4 間違った答案が許せなくても
「なんで私がドラムをやんなきゃいけないんだよ……」
溜息を吐きながら不良女改め
昨日、偶然という名の運命が重なり不良こと
「別にやんなくてもいいんだよ。ああの写真は学校に言ってネットに流すけど」
「先輩怖いです」
「……女王様の言う通りにしますよ」
私が脅しの言葉をかければ彼女は黙り込んでしまった。あくまで私は脅しではなく救済の意味で彼女に提案をしているだけだが。
「今日バイトだから早くお願いしたいんだけど、まだか?」
「あ、あそこ。あのちょっと古い看板にカラオケって書かれてるとこ」
「やっとですね。結構歩きましたもん」
今日の作戦会議の場所はカラオケだ。
このカラオケにはお姉ちゃんと一緒に小学生の頃から通っており常連客であり、会員証も割引券も持っている。学生の私たちにとってはありがたい場所だと思い選んだ。
中に入れば小学校の頃から見ている店員さんがカウンターにいる。顔が全く変わっておらず、年齢も不明だ。常連客ならある程度の情報は知っていてもおかしくないのかもしれないが、コミュニケーションが苦手な私にとって考えたら知らないのは当然だ。
「学生三名ですね。それでは、メニューから飲み物をお選びください」
「女王、飲み物って必ず頼まなきゃダメ?」
「うん。ワンオーダー制だよ」
「一番安いのにしよ。お金ないし」
「それは気にしなくていい。先輩が奢ってくれるから」
「え?」
私が奢るなんて今初めて聞いたがどこかで聞き逃していたのだろうか。いや、そんなはずはない。
私と
「先輩、前にラーメン奢った時に言ってたじゃないですか。次は私が奢るって。だから今お願いします」
「それ私は関係ないだろ」
「ラーメン一杯とカラオケ二人分なんてそんな変わらないでしょ。じゃっ、先輩お願いしますね」
これ以上ここで話をしていては店に迷惑がかかるし、店員さんの視線も痛い。それに、彼女の性格上反論したら機嫌を損なってしまいそうだ。ここは大人しく納得するしかない。
「……好きなの頼んで」
「ありがとうございます」
「なんか、ごめんな」
申し訳なさそうに頭を下げ謝られるが
結局、
緑茶なんて家で飲めるのだからお金を出して頼むなんてことは私には勿体なくてできない。だから
一方の
クリームソーダは私が長年疑問に思っている商品だ。メロンソーダにアイスクリームが乗っかっているだけなのに、なぜあんなにも高いのか。そんな商品を容赦なく選ぶ彼女は悪魔に思える。
部屋番号が書かれたレシートと飲み物を先に貰い、やっとカラオケルームに入ることができる。
エレベーターを使い目的の階まで行く。古い店だからもちろんエレベーターも古く、ドアが開いただけで正体不明の機械の音が鳴り響いたがいつものことだ。それは乗っている途中も続き、会話することがなく気まずい空間に機械音だけが響きわたる。
「目の前の部屋だよ」
「狭いですね」
「古いしな」
「そんなもんだよ」
文句を言われながらも部屋に入る。年季を感じるソファー二つに小さい机。上着を掛けられるハンガーまであるので十分だ。
それに、カラオケなんて歌うためにできている施設だ。極論、歌えさえすればいい。
「で、一体なんなんだよ。ドラムやってくれって」
奥側のソファーに鈴芽ちゃんは勢いよく座る。私はすぐ傍の手前側のソファーに座れば隣に
「……
「は?なんだよいきなり」
「いいから」
「結構前に解散したバンドのボーカルだろ?あのバンドの曲結構好きっだたな。凄く元気貰えるし」
彼女からのまさかの褒め言葉が貰え凄く嬉しい気持ちになる。
お姉ちゃんが作詞作曲をした歌は大人気だった。解散して八年も経った今でもテレビで流れるくらい。
そんなお姉ちゃんは私の全て。この未完成な曲を完成させるためだけが今の私の生きる意味だ。
「私のお姉ちゃんだよ」
「え?ちょ、は?はーー!?!?」
「
混乱し、冗談だと疑う彼女に納得してもらうために家から持ってきたアルバムを取り出す。お母さんが押し入れの奥に閉まったから取り出すのがとても大変だった。長年閉まってあったから埃臭いのには目をつぶってほしい。
「ほら、お姉ちゃん」
机の真ん中に置き写真に指を指す。お姉ちゃんは写真に興味が無い人だったらしいので、ほとんど私と写っている。
「先輩若いですね。ちっちゃ」
「今もまだ若いよ」
「ご、合成?」
「違うよ。本物」
「ま、まじで?」
「これとか、私を抱っこしてるよ」
