時の狭間の銃声

@gorillasan

廃墟の朝


薄明かりが薄い霧の中から差し込み、荒れ果てた都市の遺跡を照らしている。長い時間が過ぎ、すっかり静けさに包まれたその場所では、かつての賑わいを感じさせるものは何一つ残っていなかった。


千景は、ぼんやりとした目でその景色を眺めていた。周囲はガラクタや崩れた建物の残骸、そしてところどころに散らばった骨や壊れた車両。だがその中で、何かが動く気配を感じ取ったのか、千景はすぐに三八式歩兵銃を肩に構えた。


「セキ、どこだ?」


ふと声をかけると、背後から軽やかな足音が聞こえる。

セキは、千景の肩にちょこんと乗っていた。セキの大きな目が警戒しているのがわかる。


「また何か、いるのか?」千景は息をひそめて言った。

セキは少し黙ってから、低く唸った。異界の生物や、時には人間のような存在が近づいている気配を感じ取っているようだ。


千景は深呼吸をし、少しずつ歩き出した。足元に積もった瓦礫を踏みしめながら、鋭く周囲を警戒している。


この世界は、かつての日本とは異なる。異界の力がどこかに潜み、時間や空間すら歪めてしまった。かつての文明は崩れ去り、人々の姿は消え、今はただ奇怪な生物たちがその跡を引き継いでいる。


千景は、時折見かける弾薬箱に目を留める。これらの箱には、食料や弾薬が詰められているが、決して多くはない。異界の中でも、こうした貴重な資源を見つけるのは至難の業だ。


「あった…!」千景がひときわ大きな箱を見つけると、すぐに足を速めて近づく。箱を開け、中身を確認すると、弾薬や缶詰がぎっしりと詰め込まれていた。


「今日は運が良いな。」


その時、セキが突然警戒を強めた。

「どうした?」


セキの視線が遠くの廃墟に向かう。だが、何も見えない。千景はその場に立ち止まり、しばらく息を殺して周囲の気配を探る。すぐに気づいた。

「来たか…。」


彼女の予感は的中した。突如として、足音が遠くから近づいてくる。それはただの足音ではない。重く、力強く、異常な速さで響いていた。


そして現れたのは、**「弾の使徒」**だった。

見た目は人間に近いが、何か異常な雰囲気を漂わせている。顔の輪郭は不明瞭で、どこか歪んでいる。だが、手に持った三八式歩兵銃からは、まるで千景に対して挑戦状を突きつけるかのような圧力を感じ取った。


「来たか…。」

千景は静かに三八式を肩に構え、引き金に指をかける。その動きはまるで生死を決める一瞬のようだった。


弾の使徒が、冷徹な目で千景を見据えた。

「よくここまで来たな、少女よ。」

その声は、まるで風のように冷たく、響いた。


「…お前は、何者だ?」千景は尋ねるが、その心の中ではすでに戦闘の準備が整っている。セキも肩の上で身を震わせ、警戒を続ける。


「私はかつて、戦場で死んだ者の一人に過ぎない。」

弾の使徒がゆっくりと銃を構えた。

「だが、今は異界の力を与えられ、再びここに現れた。」


その言葉と同時に、弾の使徒が動いた。

まるで電光石火のように素早く、千景の目前まで接近してくる。だが、千景は一瞬の隙間を逃さず、三八式の引き金を引き、弾丸を放った。


「バン!」


弾は真っ直ぐ弾の使徒の胸を貫いた。しかし、相手は一歩も後退することなく、冷徹な顔をさらに近づけてきた。


「この程度で終わると思っているのか?」

弾の使徒が低く笑った。その声は、どこか悲しげでありながらも、異様に響いた。


千景は思わず、戦慄を覚えた。だが、すぐに気を取り直し、三八式の槓桿を握ってボルトアクションをして薬莢を排莢した。

「ならば…次はもっと確実に。」


千景とセキが弾の使徒との戦いを繰り広げ、疲れ切った心と体で一息つこうとした時、ふと視線を移した先に異様な物が目に入った。


廃墟の一角に、朽ち果てた97式中戦車が転がっているのを見つけたのだ。


その戦車は、草木に覆われ、長い時間の経過を物語るようにサビと腐食で覆われていた。しかし、その無骨で力強い姿は、未だに千景に強烈な印象を与える。車体はひどく歪んでおり、砲塔は完全に動かないように見えたが、それでも不思議な魅力を放っていた。


