3 脅しではなく救済を
「お待たせ」
「お疲れ様です。早くお弁当食べましょ」
もう袋から出しているメロンパンを片手に彼女は私を待っていた。早く食べさせろと視線で訴えかけて来るので急いで隣に座りお弁当を開く。
数日前から私は
きっかけは彼女からのお願いでクラスメイトから一緒に食べようと誘われるのが嫌で回避するための言い訳が欲しいという理由だった。友達もいなく一人でお弁当を食べていた私にとっては別に構わない話だったが、お世辞にでも一緒に食べたいくらい言えばいいのにと思う。
この場所は人が来る気配が一切しない学校の端っこにある階段。少し埃臭く、天井に設置されている蛍光灯は全く役に立っていない。小さな窓から差す光が照明の代わり。
しかし、どこか寂しいと感じさせるこの空間が私は好きだ。
「先輩、そんなにご飯少なくて平気なんですか?」
大きな一口でメロンパンにかぶりつきながら不思議そうに問いかけてくる。私のお弁当は一般的なサイズだと思うが、彼女のお昼ご飯の量は私の何倍もある。なぜなら今食べているメロンパンのサイズはかなり大きいのに、あと三個は横に置いてあるからだ。
「平気だよ」
「ずいぶん小食なんですね。私だったら耐えられません」
「……確かに小食かも」
彼女の胃袋がおかしいと思うが人の怒りを買うポイントは分からない。曲を完成させるためにも慎重に言葉を選んでいかなければならない。
「今日の作戦会議は最近できたカフェに行きましょう。私結構頑張って進ませたので付き合ってくださいね」
「分かった。食べるの本当に好きだよね」
「美味しい物を食べる幸せに最近気づきました」
彼女の機嫌を伺いつつ、私は行動していかなければならない。
コミュニケーション能力の欠けている二人に話題が無くなるのは当然だ。しばらく無言の場が続き、ついには自分のお弁当を完食させてしまう。教室に帰るにはまだ早く、ここは年上の私が話を振るべきだ。
「……ドラムどうします?」
「へ?」
彼女の方に目を向ければメロンパンの山は消えていた。食べ終わり余裕が出たから話しかけてきたのだろう。私が意を決して話かける必要はなかったみたいだ。
「だから、ドラムですよ」
「あー」
「反応薄くないですか?」
「だって
「はい。でもこれは曲ではないのでノーカンです。それに私たちの人間関係の広さから考えれば学校で探さないといけないので」
「そうだね」
前にも彼女と話したが、このバンドにはドラムが必要なのだ。しかし交友関係の狭い私たちがドラムをやっている知り合いがいるはずない。軽音部に入ろうとしている人を誘うのは気が向かない。人と出逢うということはこんなにも難しい。
そう考えると彼女と出逢えたのはやはり運命だ。
「で、どうします?」
「どこを探してもいないしね。いっそのこと良い感じの人にドラム初めてもらったほうが早いかも」
「そんな都合良くいますかね……」
「うっせーな!追いかけてくんなよ!」
遠くの方から突然女の怒鳴り声が聞こえたと思ったら、その正体は私たちの前にすぐ現れた。
「チッ!なんでこんな薄気味悪い場所に人がいるんだよ!」
怒りながら私たちに女は話しかけてくる。
女は金髪を緩くリボンで二つ結びし、校則では禁止されている黒いパーカーを着ている。顔は可愛らしい顔立ちをしているが、こちらを睨みつけているので魅力は半減だ。
「は?なんで私たちが舌打ちされないといけないのよ!」
金髪女を分析するように見ていると哉子ちゃんが怒鳴り声をあげる。やはり、私が想像していた通り彼女の怒り出すポイントは謎だった。
「うるせーな!独り言だよ!」
「独り言は人に聞こえないように言うのよ!そんなうるさい声で言わないわ!」
「それを言うあんたもうるさいけどな!」
「さっきから何か言ったら言い返すのやめてくれない?あんためんどくさいわね!」
「そっちもな!」
言い争いをずっと聞いているが、どちらもめんどくさい性格している。あまり人のことは言えないがどちらも人付き合いが苦手で友達がいなそうだ。
金髪女は悪い人のようには見えない。
今も
「
「チッ!どんだけ追いかけてくんだよ!」
「何度言ったら分かるんだ!一度話を」