この写真は確かお姉ちゃんの初テレビ演奏の日に撮った写真だ。生放送で終わった後は他の出演者との飲み会があったらしいが、私に感想が聞きたくて一人早く帰って来たらしい。もちろん演奏は最高だった。
「信じてくれた?」
「う、うん。信じる」
驚きは収まっていないが、信じてはくれたみたいだ。
数秒感覚で表情を変えては、事実を受け止めるよう写真を眺める姿は見ていて面白い。
「先輩、こんな風に笑うんですね」
「普通でしょ」
「いや、いつも無表情なので。笑った顔も不気味なのしか見たことないし」
「……悪口言われてる?」
しばらくアルバムを三人で見た後、本題に無理矢理移した。
「お姉ちゃんが未完成の曲を残したの。私はそれを完成させたい。そして、お姉ちゃんの最後の曲があんな最悪な曲じゃなくて、最高の曲にさせたい。私はそのために生きてきた」
「……お、おう」
「だから私は
「脅されてるし、そこまで言うなら協力するけどさ」
「なにか引っかかることがあるの?」
「最悪な曲って、お前、そんなにお姉ちゃんが大好きなのに嫌いな曲あるのか?」
少し、いやかなり気分が悪くなる。この気分の悪さは
「……その曲なんて言うの?先輩に聴くなって言われたから全く知らないんだけど」
黙り込んだ私に気を遣ったのか、好奇心かは分からないが黙って聞いていた彼女の口が開いた。
「えっと、名前は」
「アイラブユー」
「先輩急になんですか?愛の告白なんかしだして」
恋人でもない、ましてや友達でもない
「曲のタイトルだよ。最後の曲の」
「……え?それ?」
「知ってんの?」
「いや、そんなには聴いてないけど知らない人は少ないと思う」
「……先輩その曲雰囲気違い過ぎませんか?だって、先輩が教えてくれた「蜘蛛の羽」とか、他のとも曲名の雰囲気全然違うし」
「しかもバラード。お姉ちゃん今まで聴いた人を笑顔にするかっこいい曲しか歌ってなかったのにだよ。それが暗い失恋ソングって、絶対バンドの奴が何か言ったんだよ。それであんな最悪な曲ができた」
その曲を聴いたのはまだ幼い時だったが今でも忘れない。
あの曲を聴いて数秒で嫌な気持ち悪さが全身に伝わった。あんなの、お姉ちゃんの歌じゃないと。
それを、お姉ちゃんに伝えたら「ごめんね」といつもの笑顔を向けられ、ただただ抱きしめた。ひたすら優しい声で謝るお姉ちゃんに疑問を持った数日後、バンドは解散した。解散理由は公に発表されなかったが、これから先もあのような曲を作り続けろと言われたのだろう。
それがお姉ちゃんには無理だったんだ。
「だから私は最悪な曲を超える最高な歌を作りたいの」
「でも、その曲一番人気だぞ。再生数最近億超えだし。大体、こんな高校生の力じゃ」
「……最高の基準はよくわからないけど、その曲に負けないくらい良いのなら作れる」
隣から自身に満ち溢れた声が聞こえた。
振り向けば彼女は立ち上がっており、部屋にあるマイクを差し出してくる。
「私はあなたが認めた天才です。私ならできます」
「
「だから、あなたの歌声で私か作る曲を完成させてください」
自分の才能を疑わず堂々としている姿は出会った時そのままだ。そんな彼女だから私は惹かれたのだろう。
「うん!」
「……勝手に熱くなりやがって」
呆れたような声で呟きながら、鈴芽ちゃんはカラオケの操作パネルをいじりだした。すると画面には私が一番好きなお姉ちゃんの曲、「蜘蛛の羽」が予約された。
「聞かせろよ。
「
「ほら、始まるぞ」
息を大きく吸い込み、気合を入れ立ち上がる。
カラオケで誰かがいる中で歌ったことなんて、お姉ちゃんしかいなかった。
仲間を見つけるために軽音部に入った時も、結局悪口を言われ、バカにされて人前で歌うとなった時には一人で逃げた。ちゃんと私の歌を聴いてもらうのはお姉ちゃんを除けば二人が初めてなんだ。
二人が私を見ている。私は画面と見つめあっている。でも、画面の歌詞を見ているわけではない。ひたすら前を向いて、あの曲への怒りもこれからの決意も、全ての感情をぶつけながら歌った。今までで一番気合を込めて歌えている。上手いかはよく分からない。
ただひたすら、この曲と向き合っている。大好きで大切なあなたの歌を二人に、心の底から叫ぶように歌う。
それだけだ。
曲が終わり二人は数秒固まった後パチパチと拍手をしだした。一人立っているのは落ち着かず、ゆっくりとソファーに寄りかかる。
「……どうだった?」
恐る恐る私は聞く。これで酷評されてしまったらと考えるだけでも怖い。
「特別上手ではないですね」
「え」