「これは…。」

千景の心は一瞬でその戦車に引き寄せられた。セキもその方向を見つめ、何かを感じ取ったかのように静かに肩の上で身を硬くした。


千景は銃を慎重に下ろし、戦車に近づいた。足元の瓦礫を踏みしめる音だけが響く。戦車の前面にはいくつかの弾痕が残っており、かつての激しい戦闘を思わせる痕跡があった。


「誰かがここで戦ったんだ…。」

千景は呟く。その言葉は自分への問いかけのようでもあり、どこか寂しげでもあった。


戦車の側面に手をかけると、その錆びついた金属の冷たさが伝わってきた。今となってはただの廃車となったこの97式中戦車も、かつては戦場を駆け抜け、何百もの命を奪っていたのだろう。


千景は慎重に車体を調べたが、目立った異常はなかった。だが、キャタピラ部分には少し崩れた部分があり、内部にはおそらく人々が何かを隠していた跡も見つかるかもしれない。


「中に何かが…。」

千景は急いで戦車の乗降口を調べ始めた。古びたハッチがひときわ目立つ位置にあり、そこには見覚えのある番号が刻まれている。


「97式中戦車、か…。戦後の遺物だとしても、まだ何か使えるかもしれない。」

千景は思わず頬を緩めると、そのままハッチを開けた。音を立てずに開くその扉の中に、暗闇と埃が広がっていたが、間違いなく中は何かを守っているような気配を放っていた。


中に足を踏み入れると、冷えた空気が流れ込み、ひんやりとした感触が背筋を走る。セキは外で警戒を続けているようだったが、千景は中へと進み、やがて運転席のあたりを調べ始めた。


「何かある…。」

運転席の下に、ぼろぼろになった弾薬箱を見つける。箱は長い間使われていなかったようで、すっかり朽ち果てているが、千景は慎重にそれを開けると、中から出てきたのは、意外にも一部の戦闘食料と弾薬が詰められた袋だった。


「こんなところに…。」

千景はその袋を手に取り、確認してみた。弾薬は予備としても有用だし、食料も数日分あれば助かる。しかし、それよりももっと重要だったのは、袋の中にもう一つ、異界の力を持つかもしれない古びたメモが一緒に入っていたことだ。


そのメモには、**「大戦の後に消えた部隊、残されたものは無力。」**という文字が筆で書かれており、続きには何かしらの暗号のような記号が並んでいた。


「このメモ…一体誰が、何のために?」

千景はそのメモを慎重にしまい、さらに戦車の奥を調べ続ける。


その時、セキが急に外から叫ぶような鳴き声を上げた。

「セキ、どうした?」

千景は慌てて外に出ようとしたが、次の瞬間、その気配に気づく。


— 数体の異界の生物が、戦車の周囲に集まっていた。


その姿は、人型をしているように見えるが、肌は鱗のように硬く、目は獣のように鋭く輝いていた。近づいてきたその生物たちは、明らかに千景を狙っている。


千景は深呼吸をして銃を肩に構え、メモをポケットにしまった。

「さて…こいつらをどうやって片付けるか。」

彼女の表情には、かつてないほどの冷徹さが宿っていた。


次回予告:

千景は戦車の発見によって新たな希望を見出したものの、その直後、異界の生物たちに囲まれてしまう。果たして彼女は、この脅威を乗り越えて戦車を拠点にできるのか?そして、あの謎のメモに隠された真実は一体何なのか?


次回、「破壊の戦車」

千景とセキは、新たな試練に立ち向かう。

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