6 空が暗くなる
歌詞も無事に完成し、合わせ練習まで順調に進んでいるかと思えば災難というものはサプライズで現れる。
「電子ドラムの電源が付かないんだけど……」
好物の唐揚げを噛み締めながら食べていると、突然訃報がこの場に投入された。
「……誰の?」
「
「は?先輩の壊したの?
「いや、いつも通り電源入れただけ!壊してないから!」
「その電子ドラムって糸透さんが使ってたの?」
味噌汁を片手に
最初は
「お姉ちゃんの部屋にあったやつだから分かんない」
「それって最近の?」
「十年くらい前のだと思う」
「それは壊れてても仕方ないんじゃないかな……」
「だよな
相変わらず距離感が急に狭くなる
二人がじゃれている間に代わりの電子ドラムを検索する。オススメとして上に出てくる物は約三万円のものばかり。
「たっか」
「良い値段しますね」
横から
私より彼女の方が楽器には詳しいはずだと思いスマホを渡した。
「どれが良い?」
「ここら辺じゃないですかね」
電子ドラムを販売している有名なメーカーの名前が載っているサイトを見せてくる。例として値段も載っているが、安くてもやはり高校生にとっては厳しい値段のものばかりだった。
「なるべく安いのがいいんだけど」
「私が買うから大丈夫」
「いや、ドラムはあたしだろ?」
「私の計画に付き合ってもらってるからいいよ。その代わり練習ちゃんとしてね」
計画に付き合ってもらっている以上、ここは私が買うのは当たり前だ。それに
でも私も一般的な女子高校生。月に貰うお小遣い五千円とお年玉でやりくりをしている。そんな私が数万円をサラッと出せるわけがない。
「先輩大丈夫なんですか?」
「大丈夫。何とかするから」
あれから放課後、リサイクルショップを何件も回っても掘り出し物は無かった。中古のくせに数万円もするのは何だか腹が立ってくる。今もネットに張り付き、何十個もの電子ドラムを見てきたが更に分からなくなってしまう。安物はダメ。高い物は金銭的な余裕がない。
楽器はなんてめんどくさいんだ。
よく考えてみれば楽器の知識が無い奴が全く知識のないドラムについて調べても意味がない気がする。私はボーカル、お姉ちゃんはベースボーカル。知らないのは当然ではある。そう思った私は音楽の天才に電話をかけた。
「どうしました先輩?」
数秒で出る彼女は電話に出た。歌詞の時のメールもそうだが、
「電子ドラムが見つからない」
「良い値段のがってことですか?」
「うん。種類も多すぎて分かんないし」
「私もドラムは専門外なので分かりません」
天才な彼女は元ヴァイオリニスト兼現ギタリスト。音楽の天才でも弦楽器ですら無い打楽器であるドラムは分からないみたいだ。
「当てになる人は私たちにいなさそうですし、口コミまとめて選びましょ」
「……一応一人はいるよ」
「え?いるんですか?」
「物凄く会いたくない人なんだけど……」
電話を繋げたまま、その人物のトーク画面を開く。
中学生の時に初めてスマホを買ってもらい、家族を除き始めて連絡先を繋いだその人からは長文のメッセージが送られているが既読無視をしている。本当は繋ぎたくもなかったが、お母さんに連絡先を紹介されてしまい拒否することができなかった。
とにかく、私にとっては考えたくもない嫌でたまらない人物だ。
「……
「それって先輩のお姉さんのギターの人じゃないですか」
「うん。大嫌い、あんまり会いたくない人なんだよね」
「先輩大嫌いって言いましたよ今」
無意識に本心が出ていたみたいだ。でも仕方ない。それくらい私はあの人が嫌いなんだ。
あの人と最後に話したのは八年前。一人で留守番をさせるのが不安だという両親が針ヶ谷を呼んだ。大嫌いな人間と二人きりの空間は息が物凄く吸いにくかったことを覚えている。そして、その時の会話は今でも思い出すだけでおかしくなってしまいそうだ。
「電話繋げたままでいいので、何か送ってみてくださいよ」
「八年ぐらい話してないんだよ」
「でもその人に聞いた方が時間の無駄が減ります」
彼女の予定通りの日に合わせをするなら一秒でも早く
「一人で送るより私と話してた時に送ったほうが少しら気持ち的に良くないですか?」
「それは、そうだけど……」
「じゃあ送りましょう。もし返信が気に食わない内容だったら私にぶつけてもらって構いませんから」
そこまで言う
「送ったよ」
「じゃあ気長に待ちましょう」
「あ、既読ついた」
「早過ぎませんか。暇なんですかね」
「何て送ったんですか?」
「手頃な電子ドラム教えてって送ったよ」
「いきなり本題ですか」
「同じ立場なら
トーク画面に目を移すと向こうからメッセージは一度来ていたらしいが送信が取り消しされていた。よそ見をしていたので何が送られたかは見えていない。
『教えてあげるから明日の二時にここに来て』