褒めてもらつもりはなかったが、あまりにも素直な感想が第一声なのは
「おい!お前は」
「下手ではないですよ。特別上手じゃないだけです」
「
「あと、嫌いじゃないですよ。先輩の歌声。感情全部ぶつけてるみたいでかっこいいです」
素直に褒めてくる
「あたしも
「お世辞じゃなくて?」
「お世辞じゃない。今まで聴いてきた歌声で一番好きかも」
「それは大げさすぎるよ」
素直に受け取れと肩をつつかれる。強引にこちら側に座り、肩まで組んできた。気を許すとこんなにも距離が近くなるのかと驚く。でもそれが少し嬉しくも感じる。
「これでドラムも揃いましたし、メンバーは完璧ですね」
「あっ、聞きたかったの。ベースはいなくていいの?」
「何言ってるんですか。ベースは先輩が歌いながら弾くんですよね?」
「私弾けないよ」
「……は?」
ドスの効いたような声をこぼされた。それに構わず私は話を続ける。
「ベース弾けないよ。弾きながら歌ったこともないし」
「は?」
「お、お前のお姉さんは歌ってたよな?」
「お姉ちゃんと私は別だよ。私不器用だし。元々音痴だったから、歌を上手くするのに精一杯だったし」
「待ってください。私は先輩がベースを弾ける前提で曲を作ってたんですけど」
これはちゃんと言っていなかった私が悪い気がしてきた。少しばかり冷や汗が垂れ、背中に伝わる。
「つまり……」
「ベースを探さないと、いけません……」
「……はー!?!?」
授業も終わり、お弁当を食べるためにいつもの場所となりつつある階段へと向かう。四時間目は移動教室で、直行できるためにお弁当を持ってきた。効率が良くなるだけでなく、味方のいない教室に少しでもいなくて済むのはいいことだ。
お弁当が入っているであろう風呂敷片手に持った鈴芽ちゃんを見つける。この階には三年生の教室があるからだろう。
目が合えば
「よっ、
「それお弁当?学校で食べてから帰るの?」
「いや、今日は文化祭に向けての準備があるから残り。サボるつもりだけど」
「サボるなんて不良だね」
「仕方ないだろ。めんどうなんだから」
堂々と授業を抜け出せる勇気が少しばかり羨ましく感じる。私もあの地獄の空間にいるだけで息が吸えなくなりそうだが、参加しないと後々が大変なので我慢するしかない。
廊下には移動教室の帰りや他のクラスの子と食べるために学年問わず人が次々にすれ違っていった。中にはクラスメイトや軽音部の人もいて私を見てわざと笑う。
「あれ、あいつ友達できたんだ」
「でも相手がさ!」
「惨めな者同士仲良くしてんじゃない?」
私を嫌う主犯格の奴らが聞こえるように悪口を言ったあと、人の波に消えて行った。別に平気だ。
私は何も間違っていない。私は大丈夫だ。
「ごめんな。あたしといるだけで悪口言われて」
「違うよ。私といるからだよ。悪口言ってきたの知ってる人だったし」
「あたしもクラスメイトから言われた。じゃあ、今の間でお互い言われたのかよ」
「いじめられてるの?」
「それはそっちだろ」
「……共通点だね」
「嫌な共通点だな」
苦笑いしながら私の肩を撫でる。彼女なりの不器用な優しさなんだろう。
「お待たせしました」
焼きそばパンを三つと紙袋を持ちながら
「久しぶりに優等生の顔見たかも」
「一日でしょ」
「これお土産のクッキーです」
「わざわざありがとう」
「あんたにも一応」
「……どうもありがとう」
袋を受け取ると中には牛の絵が描かれてたクッキーの箱が入っていた。お土産のクッキーは普通に買うクッキーとは別の美味しさがあるのでありがたく食べよう。
「牧場だっけ?」
「はい。最悪でしたよ」
「お前も人付き合い苦手そうだもんな」
「……それより、ベースはどうするんですか先輩」
ほんの一瞬怪訝な顔を見せた後話を変えられてしまった。彼女は私たちと同じく人付き合いが苦手そうなので仕方ない。
昨日は
「お互い候補はいないという結論で終わったよ」
「当たり前みたいに言わないでください」
「昨日は歌詞のイメージを固めるのと、ドラムの練習進捗を話したんだよ。そうだろ糸透?」
微妙に出来ていないウインクをしながらフォローに入ってくれる。そのフォローを逃さないようしっかりと受け取った。
フォローの内容も別に間違っているわけではない。歌詞のイメージ固めだってお姉ちゃんの曲の良さを振り返ることで得るものがあった。
電子ドラムのパッドとバチはカラオケの帰りに一緒に渡した。お姉ちゃんの部屋にはベースだけでなくギターやキーボードなど様々な楽器が置いてある。それを
