第14話 末摘花
昼食後。
「なあなあ、チンポって何であんなカタいんやろな」
「中に汁を流し込むだけなら、サジでもええやんな。大さじ、小さじ」
「ちょっと山椒を振ると、ピリっとした、ええ子がマンコから産まれますで、とかな」
「それやったら、ウチらラクなのにな」
桐子様が、どうしようもない話題を持ち出して、ウチと早苗が床に転がって笑い転げていた、そのとき――
「失礼いたします」
部屋の入り口から、ひとりの女房が、静かに顔を覗かせた。
落ち着いた静かな物腰、沙羅やった。
「あ?」
桐子様が、けだるそうに振り向く。
沙羅は、頭を深く下げて、低い声で告げた。
「紫式部様がいらっしゃいました」
「紫式部が!?」
桐子様が、眉をひそめる。
「動きが早いな……、どっから話が漏れたんや。
おまんら、光源氏がウチに来たこと、言ったりしとらんやろうな?」
桐子様に詰問された沙羅が控えめに答える。
「わたくし共は、決して口外いたしません。
おそらく、『陰陽』の口から洩れたのではないかと」
「ああ、そういうことか!」
桐子様が合点したようだった。
「紫式部様は、陰陽を研究されております。当然ながら、ここの《陰陽の研究者》とも通じております。
今朝、桐子様と超式部様は、陰陽の祈祷所に行かれましたよね?
そこから、情報が流れたのではないかと」
「面倒なことになったな……
芹を使うか」
「芹には、紫式部と渡り合えるほどの技量はありません。
血まなぐさいことはお止めください。どうか、穏便に」
「しゃあないな。通せ」
桐子様がそういうと、沙羅はそのまま、すーっと消えるように、襖を消えて去った。
「どうしたんですか?」
ウチは、桐子様に尋ねた。
「紫式部が来た。多分、超式部への取材やで」
「取材?」
「言ったやろ。最近流行っとる『源氏物語』。
書いとるんが、紫式部や」
「はあああ!?」
ウチは、思わず叫んだ。
「まあ、毒を食らわば、皿までや。ちょうどええわ。
折角の機会やし、ウチも紫式部と、仲ようしところかな。
対立しても、しょうがないもんな」
桐子様は、にやりと笑った。
「超ちゃん、《光源氏の専門家》に、話聞いてみよや」
「え?」
そして――
控えめに、襖が開いた。
「失礼いたします。」
現れたのは――
ごく普通のルックス。顔はCプラス。
年齢不詳。しかし……
(布、が違う)
ただの袿ではない。
丹念に染められた〈蘇芳(すおう)〉に、夜のような〈濃紫〉の重ね。
肩から袖口にかけて、雲母(きら)をふりかけたように、光がちらつく。
(……なんや、この布)
わかる人間だけが震える、生地の格――
商人の娘である、ウチにはわかった。
(この着物はヤバイ。控えめなのは、見せかけだけ。
コイツ、承認欲求のお化けやで……)
目が、ギラギラと、異様に光っていた。
「桐子様、ご無沙汰しております。
月間『源氏物語』、記者の紫式部でございます」
静かな声で、その女はそう言った。
「紫はん、ひさしぶりやな」
桐子様は、気さくに手を振った。
「えろう盛り上がっとるみたいやな、『源氏物語』」
「おかげさまで……」
紫式部は、ぼそぼそと答えた。
……かと思ったその瞬間。
ギラッ!!
異様な光を放つ目で、ウチをロックオンした。
「おおおおおおおお!!
こ、こ、これが、超式部さんですか!!!
美人ですな。美人や美人」
紫式部は、正座のまま、しゅるしゅると、氷のように滑って、ウチに近づいてきた。
「あわわわわ……」
ウチは、ドン引きしながら後ずさったが、あっという間に間合いを詰められた。
(なんや、コイツッ、えろう速いッ……)
この重量の着物を着て、ここまで速く動ける人間がおるんか?
