいたロランと花子、ついでにレスターとケイト、そのさらにおまけにたまたま報告で屋敷を訪れていたレンとサンドラまでが共に行くことになった。

 六人が城門についた時には町中に噂が回ってしまったのか結構な人数の領民達が集まっていた。

「リジェルの人間がきたらしい」

「喧嘩売りにきたのか? 人と武器集めてくるか?」

「まだわからんが備えたほうがいいかもな」

「女子どもは避難させとけ」

 ざわざわと話していた人々は領主であるロランの到着に気づくとその口を閉じ、すぐさま道を開ける。

「みんな、騒がせてすまない。一団は少人数のようだが付近に潜んでいる兵士がいないかをすぐに確認してくれ。おそらく大事にはならないと思うが念のためそれぞれ有事に備えておくように」

「はっ」

 ロランのその言葉に統率の取れた動きで領民達は返事をしてそれぞれの役割へと散っていった。

(一歩間違えれば戦争にもなりかねない雰囲気だな……)

 さもありなん。いくら同盟国とはいえそこまで良好ではない関係の相手が文などの先触れもなしに訪れたのだ。

 警戒するなというほうが難しい。

 ロランは険しい表情を作ると守護精霊であるアーロのことを見た。アーロはそれに同じく鋭い視線で答える。

「行くぞ」

 その言葉と共に花子達は城門の扉の前へと進んだ。

「ロラン様」

「状況は?」

「それが……」

 城門で訪問者の対応をしていた男は戸惑うように言葉を濁した。

「その……、連中、リジェル王国の王子を名乗っておりまして……」

「は?」

「その上、リジェルの罪人がこちらに逃げ込んだのでそれを引き渡してもらいたいというのですが……」

「ああ、それなら……」

 わからなくもない、とおそらくロランは言おうとしたのだろう。王子が来るのは異例だが、国から逃げ出した罪人の引き渡しを要求されることはないわけではない。

 けれど門番は気まずげに続けた。

「その罪人の名前が、『エレノア』だと言うんです……」

「は?」

 もう一度ロランはぽかんと口を開けた。それに門番も同意するようにうなずく。

「その、この領地に最近訪れた『エレノア』といえばロラン様の婚約者様でしょう。しかし我が領地の『エレノア』様はアゼリア王国の伯爵家のご息女のはず。なにかの間違いかと思うのですが、相手は『魔女エレノアを差し出せ』の一点張りでして……」

 彼の言うことは間違いではない。ロランの婚約者になるにあたり、花子はアゼリア王国の伯爵家の養女になり戸籍ロンダリングを行っている。 ただ当然ながら、リジェル王国の使者の言うことも間違ってはいない。エレノアは確かに国外追放された罪人である。

(しかし……)

 一体今更なんの用なのだろう?

 首をひねる花子に、ロランがちらりと視線を向けてきた。

 彼も花子と同じ疑問を抱いているのだろう。

 花子はもうすでに『国外追放』という罰を受けており、それ以降はリジェル王国と関わってはいない。

「なにかしたのか?」と声には出さず口の動きだけで尋ねられるのに花子は首を横に振った。

 ロランは難しい顔で考え込む。

「とりあえず俺が話を聞こう。ハナコは……」

「わたしも行こう」

 そう喰い気味に申し出た花子に彼は露骨に嫌そうな顔をした。

「いや、君がいると向こうが冷静に話してくれないかもしれない。ひとまずは俺が話を……」

「わたしがいたほうが話が早い。その『王子』とやらが本物かどうかもわかるぞ」

「いやしかし……」

「ひとまず別室で待機していただいてはどうです? そこからでも使者の顔や声を聞くことは可能でしょう」

 もめる二人にレスターが助け船を出す。それにロランは表情を明るくすると、

「そうだ、それがいい!」

 と飛びついた。

「さぁハナコ! 君は別室でおとなしくしていてくれ!」

「まるでわたしが猛獣のように言ってくれるな」

「きみは猛獣じゃない」

 不本意そうに文句を言う花子に彼は真剣に返した。

「猛獣ほど慎重で強いのならば俺は心配などしない。貧弱なくせにつっこんでいく無鉄砲さは火の明かりに突っ込んでいく蛾よりもたちが悪い」

「蛾」

「蛾にも失礼なくらいだ。彼らはまだ自分の命を大切にしている」

 蛾か、と花子は脳内に鱗粉をまき散らし太った胴体をふりふりと振る虫の姿を想像した。

 まぁ確かに、花子は蝶よりは蛾寄りの存在かもしれない。

 その時、「あのぅ……」と気まずげに門番の男が挙手した。

「そちらにいらっしゃるのはハナコ様でしょう。確かに危険ではありますが、同室したところで問題はないのでは……」

 その言葉に一同は顔を見合わせる。

 花子はいつもの『白い魔女』の服装をしていた。

 エレノアと花子が同一人物とは知らない、その上エレノアが本当に隣国から来た人間だと知らない彼にとっては確かに先ほどのやりとりは謎だっただろう。

 花子はロランに向き直った。

「彼もこう言っている。同席でいいのでは?」

「多数決を取ろう。ハナコが同席でよいと思う者!」

 そのロランの問いかけにその場にいた者のうち手をあげたのは花子だけだった。

「ではハナコは同席しないほうが良いと思う者!」

 その場にいるうちの五人が手をあげた。

 内訳はロラン、レスター、レン、ケイト、サンドラだ。

 花子はぴっと姿勢よく挙手して言った。

「これは組織票だ。やり直しを要求する」

「何度やり直しても結果は同じだ。諦めろ」

 ロランはそう言い捨てると有無を言わさず花子のことを別室へと押し込む。

 その両脇をケイトとサンドラががっしりと押さえて三人はその部屋にあったソファへと座った。

「解せぬ」と花子だけが首をひねった。

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