数分待つとカフェのリンクと共にメッセージがやって来た。リンクを開くと無駄にオシャレに書かれた店のロゴと説明が出る。私には読み解くことができないこのカフェは都心にあるらしく値段設定が高めとないってる。店の名前も向こうの意図も分からないが、雄一今分かることは哉子ちゃんが好きそうな店ではあることだけは分かった。
「なんか、明日の二時にカフェ来いって送られて来た」
「向こうもいきなりすぎませんか」
「そういう人なんだよ」
了解のスタンプだけは送ったが、まだ行くこと自体に同意しているわけではない。あくまでリアクションを返してあげただけだ。
スマホでやり取りをするだけでも悩む程の相手なのに会って話すことに即了承なんてできない。
「で、どこのカフェですか」
「え、行くの」
「ここまで来て行かない選択肢ないですよ」
「でも明日だよ。
「もうヴァイオリンやってないので毎日暇ですよ」
行かないという選択肢は用意されてなかったらしい。先ほどよりは進む手つきで店のリンクを哉子ちゃんに送る。
「ここですね。何て読むかは知りませんけど美味しそうじゃないですか」
「
「店の名前なんてどうでもいいんです。美味しければ」
彼女らしいような、らしくない発言を聞いたところでお母さんから夜ご飯だと呼ばれる。もう少し話していたかったが切り上げるとしよう。
「夜ご飯呼ばれたから、またね」
「はい。二人には私から声かけときます」
「わかった」
「では、また」
スマホを放り投げた後、少しばかり重い腰をを上げる。
夜ご飯を食べリビングへ向かう前に床に置いた鞄を自分の部屋に持っていこう。また、食べ終わったらこの部屋に来て気持ちを少しでも落ち着かせに来よう。自分の部屋よりここにいた方が少し落ち着くのだ。理由は単純。世界で一番愛する人の部屋だから。
目覚めた時には窓から明かりが差し込んでいる。昨晩私は気を落ちつかせるために愛する人の部屋に行っき、そこにあるベッドに横たわったまま眠りに落ちてしまったらしい。
しっかりと文字盤通りに進んでいる時計は十二時を指していた。
私の家から例のカフェは約一時間かかるので準備をしたらもう家を出なければいけない。服はお母さんが用意しているはずだから急げば余裕で間に合う。
「先輩、遅刻です」
「すみませんでした」
余裕を持って家を出たのは確かだ。しかし、インドア派な私に都心まで電車で行けというミッションは厳しいものがある。乗り換えを失敗し集合時間より二十分ほど遅れてしまった。
「なんとなく遅刻しそうだとは思ってたけどな」
「もう行きますよ」
「ちょっと、走って来たから休憩」
「そんな暇してるありません。行きますよ」
服の袖を強く掴まれてしまい、
「
「親が用事で弟の面倒を見なきゃいけないそうですよ」
「残念だな。だって今日会うのQ.E.D.のドラムの人なんだろ?
「別にファンとの交流じゃないんだしいいでしょ。
「ん?
確かに
あと理由はもう一つありQ.E.D.のドラムを担当していた、押止手鳴は解散後精神を病んでしまい引きこもり状態らしい。連絡先は一応知っているが、そんな相手に聞けるほど私は無神経な人間ではない。
「まあ、色々あるんだよ。一つ言うなら私はドラムの人のほうが良かった」
あいつとはもう死ぬまで顔を合わせる気すら私には無かった。
「……そう。てか、
「そう?普通よ」
「はぁ、ほんとお前らは……」
「てか、
「え?」
ここは都心のオシャレな社会人が行き交う場所。すれ違う人は服も髪もお金をかけていることがよく分かる。
その中に高校生の私たちがいるだけで目立つのに、
「いや、
「先輩が大嫌いな相手と言うので、ちょっとした気遣いです」
「ありがとう。でも凄くダサい。目立つ」
「いつもはもっとまともなの着てるわ!お前のために引っ張り出したんだよ!」
ファッションに関して言えば
学校では優等生みたいな姿でいるのに今日はヘソだしノースリーブを着ている。服自体はおかしくないが女性ラッパーみたいな格好をしている彼女に引っかからないわけがない。
「
「いつもはもう少し落ち着いてます。威嚇のために」
「ありがとうね。でもなんか、
「解釈違いなら
「そうですよ。先輩はもっとダサい格好して来ると思いました。」
私のイメージが少し酷い気もするが、全てお母さんが買って選んでるのだからセンスが良いのは間違いない。選んだことは一回も無いと言ったら二人にとやかく言われそうだから自分のセンスが良いということにしておこう。
「着きましたよ」
ホームページにある通りの外観の店は無駄にオシャレで高級感がある。哉子ちゃんは少し楽しみそうにしていることから、いつか作戦会議で似たような場所に連れて行かれそうだと予想できる。
ドアを開くと店は落ち着いた茶色をベースに形成されている。そこまで広くはなく、ほとんどが二人席となっている。
「いらっしゃいませ!