「
「まあ、昔ピアノやってたからな。リズム感みたいなのはそれなりに残ってんだよ」
「え、あんたが?」
「お母さんがピアノ好きだったんだよ。それでチビの頃やってた」
「ふーん。案外ドラム適正あったのね」
ここは私が助けに入り止めるべきだ。
「
「いないに決まってるじゃないですか」
私が言う途中に否定をされてしまう。回答は想像していた通りだったが清々しく否定されるとは思っていなかった。
「昨日話していい感じの人いなかったのか?バスの隣とか」
「話はしたわよ」
「おお、ちゃんと話せるんだな」
「私のことなんだと思ってんの」
「話したくない人とは口を開けないタイプだと」
「失礼ね。私でも人と話すわ。でも、クラスの男子とばっかと話すぶりっ子みたいな人だから無し。私たちとは合わない」
「……それは確かにお前と合わないタイプだな」
「てか、私が話せる程度の人とベースになる人とは関係ないでしょ」
怒りながらも口にパンを運ぶ手は止まる様子はなかった。
人差し指を左右に動かしながら出来てないウインクをまたし始める。それはかっこいいと思っているのだろうか。今聞くと喧嘩になりそうだから二人きりの時に聞いてみたい。
「じゃあ、この三人と相性が合う丁度良さそうな人探そうぜ」
「友達じゃなく、曲のために集まってんの。ベース弾けなくてどうすんのよ」
「分かってないな
「勝手に私を含まないで。あんたと先輩だけでしょ」
急にナイフを刺された気がするが、構わず
「で、良い子みつけたら良い感じに糸透が脅しの材料見つけてベースをやれと言う。完璧だろ!」
「呆れる」
「だから脅してないって」
冗談だと彼女は笑いながら肩を組んでくる。ずいぶんとその冗談がお気に召しているようで何よりだ。それを見る
「……仕方ないですね。今から探しにでも行きます?」
今度は
「私は別にいいけど」
「あたしも。ついでにぶりっ子ちゃんも見たくなった」
「ぶりっ子はもう関係ないでしょ」
呆れた顔をしながら
「え?冗談じゃないの?」
「気晴らしですよ。ほら先輩行きますよ」
腕を引っ張られ無理矢理立ち上がる。どうやら二人とも本気みたいだ。私には彼女たちのスイッチがどこなのか未だに分かっていない。
この流れには従わざるおえない。私たちは
「ここが
「あんたも二年前使ってたでしょ」
「雰囲気ってもんがあんの」
数ヶ月前までは私もこの教室を使っていたから特に何も思うことはなかった。強いて言うなら嫌な思い出が浮かぶくらいだ。それはきっと鈴芽ちゃんも同じだろう。先ほどより笑う回数が多く、無理矢理作っているような表情だ。
「あ、ちょうどいる。ぶりっ子」
「どれどれ」
「ほら、今も男と数人で話してる。いかにも男好きみたいな人」
バレないように壁から少し顔を出し覗き込む。はたからみたら不審者でしかないが、今の時間に人はいないから大丈夫ということにしておこう。
哉子ちゃんが言っているぶりっ子は漫画に出てきそうなほど典型的なタイプだった。
多くの女子大生が初めて髪を染める時に頼む茶色の髪。肩につくかつかないかギリギリの長さのツーサイドアップ。おまけに大きい瞳にぱっちり二重。更には萌え袖に丈の短いスカート。私は別にオタクみたいな漫画を読んでないが、まんまあのようなぶりっ子を見たことがある。
あの子は典型的なぶりっ子だ。
「え〜!そんなことないよ〜!」
甘くて胸焼けしそうな声が聞こえる。あのぶりっ子の女子からだ。それを聴いた男子は鼻の下を伸ばしている。
「……お前本当に話したのか?」
「話したわよ。でもすぐ相手気まずそうな顔してたから、ずっと音楽聴いてたわ」
「いや、それは可哀想だろ」
「私なら最初から音楽聴くけどね」
「「ぽいわー……」」
少し呆れた声が被る。
珍しく二人の意見が合っている。これは、あのぶりっ子のおかげなんだろうか。
「
「えー
「えー行こうよー」
「絶対楽しいよ!」
「
男好きだからぶりっ子をやっていると思ったが、それなら喜んで行くはずだ。しかし、その後も何回も断っていることから芯が強い子だと感じて嫌いではない。ただ予定があるだけかもしれないが。
「……一人称自分の名前」
「引っかかる所そこなんだ」
「
少し観察しただけだが嫌いなタイプではない。私に悪口を言ってくる奴の気持ちの悪いぶりっ子とはまた種類が違うタイプだから大丈夫だと判定できる。鈴芽ちゃんも私と同じく大丈夫そうだ。問題は先ほどから不機嫌そうに彼女を見ている天才だ。
「ごっめ〜ん!