「じゃあな!無表情とうるさい優等生ちゃん!」
「誰が「うるさい優等生」ですって!」
記憶通りなら三年生を受け持っている教師に追いかけられ行ってしまった。それに彼女の上履きも三年生の色だった。おそらく担任である人物に追いかけられていると思うが、三年生が大事な年に担任に叱られそうになっているといことはなかなかないと思う。
彼女は本当に不良なのだろうか。
「あー!ムカつく!」
「あんな風に怒るんだね」
「普通ですよ。はぁ、なんだか疲れました。ドラムがあの不良女みたいになるのだけは嫌です」
「でもさ、出逢いなんてあんな風に突然じゃない?」
「運命でも信じているんですか?そんな作り話みたいじゃないですよ。偶然です。先輩、そういうの信じるなんてやっぱりオタクなんですね」
「いや、オタクは関係ないと思うけど……」
彼女が怒りをぶつぶつと呟いていると昼休みのチャイムが鳴った。もう教室に帰る時間だ。
「じゃあ、またね」
「はい。カフェ楽しみにしてますね」
後ろ姿に手を振り、小走りで教室に向かった。
なぜか、心臓がいつもよりも早く動いている。進んだ曲を聴くのが楽しみだからだろうか。
それとも何か見落としている嫌な予感のせいだろうか。それとも、先ほどの「偶然」のせいだろうか。
「で?先輩、もう一度言ってみてください」
「えーと、その……」
「先輩」
「チャージしてあったはずの電子マネーが残り三十円でした。ごめんなさい」
「もーう!」
先ほどの胸のドキドキは嫌な予感のほうだったらしい。昼間の金髪女と同じくらいに彼女を怒らせてしまっている。
電子マネーが消えた原因としては、数日前に好きな作品の限定イヤホンが出たのがいけない。別にいつもなら買わないが限定商品となればファンとして買うのは当然だ。
それにあの曲を聴くのに性能の良いイヤホンを使用するのが礼儀だと私は考える。なのでこれは無駄遣いではなく正しい買い物だ。
「どうせ無駄遣いしたんですよね」
「いや、無駄遣いじゃなくて」
「口答えですか?」
「ごめんなさい」
まるで交際二年目の彼氏が遅刻してきて怒る彼女みたいな態度だ。漫画や映画で何回も見たことがある。こういう時の女性は口答えはせず、機嫌が治まるのを待つしかないと教わった。
「オシャレなカフェで作戦会議しようと思ってたのに、公園って!しかも!ブランコと変な生物の遊具しかありませんよ!」
彼女のムカつくポイントが遊具の種類なのはよく分からないが、今の状況は私が全て悪いので飲み込むしかない。
この公園は急遽カフェをやめ急いで座れる場所を調べた結果見つけた場所だ。高校近くの公園には同級生が溜まっている可能性もあったので穴場を一生懸命探した。
やっとの思いで見つけたこの公園は住宅街の小道を通り、見落としそうなほどぽつんと存在している場所だった。近年、ボール遊びは危ないから禁止、遊具も落ちたら危ないから撤去など公園が公園ではなくなる現象が起きている。
お姉ちゃんとボール遊びをしていた公園も、先日訪れたら禁止になっており悲しい気持ちになった。この公園も時代の流れが作った空間なんだろう。
「でもほら、公園の真ん中に桜あるよ」
「満開だったら綺麗でしょうけどね。ほぼ散ってますよ」
彼女と出逢う前は永遠に地獄のような日々が続いていると思った。クラスメイトからわざと聞かされる悪口は、何十分聞かされているんだと時計を見ても数分しか経っていなかった。でも今は桜が散りそうになるのも気づかないほどに早い。時間が早く流れている思ったのなんて、お姉ちゃんが隣にいた時くらいだったのに。
「はぁー!もういいです。ここで作戦会議しましょう」
わざとらしく彼女は溜息をつく。仕方なく妥協していることをアピールしているみたいだ。
「ありがとう。嬉しい」
「……あなたって人は、仕方ないですね」
彼女は鞄から紙袋を取り出し中からパンを取り出した。あんなに昼にパンを食べたのに飽きないんだと思えば半分にちぎり渡してきた。
「え?」
「……誰かと食べながらのほうが美味しいと思うので」
「お腹空かないの?」
「そんな大食いじゃないです。いいから受けっとてください」
「ありがとう」
