第24話 二人の仲

「なんで俺が設立した役所には来ないのに、あんな怪しい露店には人がくるんだ……」

 本日の業務を終えた後、ロランは絶望からテーブルにつっぷしていた。結局あの後十数人という客が来店してリースをお買い上げして行ったのだ。初日にしてはなかなかの盛況ぶりである。

 テーブルに張り付く婚約者の姿を眺めながら花子はのんびりと紅茶をすすった。一口ゆっくりと味わうとカップをソーサーへと戻す。

「まぁ、怪しいキャッチセールスに引っかかる人間は怪しい店に飛び込みやすいものだ」

「なんだそれは」

「あと役所は手続きが複雑で面倒くさいしフットワークが遅い」

「うっ」

「あとは単純に寄りつきにくいんだろう。自分より身分が上の人間が運営する建物だからな」

 わざわざ遠くのよく知らない場所に出向くより、近くの無料相談に寄りたくなるんだろう。仕事で忙しければなおさらだ。

「それに宣伝も弱い。存在を知らない人間もかなり多かったよ」

「うぅぅぅぅ……」

 ロランは撃沈した。

(取り組み自体は素晴らしいんだがなぁ……)

 いかんせんアクセスが悪すぎる。なにせ富裕層が暮らすような一等地にその役所はあるのだ。

 本当に困っている人間はそのような高級住宅街にはいないだろう。

「まぁしばらくこの感じで様子を見て、徐々に役所へ誘導していくのがいいだろう」

「回り道な気もしてしまうが仕方がない」

 ロランは諦めたように嘆息する。それなりの成果をあげてしまった以上、否定はできないといった感じだろう。

 その彼の素直さに花子は微笑みを浮かべた。

「ある程度自力で役所に行ける人間が増えてくれば経由することも減るだろう。そうしたら徐々に女神教の役割は治安維持のための自警団や治療院などへと移行していく予定だ」

 現状の人材的には自警団として働いてもらうのが良いだろう。なにせ強面の元盗賊達だ。街中を目立つ白装束で練り歩いているだけでも犯罪行為の抑制につながる可能性が高い。

 まさしくいままでごろつき共が占めていた場所を『女神教』で埋め直す作戦だ。暴力的な組織の人間が街中を堂々と闊歩していたら、他の暴力団は徐々に居心地が悪くなってくるだろう。

(彼らの居住区も確保できたしな)

 元盗賊達はそれなりの規模の集落を形成していた。おそらく村一つ分くらいの人員はいただろう。エリスフィアの隅の方に不法占拠していたのだが、その土地を正式に買い取ってもらう形で提供することになった。資金は給金からの分割での支払いである。

「今はわたしが出張っているが、教育をほどこしてもう少し自分たちでやっていけるようにしてやりたい」

「そうだな、ならば教育係兼、ひとまずの補助として法律に詳しいうちの者を出向という形で務めさせよう。それならば君が頻繁に出張らなくて済むはずだ」

 そのロランの提案に花子はばっと顔をあげた。それは願ってもない提案だった。

「いいのか!?」

「もちろんだ。むしろぜひそうしてほしい」

「うん?」

 首をひねる花子に、ロランははぁ、とため息をついた。

「やり方が少々荒すぎる。俺が同行できる時はいいが、そうでないと君に危害が及ぶ危険性があるだろう」

 おそらく金貸しの事務所に乗り込んだ件のことだろう。とはいえ花子的には周囲を味方でがっちり固めて行ったのでそこまで危険なことをしたという感覚はない。

 きょとん、とする花子に彼は再び呆れたようにため息をついた後、非常に言いづらそうに、そして照れたように頬を染めるとそれを隠すようにそっぽを向いた。

「さすがに自分の婚約者が痛い目に遭うのは心配だ」

「……おやまぁ」

 花子は目をぱちくりとしばたいた。

 『婚約者』からそのような心配をされたのは初めての経験である。

(いや、こっちが普通なのか? もしかして?)