「一人称自分の名前」
「また引っかかってる」
「来るぞ」
本能的に隠れなければと思い、鈴芽ちゃんの後ろに立つ。私の真似をするように哉子ちゃんも隠れ、傍から見たら変な集団だ。
「……はぁ、疲れた」
言葉を吐き捨てぶりっ子は私たちの前を通り過ぎた。あれは恐らく独り言だ。それも意図して言ったのではなく無意識に出てしまった言葉。私たちの方を見ず、今もずっと床を見つめながら歩いている。
「……珍しい物は見れましたね。じゃあ他の」
「追いかけよう」
「先輩?」
「……ちょっと、私の直感が」
「厨二病みたいなこと言うんだなお前」
「先輩はオタクだから」
あんな典型的なぶりっ子はキャラ作りに決まっている。それはそうだが、あれを男子に好かれるためにやっているのではなく何か無理してやっている理由があるのかもしれない。それに漬け込めばもしかしたら何か得るものがある気がする。
「行こう。お花摘み」
「便所な」
「トイレです先輩」
「……早く行くよ」
二人の腕を引っ張り彼女が入ったトイレの目の前まで来た。鏡の前で待ち伏せでもしようか考えたが、一軍女子達が化粧直しをしている。この学校は化粧禁止のはずだが守っている人の方が少ない。私の悪口を言ってくる奴も濃い化粧をした顔で嘲笑ってくる。化粧したって微塵も可愛くないが。
一軍にバレないようにトイレの前に立つ。化粧は長引くだろうからぶりっ子が出る方が早い。
「この学校化粧禁止ですよね」
私の肩を突き、いつもより小さな声で
「うちの高校はそんなもんだよ。教師も女子に甘いし」
「化粧しないと可愛くないんだろ」
鋭い一言を
「可愛い奴はリップくらいだ」
「可愛くなくてもしないわ」
「
「急に口説くな
「鈴芽ちゃんも可愛いよ。私あんまり人に可愛いと思わないけど二人は可愛い顔してると思う」
「……うるせー」
両頬を思い切りつねられる。嘘をつくなと怒っているのだろうか。ヒリヒリと痛んで仕方ないが今は小さな声しか出してはいけないから抵抗のしようがない。
つねられたまま一度黙ると一軍女子の下品な声が耳に入る。
「
「ねー!ブスなくせに調子乗っちゃって!」
「噂知ってる?人の彼氏奪うのが趣味らしいよ!」
「知ってる知ってる!私の友達の友達がやられたって言ってたわ!ビッチかよ!」
耳障りがするような高い声で笑い合っていた。わざと彼女に聞こえるように悪口を言っているのだろう。長年の悪口を言われてきた過去から分かるが噂なんてものは合ってた事がない。都合の良いように作られた彼女たちの嘘だ。
あと彼女の顔は可愛いし、ブスなのは化粧しているお前らだ。
「……そういう感じねー。ぐさっとくるわ」
「ぶりっ子なんてそんなもんでしょ。噂が立って当たり前のキャラ。まあ、あいつらはキモいけど」「お前、もしかしてぶりっ子嫌い?」
「……うるさい」
私はポケットにあるスマホを取り出した。そのままなるべく目立たないよう録画を開始し、一軍が映るようにスマホを傾けた。
「あ、来た」
彼女の登場だ。無理矢理笑顔を作り穏便に済ませようとしているのだろう。
「ごめ〜ん!ちょっと手洗わせて!」
「あぁ、ごめんごめん」
クスクス笑いながら鏡から離れたと思ったら、隣の蛇口から彼女に水をわざとかけた。ズームしちゃんと画面に収まるようカメラを向ける。
「……手が滑っちゃった!ごめん!」
「別に大丈夫だよ!」
笑顔を絶やさず彼女はトイレから出ようとした時、リーダー格らしき女が足を引っ掛けた。私もここまでの事はされたことがないので、驚いてスマホを落としそうになる。
「いった」
「ごめんごめん。ぶつかっちゃった」
正直下の学年だからといって一軍を相手にするのは怖い。でも、ここまできて何もしないなんて事はできないだろう。そんな事をしたらお姉ちゃんは悲しむだろう。
幼稚園の時にいじめられていた子を助けたことがある。その話をしたらお姉ちゃんは物凄く褒めてくれた。それから仲間外れにされたが私の行動は間違っていない。
だから私はお姉ちゃんが正しいと褒めてくれた行動を今からする。
「それ、わざとじゃないでしょ」
「は?」
心臓が凄い速さで脈を打っている。足だって震えている。
