第23話 宗教活動②
「はいはい、お邪魔しまーす」
ずかずかと花子とその部下達は借金取りの事務所へと乗り込んだ。
当然ながらその事務所にいた従業員達は不審な顔をしてこちらを睨む。
(おお)
内心で花子は感嘆する。絵に描いたような強面ばかりである。がたいが良い男数人がだらしない格好でソファや椅子に腰掛け、帳面をまくっていた。
「ああ? なんだてめぇ」
そのうちの一人が威嚇するように花子へと詰め寄る。それに花子はにこりと微笑むとその眼前へと金色のペンダントを掲げてみせた。
それはローリエの葉を模したペンダントである。ちなみに純金製だ。
ローリエの葉は女神の象徴であり、つまり女神教のシンボルである。これは花子が聖女だった時に女神教の教皇から賜ったものだ。
「女神教の者だ。実はうちの信者がこちらに借金をしているらしくてね。あ、この書類の人なんだが」
「あー? なんだ? 代わりに払うってか?」
「まさか。これの利息がね、法律違反で。もうとっくに元金は払い終わってあとは利息をはらってるだけになっていてね」
「なんだ? いちゃもんつけようってのか、ただじゃおかねぇぞ」
そういって顔を近づけてすごむ金貸しの男の前に、ずいっと進み出る人物がいた。
「あ、てめぇ、なにしや……」
文句を言おうとしたその声は尻すぼみに消える。
それはそうだろう。
そこにはいかにも武人然とした先の戦での英雄、アゼリアの迅雷ことロランが立っていたのだから。彼は花子の用意した真っ白なローブを身にまとっていた。
彼だけではない。花子が勧誘した元盗賊の男達もまた同様の真っ白な治癒術士のローブと木製のローリエの葉を模したペンダントをその首にかけ、ぞろぞろと事務所内に入ってきていた。
その数、ざっと十人以上はいる。
彼らが完全に事務所内を包囲したのを確認してから、花子はにっこりと微笑んでロランの前へと進み出た。
「いちゃもんだなんて心外だな。ただもう終わりにしてもいいんじゃないかという提案だよ」
金貸しの男は逃げ場を求めて周囲に視線を走らせたようだった。しかしお仲間達ももう周囲を白づくめの怪しい集団に取り囲まれ、力なく首を横に振るだけだ。
「おい」
その時、ロランが声をかけた。その声に金貸しはロランのことを見る。彼は視線を集めた後、おもむろに自らの守護精霊を銀の槍へと変えてみせた。
そしてそのまま銀の槍を床へと突き刺す。
その軽い動作で放たれた衝撃波は目の前にあった分厚い机は真っ二つに引き裂き、どころか床板にもかなりの長さ地割れのような亀裂を作った。
(やばいな……)
その光景に花子も若干冷や汗をかく。
守護精霊を変じた武器から衝撃波を放つ、というのは一番スタンダードな攻撃手段だ。誰にもできる攻撃である。しかしその威力は当然その魔力量や技量などによって大きく左右される。
今のロランはろくに力など込めていないように見えた。それでこの威力である。しかも彼はその通り名の由来となった属性攻撃である雷をまったく使用していないのである。
(さすが『先の大戦の英雄』……)
その圧倒的な力量差を前に金貸しの男はぺたん、とその場に座り込んだ。
「いやぁ、これこそ女神様のお力。女神様の授けたもうた奇跡!」
若干金貸しの男を気の毒に思いながらも、わざとらしく花子は拍手喝采してみせた。
「ふ、ふざけんじゃねぇっ! ただの暴力じゃねぇか!」
さすがに聞き捨てならなかったのか金貸しはへたり込んだまま怒鳴った。意外に根性のある男である。
「ふざけてなんてないさ。で、どうする?」
「は?」
呆ける男へ顔を近づける。にんまりと花子はそのサファイアの目を細めて笑った。
「もっとやる?」
金貸しの顔面から一気に血の気が引いた。
それに満足そうにうなずくと花子は顔を離す。
「別にねぇ、こっちも払い過ぎた利息を返せって言ってるわけじゃないさ。ただ十分儲けただろうからこの辺で手打ちにしようよって相談をしているだけでね?」
机がたたき折られたことで床に落ちた帳面や契約書を拾って中身をめくった。このぶんだとここに搾り取られている人物はまだまだいそうだ。
「引き際って大事だと思わないかい?」
書類の中から今回依頼をしてきた女性の名前を見つけてその書類を引き抜く。
「ではね」
そのまま立ち去ろうとする彼女の背中に、
「てめぇ、今回は多めに見るが、うちのしのぎをとろうってんならただじゃおかねぇぞ」
金貸しの男からの声が飛んだ。それに花子は感心する。これだけ多勢に無勢でまだ警告する気力があるらしい。
「いやいや、うちはうちに金を払ってくれる信者にむくいるだけだからね。あ、ちなみにこのマーク。これかかげてる家はうちの信者だから。
命が惜しければ手を出さないようにね」
そう言って花子はローリエの葉っぱで作ったリースを見せた。
それは店に相談に来た女性に売りつけた物と同じ物だった。
「これぞ女神様のお力、もう借金しないようにね」
「あ、ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
借金の契約書を渡すと女性は頭を下げて感謝の言葉を述べた。その隣でその身内とおぼしき男は顔をしかめる。
「ただの代行業者じゃねぇか……」
「言い得て妙だね。確かにわたしの身体を使って女神様が助けてくださったという意味では確かにわたしは代行だ」
「そういう意味じゃねぇよ」
「でもまぁ」
呆れる男に、花子はウインクをひとつしてみせた。
「ご利益あっただろう?」
「うぐぐ、」
「じゃあその買ったリースは家の外から見える場所に飾ってね」
「え?」
「さっきの奴らとか悪い奴が近づかないようにね、虫除けだよ、虫除け」
きょとんとする女性の花子は優しく微笑みかけた。女性の頬がその笑みにみとれるようにわずかに赤く染まる。
その様子に花子はさらに笑みを深めた。
「ああ、もしまた何かあったら次は壺をあげるね」
「もうねぇよ!」
さらに物を売りつけられてはたまらないとばかりに男は叫ぶと女性の手を勢いよく引いた。そのまま立ち去ろうとして、思い立ったように振り返る。
「……ありがとよ」
いかにもしぶしぶと言わんばかりのその言葉に、
「礼には及ばない。きみに女神様の祝福があらんことを」
花子は変わらぬ柔らかな笑みのまま見送った。
「あのぅ……」
しかしそうしている間にも次の相談者が現れる。花子が振り返ると声をかけてきた男性は不安そうに書類を差しだしてきた。
「実は店を始めたんですが、こういう書類が届いてしまって……」
「あー、これは行政に行かないとだね。面倒な書類だなー。誰かー、役所まで付き添ってあげてー」
そういうと花子はめぼしい者を見繕って同行につかせた。そうして相談者にリースを差し出す。
「はいじゃあこれ買ってね、ついてってあげるからねー」
「た、助かります」
「やっぱ代行業者じゃねぇか……」
その光景をうっかり見てしまった男のつぶやきは誰の耳にも届かず地面へと落ちた。
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