 ジャックはそれこそ花子が戦争に後衛とはいえ参加しようと特に労いの言葉もなかった。

「なんだ、その顔は……」

「いやいや」

 じろり、と不満そうにこちらを睨んでくる『婚約者殿』に花子はにんまりと笑いかける。

「思いのほかきみはわたしのことが好きだな?」

「ば……っ!!」

 顔を真っ赤にして立ち上がったロランは、すぐに正気に戻ったのかうめき声を上げながら椅子へとすとんと腰を下ろした。そして目の前に置かれた紅茶を一気にあおった。そしてどんっ、と行儀悪くカップをテーブルにたたきつけるようにして置くと据わった目で花子を睨む。

「『婚約者』を好ましく思うことのなにが悪い!!」

「おお……」

 男前である。

 花子は思わず感嘆の声をもらした。それに再び彼はうろんな目を向ける。

「なんだ、『おお』って」

「いや、思わず感動してしまった」

「ふざけているのか」

「大真面目だとも」

 花子は真剣にうなずいてみせた。

 本当に真面目に感動したのだ。

 いままでこんなストレートに好意を寄せられたことはない。いや、ケイトからはあるが。異性からは初めての経験だ。

「きみはいい男だな」

「はぁ!?」

「いや、実にいい男だ」

 うんうんとうなずく。

 それに狐にでもつままれたような顔をして彼は黙り込んだ。

 それに花子は微笑む。

(惜しいなぁ……)

 こんな『いい男』が花子と婚約をしていずれ結婚する予定だなどと。

「彼の人生の汚点にならなければいいが……」

「なんの話だ?」

 花子のぼそりとした不穏な言葉が聞き取れなかったのか聞き直されたが花子は肩をすくめてみせた。

「いや、わたしも君のことを好ましく思っていると言ったんだ」

 嘘ではない。彼はとても誠実で真面目で優しいいい男だ。

 花子の人生においてここまで好感度の高い男性はめずらしいだろう。

(とはいえ、彼の好意も恋愛感情というわけではないだろう)

 花子のもたらす知識の有益さ、あるいは病を治した感謝の念に対する好意か。

「きみの好意はどういった種類のものだ?」

「え?」

 予想外の問いかけに花子は顔を上げた。その視線の先でこれまた予想外に真剣な顔にぶつかってぽかんと口を開ける。

「俺はきみのことを生涯のパートナーとして得がたいと思っているよ」

「…………っ!!」

 真摯な水色の瞳がこちらを見つめている。誤魔化しを許さないその色に花子は息を詰まらせ、そしてその飾り気のない言葉に目元を赤らめた。 そんな花子に彼は不思議そうに首をかしげる。

「何をそんなに驚いている? きみは聡明で勤勉で優しい人間だ。ちょっと言動があれだが、好意を抱くには十分な人物だよ」

「あ、あ、うん……。いやすまない、いったんタンマ」

「は?」

「うん」

 花子は手をあげると目線を合わせないようにうつむいた。一方のロランはというとしばしいったいどうしたのかと考え込むと、

「あっ!」

 と思い至ったのか声をあげた。そして急速にその顔を真っ赤に染め上げる。

「い、いや! 今のは違う! いや、違くはないんだがっ! ただ俺はきみとなら領地をよりよくしていけそうだとっ! そういう意味で!」

「うん」

「決して浮ついた気持ちで言ったわけではないっ!!」

 そう叫んだロランの肩をぽん、と背後から叩く人物がいた。

 執事のレスターである。

 彼は振り返った自らの主人に微笑ましいものを見るような目を向けてにんまりと微笑むとぐっと親指を突き出してサムズアップしてみせた。

「婚約者同士なんだから、浮ついた気持ちでそういうことを言ってもいいんやで」

 その目はそう告げていた。

「ち……っ!!」

 ロランは声を上げる。

「ちがーう……っ!!」

 その叫びは屋敷中に響き渡ったという。

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