でも、もう逃げられなかった。二人の顔を見てないから呆れているのかもしれない。私が間違っていると思っているのかもしれない。
それでも、私にはたった一人の絶対の味方がいる。お姉ちゃんと、お姉ちゃんの曲がある。だから大丈夫だ。
「お前誰だよ」
「さっきの全部撮ってあるよ。人に水かけて転ばすのは暴力だよ。もう二度としないで」
「うわっ!盗撮じゃーん!犯罪なんだけど!」
「たまたまだし。てか、こいつの友達?お前女の友達いるんだな!でも超地味!」
さっきの笑顔は消え、泣きそうな顔で私を彼女は見つめてくる。そして、口パクで必死に何か伝えようとして小さく首を振っている。恐らく逃げてということだろう。
「そいつの言う通りだ。やめな」
後ろから私を味方するように
「は?なんだよ」
「そいつ色んな人脅してんの。先生に言うとか、ネットに流すとか。ちなみに私も先生と結構仲良い。だからチクられたら終わるよ」
色んな人も何も
それに
「はぁ……先輩。あなたって人は」
「げ、
先ほどまで強気だった一軍が、怯え始める。まるで、隠れていじめをしていた子供の前に鬼教師が現れた時みたいに。
「知り合い?」
「いえ全く。初めて見た顔だと思います」
「……同中。同じ中学でお前のこと知らない奴なんていねぇよ!」
「哉子、何かしたのか?」
「いえ何も。強いて言うなら母親が先生に色々言うタイプで」
「「絶対それだ」」
「
「ありがとう?」
私の頭をペットのように鈴芽ちゃんは撫でてくる。今日分かった事は意外と距離感が近いタイプだということだ。
「あのっ!ありがとう、ございました」
体を震えさせながら深く彼女は頭を下げて来た。先ほどよりは明るい顔をしている。
「別にいいよ。たまたまっていうか」
「たまたま、ですかね」
さっきから私の天才が引っかかってくる。今日は少し機嫌が悪いのだろうか。
「最近ああいうのが増えてきてたので助かりました。何てお礼を言えばいいんでしょうか。私で良ければなんでもします」
「じゃあ!お礼はベー」
「ベースやってる知り合いとかいない?」
「えっと、軽音部の一年の男子なら」
「「「却下」」」
「そうなると知り合いにはいないです……」
何か言いたげな顔をしながらも彼女は謝った。
「そう。じゃあいいわ」
「おい
「よく考えてよ。あの子にベース始めさせるの?ベースって高いのよ。それに私は完璧を求めている。練習もハードにさせる。あの子じゃ無理よ」
「さっきから機嫌悪くね?」
「うるさい」
「あの!バンドとかやるんですか?」
「いや、バンドはやらない」
「説明ややこしいんだよなこれ。まあ、色々あってベースできる人探してるみたいな」
「私、つい最近ベース買って、練習してて、力になれるか分かりませんが」
「え、まじ?」
まさかベースを持っていたなんて予想もしていなかった。これには哉子ちゃんも驚いた表情をしている。
「軽音部じゃないんだよな?」
「はい。私、前までやってたことがあるんですけど、色々あって辞めちゃって。高校入ったら何か新しいことしようと思って。それで何か考えた時にベースだなって」
「なんでベースなの?」
「色々あった時に私を支えてくれた曲があるんです。その曲のボーカルがベースも弾いてて」
「……曲名は?」
「えっと、ちょっと昔の曲なので知らないかもしれないんですけど」
「いいから」
「……蜘蛛の羽って曲です」
運命というものはこんなにも連続して現れてしまうのだろうか。
きっと
「蜘蛛の羽って」
「えっと、「Q.E.D.」というバンドの内樹繋結って言うボーカルの方が作った曲で」
知ってるも何も私の最愛の人の名前だ。でも曲の名前だけでなくボーカルのフルネームまで知ってるという事はある程度のファンだということに間違いはない。
「決まりだな」
「一つだけ聞いてもいい?」
「なんですか?」
「
最終試験だ。でもさっきからの彼女の言葉からして好きな曲は決まっている。私は理由が聞きたい。
だって、あの曲はお姉ちゃんの最高傑作なのだから。
「難しいですね。私、
「早く」
「
「……アイラブユーですかね」
「……は?」
今、彼女は何て言った。
