第44話 冤罪
外からは民衆の叫ぶ声が聞こえている。王宮の衛兵達は乗り込んで来ようとしている彼らを押さえるためにかり出されている。
その音を遠く聞きながら、リジェル王国国王は静かにため息をついた。
「それで、このたびの一件、一体どういうことなのか説明を願おうか」
そう語りかける先には一人の少女がいた。
引きちぎられてぼさぼさのピンクブロンドの髪に赤く腫れた頬、豪華に飾り付けられていたドレスもリボンやフリルを引きちぎられてボロボロだ。
アイリーン子爵令嬢だ。
彼女は床に座り込んだまま、涙で目元を腫らしたその美しいアメジストの瞳でそれでも玉座に座る国王のことを真っ直ぐに見上げた。
「これは……」
「国ではそなたが偽の聖女だとの噂が広まっている」
しかしその言葉を遮って国王は告げる。その緑色の瞳は鋭くアイリーンのことを睥睨している。
「正直わしもそれを疑っておる」
「そんなっ! 陛下……っ!!」
「このたびの熱病の流行、そして治療院の崩壊は女神の天罰ではないのか?」
アイリーンの上げる悲鳴のような声に国王は重々しく告げる。
周囲の人間もそれに同意なのか、皆冷たい目でアイリーンのことを見つめていた。
「そんな……っ!」
アイリーンはうつむく。
(みんないままではあたしのことをすごいって言ってたじゃないっ!!)
きりりと唇をかみしめる。
今冷たい顔でアイリーンのことを見ているのはみんな国の重鎮達だ。そしてそのみんながアイリーンが治療院の費用を削減しようなどの提案をすると笑顔で賞賛してうなずいてくれていた。
しかし今はどうだろう。みんなそんなことは忘れたような顔をして冷ややかな顔をしている。
(あんた達も一緒のくせに……っ!!)
「アイリーン。そなたを偽の聖女、そして女神の怒りを招いた大罪人として処刑する」
「そん……っ!」
国王の冷酷な宣告にアイリーンが顔を上げるのと同時に、
「待ってくれ!!」
その声は割り込んできた。そして座り込むアイリーンのことをかばうようにして彼は立つ。
「ジャック様……」
そう、この国の第一王子であり、アイリーンの婚約者であるジャック王子が立ち塞がってくれたのだ。
彼は「大丈夫だ」とアイリーンにうなずいてみせると、国王へと向き直った。
「確かに今回の件はとんでもない国家の危機です。しかしその罪をアイリーン一人に着せるのはやりすぎでしょうっ!!」
彼はその国王そっくりの緑の瞳を王の周囲にはべる大臣達に向けた。
「アイリーンの提案は問答無用で通ったものではない。みんな通常の手続きを得て、議会での承認を得て行われたもの。その失策の責任は彼女ではなく承認を与えた者達に問われるべきだ!!」
その痛い言葉に大臣達はみな目を伏せた。誰も反論などできないのだ。
しかしその言葉を聞いていた国王は「で?」と首をかしげてみせた。
「わしが欲しいのは責任の所在を明らかにする術ではなくこの国民の暴動をどうおさえるかという案だ。正直その小娘を生かしておいたところでメリットがあるとは思えん。それならば責任をすべて小娘にとってもらって処刑を行うことで民衆の怒りを抑えた方が良い。確かにこたびの失策の責任は大臣達にもあるが、これまで国を支えてきた大臣達に責任を取らせて国が回らなくなる可能性を考えればどちらを切り捨てるべきかは自明の理だろう」
「……っ!! そんな理由で無実の彼女を……っ!!」
「無実ではなかろう」
ジャックの憤りを国王は冷静に切り捨てた。
「そこの小娘は婚約者のいたおまえのことを誘惑し聖女エレノアを国外追放に追いやった。どんな理由があろうが国王であるわしの決めた婚約を反故にさせたのだ。もちろん、おまえもな」
「…………っ!!」
「だからわしは言ったのだ。エレノアを追放するなど……」
はぁ、と額をおさえて国王はため息をつく。ジャックは言い返せずに立ち尽くした。
「し、しかし……」
うめくジャックに、
「これはエレノアの呪いですわ、陛下」
背後から声が割り込んだ。
アイリーンだ。
彼女はもう泣いてはいなかった。そのまま立ち上がるとジャックの前へと凜と立つ。
「なんだと……?」
「エレノアの呪いだと申し上げました。陛下」
アメジストの瞳が挑むように国王を見つめる。
「流行病も治療院の崩壊もすべてはエレノアの呪い。あの女は聖女ではなく魔女だったのです」
「馬鹿なことを……」
「あら? 馬鹿なことかしら?」
アイリーンは口紅の乱れた唇で不敵に笑う。
「責任を押しつける場所が欲しいのでしょう? ならばそれはエレノアでもかまわないはず。陛下。陛下はジャック様のことを同罪だと申しましたが、それは陛下も同じですわ。だってエレノアを追放した後、陛下はあたしのことを信じてエレノアを助けには行かなかったではありませんか」
「……っ!」
痛いところをつかれて国王は黙り込む。それにアイリーンは一歩踏み出すと微笑んだ。
「仮にエレノアが本物の聖女だったとして、そんな陛下にもう一度女神様が微笑むとでも? あたし達は一蓮托生ですわ。それならばあたしを本物の聖女と信じて魔女エレノアと戦うほうがよっぽど建設的で生き延びる道があるとは思いません?」
「……しかしエレノアはもう森で亡くなったのではないか。一体どうしろと?」
その問いかけに、すすす、とジャック王子に駆け寄る者がいた。
エリアスだ。
彼は銀縁めがねの位置を手で直しながら、ジャックへとささやいた。
「王子、エレノアは生きております」
「なにっ!?」
その言葉にジャックは目を見張る。ジャックだけではない。その場に居る全員がエリアスのことを驚き注視した。
しかし彼はその無表情を崩さず、そして王子へのささやきもやめない。
「僕の手の者にエレノアが確実に死んだかどうかを調べさせておりました。どうやらエレノアは隣国アゼリアに入国し、そこで新たな名前を得て過ごしている様子。王子、国王陛下にはこの事実を伝え、そして魔女エレノアをアイリーン様の代わりに処刑してはどうかとご提案ください」
「お、おおっ! そう、そうだな! 父上! エレノアは隣国で生きております! 連れてきて呪いをかけた魔女として処刑いたしましょうっ!!」
「む、むむ……っ!」
国王はうなる。彼の中ではどちらのほうが得かを考えていた。
すなわち、エレノアを選ぶか、アイリーンを選ぶか。
「陛下」
その思惑を見透かすようにアイリーンは告げる。
「今更エレノアを連れ帰ったところで、彼女のことを見捨てたこの国の人間を彼女が許すとお思いですか? あの夜エレノアのことを追いかけなかった時点で、あなたにはもう選択肢などないのです」
にっこりと彼女は微笑む。
「ご安心ください、陛下。あたしが本物の聖女です。魔女エレノアの呪いさえなければ国は安寧を取り戻しますわ」
「……うむ」
アイリーンの言うことはもっともだった。国王にはアイリーンを選ぶより他に道は残されていないように思えた。
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