「……そうです」
「やっぱり!それじゃ案内するわね!この店ほとんど二人席なんだけど、
ちゃん呼びということは
「二人とも、一つだけ謝っとくね」
「なんだ?」
「今日もし取り乱したらごめん。今も私ちょっとおかしくなりそう」
「どうゆう」
「では、ごゆっくり」
久しぶりに見た顔はあの日と変わらず私を睨み、何も知らないくせに自分は全て分かっていますとでも言いたげな顔だ。少し大人っぽくなり髪色も変わっているが中身はそのまま。
偉そうに脚を組み、こちらに話しかける。
「久しぶりね、
「……どうも」
「相変わらずね。座りなさい。その二人も」
二人は挨拶とお辞儀をする。こんな奴にそんなことしなくていいと思いつつ、礼儀だから仕方のないことだろう。
私はしないが。
「本物だ……すごっ……」
「座ってから感動してくれない?」
「あっ、ごめん」
「ちょっと待って
先に座ろうとした彼女を止める。小声を意識したから
「先に私座る。あいつの前行きたくない」
「いや、ここは知り合いのお前が向かい合うべきだろ」
「やだ。てか察してよ。威嚇なんだから、こいつのこと嫌いに決まってるでしょ」
「全部聞こえてるわよ」
鋭い目を
「好きなの頼んでいいわよ」
メニュー表を差し出される。相変わらず自分に主導権があるような態度が気に食わない。
「先輩!見てください!このパンケーキめちゃくちゃ美味しそうじゃないですか!」
「うん。私もパンケーキ好き」
「でも高いな……さすが都心」
「奢るから好きなの食べていいわよ」
「えぇ!いいんですか!」
嬉しそうに喜ぶ
しばらくすると先ほどの店員さんがやって来て注文を聞かれた。
「じゃあ、コーラと、このチョコのパフェお願いします!」
「マシュマロ付きホットココアと店内自慢フワトロ熊さんパンケーキで」
「……水で」
「えっと」
「水でいいです」
一瞬取り乱した店員さんだが、すぐ注文確認をしてから厨房へと向かった。
「先輩、奢りですよ」
「いい」
「相変わらず頑固ね。
「……お前がお姉ちゃんの何を」
「まぁまぁ!あたしも妹たちと全然似てませんから!意外とそういうもんですよ!」
場の空気を保つために鈴芽ちゃんがフォローに入る。その後、耳元で大丈夫だからと囁いてくれるが既に限界は近づいてる。
料理が来るまで待つことにしたが、時間が経つにつれ空気は重くなっていく。落ち着かない鈴芽ちゃんは視線を私と
「お待たせしました!」
鍛えられたバランス感覚で両手に料理を持っている。一つずつ下ろし、私の前にも透明なコップに注がれた水が置かれた。その水面には
「「いただきます!」」
目を輝かせせながら食べる二人の間には真っ黒な目をした私がいる。
「美味しい!先輩も一口入ります?」
「大丈夫」
「このパフェめっちゃ美味しいぞ!