私が半分のパンを受けとると、フッと笑い変な生物の遊具に座った。脚を組みながら子供用の遊具に座る彼女の姿は様になっていて面白い。
「じゃあ曲聴いてください。嫌なところあったら言ってくださいね」
「お願いします」
彼女のスマホの再生ボタンを押せば曲が流れだした。数秒聴いただけで分かる。彼女は天才だ。もっと合う言葉があるのは分かっている。でも、何もない私にとって天才は最上級の褒め言葉だ。かつて「天才」と数えきれないほどの人から言われ崇められてきたお姉ちゃんが私を褒める時に使った言葉でもある。それくらい素晴らしい言葉が彼女の音楽にはピッタリなのだ。
お姉ちゃんが残したこの曲は未完成ながらも聴いたら褒める言葉しか見つからない。悪いところをあげるとすれば「未完成」であることだ。そんな曲を完成させることができるのはお姉ちゃんと同レベルの天才のみ。
それは彼女、
「……先輩、そんな風に笑うんですね」
「えっ、どんな風?」
「へたくそな笑顔というか、不気味というか」
「悪口?」
「褒めてますよ。それより感想」
「えっと、私言葉にするの苦手だから上手く伝えられないかもなんだけど」
「はい」
「
「……やっぱり笑顔へたくそですね」
感想を聞いた彼女の反応は私の笑い方の指摘だった。変だと思えば彼女は腹に手をあて派手に笑う。
「私の感想嫌だった?」
「言葉にするの苦手そうだなって思いました。でも、最上級の褒め言葉でしたよ」
「良かった。じゃあ、このままお願いしてもいい?」
「はい、任せてください」
言葉にするのが不器用な私は、この嬉しさを持っているパンにぶつけるしかなかった。一口飲み込むと口の中にパンとクリームが広がった。
「クリーム?」
「それクリームパンなので」
「初めて食べた」
「え!その年でですか?」
「うん。食わず嫌いだから。美味しくなさそうだなって思って」
「決めつけですね」
「でも、美味しい」
今までパンとクリームなんて合わないと思ったが意外と良い組み合わせであり美味しい。一口が止まらずもう食べ終わってしまった。
「そうだ。私も公園初めてなんですよ」
「どういうこと?」
「そのままです。私の人生はずっとヴァイオリンだったので、公園で遊ぶとか考えたことなかったんです。だから一度も公園に来たことないです」
「流石だね」
ずっと音楽をやってきたから天才になったのか、産まれ持った才能があるから音楽をし続けたのかは分からない。理由はどうあれ今の彼女がいるのは昔ヴァイオリンをやっていた過去があるおかげだ。それに私は感謝するしかない。
「じゃあさ、ブランコやろうよ。私教えるよ」
「いいですよ。作戦会議しまょう」
「いいアイデアが思いつくかもしれないしさ」
「……仕方ないですね」
数メートル先にあるブランコに座るために立ち上がり歩くと、私たちの視覚からは桜に隠れ見えなかった一人の人がベンチに座っているのが見えた。
「あれ、人いたんですね」
「ほんとだ……あれ? あの人って」
物音を立てないように桜の木の下に近づき、隠れながら座っている人物を確認する。
「あいつ! なんでこんな所に!」
「
間違いない。昼間の教師に追われていた金髪女だ。
三年生になると授業が四時間になる日もあるらしいが、それがどの曜日かは分からない。教師の会話から考えて不良そうな彼女は授業をサボりこの穴場の公園に身を留めていた可能性もある。
「落ち込んでません?」
「下向いてるしね。何か手に持ってるのかな」
スマホを取り出しカメラ機能で彼女をズームすると、その手にはタバコの箱があった。
「え」
「うわっ!不良じゃないですか!完全に!」
「しかもこれかなりキツイやつだよ」
「なんで先輩はそんなの知ってるんですか」
「お姉ちゃんのバンドメンバーが吸ってたから。私は吸ってないよ。お姉ちゃんもね」
「それは良かったです、じゃなくて!あの不良女やっぱり不良じゃないですか!」
「うーん」
不良ならタバコを普通に吸えば良いのになぜ辛い顔をしながら見ているだけなのだろうか。もしかして、訳あり不良というやつなのか。
「あっ、ついにタバコ出しましたよ」