信じられない。絶対にあり得るわけない。きっと何かの聞き間違いだろう。そう信じて必死に自我を保つように自分に言い聞かせた。
「アイラブユーです。王道かもしれないんですけど」
「……ふざけんな」
「
休み時間終了のチャイムが鳴った。鳴って良かったと思う。これがなかったら彼女に向けて何を言っていたか分からない。
「えっと」
「話は放課後に」
「……いい」
「
「じゃあね
「先輩!」
体が勝手に動いた。気づけば
一年も同級生も、先生もすれ違った。私を見ていたがそんなのどうでもいい。感情のままに今動かされている。
「
「いいから来て」
黙り込んだ
当たり前に誰もいない階段。窓の光だけがこの場所を照らす。今の気分にはちょうどいいだろう。
「
「なんで!なんで!なんであの曲なの!ファンなんでしょ!?なんであの曲を選ぶの!?」
「落ち」
「落ち着けないよ!あの曲は、あの曲はお姉ちゃんを傷つけた曲なんだよ。お姉ちゃんから音楽を奪った曲なんだよ!今私が持ってる未完成の曲が完成しなきゃ、あの曲が、数字で決まる世界であの曲が最高傑作になるんだよ!あれは、あれは、あれは……」
自分でも何を一番言いたいのか分からなかった。ただただ乱暴な言葉を並べては口に出し、意味もなくぶつけている。鈴芽ちゃんにぶつけても全く意味がないのに。
「
「……お姉ちゃんを殺した曲なんだよ。歌が大好きだった、歌を愛していたお姉ちゃんがやめたんだよ。あの曲のせいで」
「……はぁ、座れ
「なんで」
「授業、サボるぞ」
「……でも」
「そんな顔して出れないだろ。いいから、座れ」
言う通り階段を数段上がり、鈴芽ちゃんの隣に座った。スカートを思い切り握り、逃げ場のない怒りをぶつける。
「
「同情?」
「ほんの少し似たようなこと経験したことあんだよ」
「なに?」
会話が止まった。と思えば私の頭を数回撫でた後、小さく深呼吸をし始める。一体何を言われるんだろうか。
「あたし、お母さん死んだんだよ。中一の時に」
話す内容と彼女の表情は合っていなかった。暗くならないよう口角を上げながら淡々と話しを進めだす。
「死ぬ前は子供に週に何回も習い事させるくらいには金に余裕があった。それもあたし含め三人分に出せるくらいには」
子供の習い事なんて一万を超えるのが平均だ。それが何個もあり三人分なんて軽く十万。一般家庭ですらそんな事ができる所は少ないと思う。
「で、お母さんは専業主婦で稼ぎは全部父親だった。父親はお母さんのこと付き合って一週間目かよってくらい毎日好きとか言い合うくらいに愛し合ってた」
「それは凄いね」
「だろ?で、事故でお母さん死んで、あいつおかしくなってさ。働けなくなった。何度説得しても遺産と貯金があるから今はほっといてくれって」
「……うん」
「いや今はいいけど将来なんてどうなるか分かんないだろ。まだ妹二人は小学生だし、大学を卒業するまでにどれだけの金が必要かあいつは分かってない」
今ここで点と点が繋がった。彼女は単位をギリギリ取れる程度まで学校を休み、その間も妹たちのためにお金を稼いでいたのだ。でも今の時代中卒では働くのが難しい。だから最低限彼女は限界を見極め行動している。歳が一つ違うだけなのに、ここまで背負う必要なんてあるのだろうか。
「でも、あたしはあいつを責められない。それはあいつとお母さんの最後があまりにも残酷だったから。それほど最後の力っていうのは凄い」
「……うん」
「あんたのいう最悪な曲も、
「名曲じゃない……」
「あんたの姉ちゃんは曲を作る天才だった。分かるだろ?」
彼女の言っていることは正しい。お姉ちゃんが作る曲はどれも根強いファンがいた。それほど曲を作る才能があった。だから望んでもない曲だとしてとヒットする曲を作れてしまう。分かってるけど、分かりたくない自分がいる。
「それに、私たちは仲良しこよしでやるわけでもない。バンドを組んでずっとやるわけでもない。その曲のためだけに一時的に集まるんだ」
「そうだけど……」
「私はあの子が良いと思う。
分かっている。彼女の言っていることが正しいのも。でもどこか許したくない自分がいる。それは私だけが、あの曲をお姉ちゃん苦しめたことを知っているから。だから許せないんだ。