「いい」
「仲良いのね」
私たちの会話に
「最近はずっと一緒にいますよね先輩」
「まぁ、そうだね」
「最初は嫌な奴だったけどな!」
「あれは
「結果オーライだからいいだろー」
「随分素敵な友達を持ったのね。昔のあんたは
「お姉ちゃんが私の全てで何が悪いの?てか、二人は友達じゃ」
「
すかさずフォローに鈴芽ちゃんが入る。
「そうそう本題ね。ドラムはどの子?」
「あ、あたしです!」
「じゃあ連絡先教えて。繋いだら住所を送って」
「は、はい」
「そっちの綺麗な子も」
警戒しながらスマホを取り出す
「送りました」
「オッケー。じゃあ、ここに電子ドラムが届くようにしとくわね」
「……え?」
「少し大きいからスペースとるかもだけど」
「えええええ!!いいんですか!?」
「うん。同じ音楽をやる者として、良い物を使って欲しいのよ」
「ありがとうございます!」
「何が目的なの」
「別に。ただ良い物を使って欲しいだけ。善意よ」
「他にもあるでしょ」
「なーんにも無いわ」
わざとらしく首を横に張る
「そうね。強いて言うなら、良い演奏を大切な仲間と奏でてほしい」
「……なにそれ」
「あなた達がどのくらいバンドをやるかは分からない。けど楽しんでほしい。仲間と一緒にいる時間を。一緒に音を奏でることを」
ダメだ。あともう少しで壊れてしまう。絶対取り乱さないって決めていたのに。絶対大丈夫って思ったのに。やっぱり最悪な予想は当たりそうだ。
「私たちがやっていたバンドみたいに」
黙れ。
「周りに流されず自分たちが好きな音楽をやって欲しい」
黙れ。黙ってくれ。
「そしたら、聴いた人を笑顔にできる歌になるから」
「い、
「そんな
「……黙れよ」
「先輩、帰りましょう」
「お前が、お前が私のお姉ちゃんを語るんじゃねぇよ!!!」
怒鳴り声と共に目の前の悪にコップの水を思い切りかける。コップ一杯に注がれた水は彼女の髪も服も濡らした。
「……はぁ、はぁ」
「い、
「ふざけんのもいい加減にしろ!あんたはお姉ちゃんのことを何にも分かってない!」
「……あなたよりは
「だから何!?お前はお姉ちゃんのことを何も分かってない!」
「分かってる。
「……は?」
その発言で私の何かが切れた。私の糸がプツリ切れた。脳が中心に押され、体の奥から何もかもが出てしまうような吐き気。心臓が握り潰される。そんな感覚。
「お前がお姉ちゃんを殺しんだよ!」
「い、
「あんな曲作ったから、あんな曲が人気になったからお姉ちゃんを壊した!お姉ちゃんは、お姉ちゃんは」
「先輩、帰りましょう。一度落ち」
「お姉ちゃんはあんな弱い曲を作らない!お姉ちゃんは笑顔になれる曲を、背中を押す曲をずっお作り続けてた。なのに、なのに、あんな気持ち悪い曲を!」
「……あんたの方こそ何も分かってないわ」
「黙れよ人殺し!私が誰よりもお姉ちゃんを分かってるって言ってるでしょ!」
「何も分かってないでしょ。
「……もう二度とお姉ちゃんの名前出さないで」
財布から五千円さんを抜き取り机の上に叩きつける。もうこれ以上顔も見たくない。
「ちょっ、待て、
店を出ようとした私を哉子ちゃんが腕を掴む。
彼女の表情は冷静さの皮を被っていたが、複雑さも垣間見えた。
「先に帰らないでください」
「……帰ろ」
「
「そうだけど」
「ドラムありがとうございます。本当に助かります」
感謝の言葉を述べたあと、深々と頭を下げた。私が知っている
「ありがとうございます!」
続けて
「では、失礼します」
「えっ……分かった。頑張ってね」
店の窓からはこちらを見ているお客さんがいる。相当目立っていたのだろう。今になると少し感情任せになりすぎたと思うが、全部針ヶ谷が悪いから仕方ない。
「先輩、お礼を言うのは礼儀ですよ」
俯いていた私に
「あいつに、言いたくなかった」
「でも、ドラムくれるんですよ。タダで」
「でも!あいつは!」
「先輩にも色々あるのは分かります」
「会話聞いてなんとなく分かったよね。針ヶ谷が悪い」
「私にはどっちかが何て分かりません」
表情一つ変えず、淡々と正論を言う彼女に反論することができなかった。
「でも!
「
先ほどと同じ、フォローに
「……これでドラムが手に入らなかったら計画に支障がでます」
「それは……」
「先輩にも思うことがあって怒るのは分かります。でも、せっかくのチャンスを逃すのは勿体ないです」
「……うん」
「……確かに水はやり過ぎだったかもな」
「あんたは一回黙ってて」
「あの人を見返すには、今は曲を完成させるしかないです。私も頑張りますから、切り替えましょ」
「……そうだね」
最後に
でも今は一人になりたかった。
今は、お姉ちゃんのことでいっぱいだった。私の全てのことしか考えることができなかった。
気づいたらお姉ちゃんの部屋で横になっていた。しかも月曜日の朝。丸一日以上記憶がないのだ。
学校に行った時には昨日のことなんて無かったように、二人は接してくる。その方がありがたい。
ポストには封筒が一枚。ごめんと書かれた封筒の中には五千円が入っていた。誰の仕業だろうか。
……私には分からない。
切り替えて歌の練習をしよう。あなたに届けるために。
この歌があなたの歌であり、正しいと証明するために。大丈夫、私が一番分かっているから。
世界で一番愛するあなたを。
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