これは私の薄っぺらい考察だ。人を寄せつけない荒い口調に校則破り。教師からも悪い方で目を向けられており、授業を抜け出す。一見ただの不良だが、それにしては仲間とつるんでいない。それに不良なくせに似合わない暗い顔。タバコなんて吸うくらいの不良なら高校を辞めればいいのに三年生になるまで居続けている。
それには辞められない理由があるはずだ。
「……完璧だ」
「先輩何笑ってるんですか。目もそんなに開いて」
「
「え」
ザッザッと音を立てながら訳あり不良の彼女に近づき目の前でシャッターを何回も落とした。
「は?ちょっ」
「はぁー……バッチリ撮れた。わざと音立てて歩いたのに気づかないんだもん」
「何言ってんだお前。てか、昼の」
「これ、学校にバレたくないでしょ?」
今まで私が人生で撮ってきた写真の中で一番良い、彼女がタバコを持っている写真を見せつけてやった。段々と表情が弱くなり、怯えるような態度になる。
「……それ、消せよ」
「やだ」
「消せ!」
「公園でタバコ吸おうとするのが悪いんでしょ」
「まだ吸ったことない!今日初めて吸おうとして」
「そんなの関係ないよ。この写真を見たら学校の先生は退学させなきゃと思うよ。ただでさえ不良なのに」
「あの、先輩」
「……金か?金を払えば学校に」
「私はそんなクズじゃないよ」
「じゃあ、何が目的だよ」
怯える不良女、隣には訳が分からず不思議そうに見ている優等生。そんな彼女たちの表情とは一切合わない、心が思うままに満面の笑みがこぼれる。
「これから完成させる曲のドラムをやって」
「「は?」」
二人の声が揃った。表情もシンクロしており、私が何を言っているのか分からないという顔で見ている。
「ドラムをやってくれれば写真消してあげる」
「えっ、ちょっ、先輩」
「あたし、ドラムなんてやったことないけど」
「だから今からやるんだよ。一曲だけプロ並みに上手く弾いてくれればそれでいい。別にバンドメンバーになれってわけじゃない」
「そんな一曲だけプロ並みなんて無理ですよ」
「死ぬ気で上手くなってね。じゃないと学校にも教える。ついでにSNSにも流す」
「怖っ……じゃなくて!」
「……ドラムやれば、流さないでくれるのか?」
震えながら、今にも泣きそうな声で彼女は口を開いた。まるで私たちが悪役みたいだが、事の発端は彼女が招いた。
だからこれは、脅しではなく救済。私はヒーローだ。
「うん。ドラムやって」
「……分かった。やってやるよ」
「え、は、ちょっと!」
「嬉しい。私の名前は
「……
ずっと睨みつけているから目立たないが、可愛らしい顔立ちをしている彼女にはぴったりな名前だと思う。
「
「……先輩つけなくていいよ。なんなら苗字でいい」
「じゃあ
「ちょっと先輩!何勝手に話すすめてるんですか!私こんな奴嫌ですよ!」
「こっちは
「そこで褒めても無駄ですよ。あなたは本当に」
「私を信じて。絶対私の選択は間違ってないから」
「……はぁー。もう分かりました」
綺麗に整えられた髪を乱れるくらいに掻きむしる。不満大有りというのが表情に滲み出ているが、私が折れないのを悟り諦めてくれたのだろう。
「よろしく
「いや、お前は呼び捨てにすんなよ」
「立場分かってんのかクソ不良女」
「お前には脅されてないわクソ優等生ちゃん」
また二人は言い争いを始める。これから先、この光景を何回も見るのだろうと思うとなると少しばかりため息を吐きたくなる。
「先輩!こいつ脅してください!」
「いや、私脅してないから」
「どこがだよ」
「どこがですか」
「仲良いね二人とも」
無事にバンドメンバーも見つかり、曲の進み具合も順調だ。
こんなに嬉しいと思った事なんて何年ぶりだろう。メンバー仲も悪く無さそうだし曲が作り終わるまで解散の心配は無い。
「
「失礼ね。面白い人よ。……ちょっと変わってるけど」
ドラムは無事獲得できた。私は着々と進んでいる。
お姉ちゃん、待っててね。
あなたの曲が正しいと証明するから。ちゃんと私やり遂げるから。
あなたの正しい曲が多くの人に聴けるまで。
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