「……
「頑固じゃないし」
「頑固だよ。でもそれで良い。あの子が嫌な時は私がサポートして頑張るからさ」
「……うん」
「まっ、とりあえず一旦考えてみろ。今は一度冷静になるべきだから」
どうしよもうない怒りが消える未来は訪れない。でも先ほどよりは少し冷静になれた自分がいる。
「ずっと浮かない顔しやがって。じゃあ今ここで誓い立ててやるよ」
「何それ」
「世界中の人間があの曲を最高だと思っても、私とお前だけは最悪だって叫んでやる」
「……優しいんだね」
「この誓いが壊れる時は糸透があの曲を愛した時だな」
「一生の誓いってことだね」
私から小指を差し出せば
「てか、
「脅してる奴に心配されるとわな。別に平気。バイト前にやると目覚めるし」
「なら良いけど」
「それが結構きつい出費多くてさ。子供服とか最近高くて」
「私のお母さん、娘のこと大好きなタイプの人だから服いっぱいあるよ。それあげる」
「えっ!いいのか!?まじ助かる!」
今までの中で一番に目を輝かせながら私にお礼を伝えてくる。こんなに人が喜ぶ所はなかなかお目にかかれない。
記憶を辿れば自分の部屋の押し入れにしまってあるはずだ。そこには使わなくなった子供向けの文房具だったり鞄もある。それもあげれば更に喜んで面白い顔を見せてくれるだろう。
「めちゃくちゃ嬉しい!あ、それってお前の服?それとも
「……私の服。お姉ちゃんの服はあげない」
「ははっ!お前やっぱりシスコンだろ!服もらえるだけで物凄く嬉しいからいいけどさ!」
「私はお姉ちゃんのことが世界一好きなだけだよ。今も、これから先もずっと」
「重くね?」
事実だから仕方ないことだ。私にとってお姉ちゃんは特別で大好きで世界で一番大切な人。それは、これから先どんなことがあっても変わらない。
「
「好きだけど、お前より重くはない」
「……そっか」
「
「人に隠しごとの一つや二つはあるだろ」
「これはきっと二人には言わなきゃいけないことだと思う」
「よく分かんないけど、気が向いたら聞かせてくれよ」
話の流れから言いそうになった隠し事をギリギリで思い留めた。別に言わなくても平気なことではあるけど、きっといつかボロが出る。そのボロが混乱を招かないよう近いうちに言わないといけない。
「うん。ちゃんと聞いてね」
家に帰ったら自分の部屋に鞄と制服を投げ出し、目の前のお姉ちゃんの部屋に入った。
お姉ちゃんの部屋はゴミ一つない綺麗な部屋だ。埃だって溜まっていない。楽器があるのはもちろん、他にある物は私の写真や私が描いた落書きが額縁に入れられて飾られてある。私のことが好きなのが伝わって物凄く嬉しい。
「……お姉ちゃん」
誰もいない部屋に無意味に呟いた後、ベッドに思いっきりダイブした。確か今日お母さんが全部洗濯すると言っていたからとてもふかふかで心地が良い。
枕元にあったお姉ちゃんとのツーショット写真を抱えながら私は心の声を呟き始めた。
「お姉ちゃん。私、どうするのが正解かな」
写真のお姉ちゃんは笑顔のままだった。変わるわけないのは分かっている。
「これで、間違ってたらどうしよう」
するとお姉ちゃんが私にかけた言葉を思い出した。心に刻んでいたはずだったがさっきまで取り乱していたから忘れていただけだが、こんな大事なことを少しでも記憶から消すなんて妹として失格だ。
『何があってもお姉ちゃんは糸透の味方だよ』
覚悟を決めた私は、お姉ちゃんの棚にあったベースの教本を数冊取り出しだ。表紙に大きく初心者用やDVD付きと印刷されている物を親切に選んだ。
そして抱きしめるように抱えた後、部屋に向かって深いお辞儀をした。
「ありがとう!お姉ちゃん!」
誰もいない部屋としばらく見つめ合った後出ようとする。その前にドアの上にかけてあった壁掛け時計と目が合う。
「あっ、電池変えるの忘れてた」
前に変えたのはいつだったろうか。教本を紙袋に閉まったらすぐに交換してあげないといけない。
お姉ちゃん。あともう少しだけ待っててね。
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