紫式部は、じろじろとウチを舐め回すように見た後、言った。
「ふむ……夕顔さんの上、紫の上の下――」
「なんやそれ」
「顔のランキングですが」
「出会ってそうそう、勝手にランキングつけんなや!」
ウチは、即ツッコミを入れた。
桐子様は、大爆笑している。
「なんや、超ちゃんとよく似たタイプやな、紫はん。
あんま、これまで話す機会なかったけど。おもろいやん」
「今後、超式部さんが、光源氏様とお付き合いされるんでしたら、是非とも取材の許可をお願いいたします」
「まあええよ。彰子さんとは付き合い長いし。ほどほどにな」
「はい」
取材の許可を得ると、紫式部は、真剣な顔で、懐紙を取り出し、筆を構えた。
「桐子様、墨、貸してください」
「ほい」
紫式部は、桐子様から硯と差し水を受けとると、しゃかしゃかと墨をすり始めた。
(ここで墨するんか……)
ウチは、紫式部の、機敏な動作と、あまりのマイペースさに、呆れた。
しゃかしゃかしゃか……
「それでは、さっそく、光源氏との……詳細を」
墨をすりながら、紫式部はウチに質問を始めた。
(なんやこれ。ウチ、宮廷に来てまだ数日やのに。
早くも、月刊誌の餌食か……)
平安京の生活は大変。
美女薄明やな。
小野小町の気持ちが、ちょっとわかった気がした。
■■ 女人解体 ■■
「体、触ってもええですか?」
紫式部が、さらっと言った。
「ええええ!? そこ? そこから来るん?」
ウチは、目をむいた。
桐子様が、にやにやしながら言う。
「ええよええよ、紫はん。
なんやったら指突っ込んで具合確かめても。」
「ちょおおおおお!!!」
ウチは絶叫した。
「では、遠慮なく。」
紫式部は、さらっと応じた。
「遠慮してくれやああああ!!」
ウチは、後ろに下がろうと思ったが壁やった。
「ひぃいい」
ウチは悲鳴をあげた。
紫式部は、落ち着き払って近づいてきた。
「綺麗な顔ですな……」
ウチの顔に手を伸ばしてくる。
「肌は、ツルツル。
綺麗な目してはりますな。
お鼻も、スッとスジが目立たず通って。」
「あ、ありがとな……」
ウチは、こわばりながら笑った。
「で、胸は――」
紫式部が、ぺたぺたと触ってくるる。
「――ないと」
「将来に期待してくれや!!!」
怖いわ、怖いわ、この女。
「で、マンコの具合は――」
「マジでくるのか!!!」
ウチは、もうアカンと思って立ち上がって逃げようとした。
だが、速い――
速すぎる。
紫式部は、猫のように跳びかかってきて、一瞬でウチを押し倒した。
そして、ウチは股を開かされた。
びっと、下着を引き抜かれる。
「綺麗な緋色どすな」
「ああああいいッ!!」
ウチは、床に押しつけられたまま絶叫した。
桐子様は、ケラケラ笑いながら言う。
「ははは、紫はんはな、泣く子も黙る百人一首大会三連覇の、永世名人や。
紫はんの本気のタックルを止められるんは、清少納言ぐらいや」
ウチは、半泣きで抗議した。
「重いモノ持ち慣れてる商人のウチが、まさか宮中の女に、こんな簡単に押し倒されるとは……」
紫式部は、にっこりと笑って言った。
「超さん。寝技は、力やない。力学や。
曲がる方向に、曲げるだけです。」
そして――
あっという間に仰向けにされ、
ケツの穴まで、
紫式部に覗かれる超式部。
「うほおおおおお!!!
ちょい待ちちょい待ち!!!」
「ちょっとうんこ、ついとりますよ。
あと、けつのまわり、ちょちょ毛が生えております。」
「報告すんなやぁああああ!!!」
ウチは、ジタバタ暴れるが、どうにもならん。
紫式部は、懐紙に、淡々とメモを取る。
「お年のわりに、ええ発育ですな。
やっぱり色気と穢れは比例しておまんな」
「チェック厳し過ぎや!!!」
「ほな、いきますよ、超さん。」
「え、ええええええ!?」
次の瞬間――
紫式部の中指が、鮮やかに超式部の膣に入った。
「なかなかの締まりの良さ」
「ひいいいい!!」
ウチは、身体を跳ねさせた。
「では、二本で、どうだ!」
「おほおおおおッ!!
どうだ、じゃないやろ!
堪忍、堪忍してや、紫式部はん!!!!」
紫式部は、涼しい顔で指を抜き、布でぬぐった。
「締まり、まずまず。確認、終わり」
ウチは、脱力した。
「お、お粗末様でした……」
桐子様が、感嘆の声を上げた。
「紫はんの秘術、女人解体……。
噂には聞いとったけど、ここまで鮮やかとは思わんかったで。
浮気した夫を締め殺したって話も、まんざら嘘ではなさそうやな」
紫式部は、静かに布を畳みながら言った。
「噂は、噂ですから」
ウチは、放心状態で天井を見つめた。
(――この女、修羅や。
宮中に、修羅がおる……)
■■ 正座の秘密 ■■
「どないして、正座したままであんな早く動けるんや……」
解体されてケツの穴まで見られたウチは、放心したまま呟いた。
紫式部は、静かに微笑んだ。
「超さん、正座は詳しくないんか。」
「ウチ、商人の娘や」
ウチは、肩をすくめた。
「ほう、商人の娘。」
紫式部が、興味深そうに目を細める。
「桐子様、変わった女房仕入れましたな。」
桐子様は、にやにや笑った。
「超ちゃんはな、紫はんが思っとるほど、軽い子やないで。
ウチの見立てでは、賢さは紫はんともタメ張るで。
今シーズン、期待の新人、大型スラッガーや」
「ほう、ケツに毛生やした娘が、私とタメを張ると」
紫式部が、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「桐子様の、私に対する評価は厳しいどすな」
「けつのまわりの話はやめてくれぇええ!!」
ウチは叫んだ。
紫式部は、ふっと笑って言った。
「まあええわ。取材させてもろたんやから、正座の仕方ぐらい教えたる。
本当は、あんまり足元は見せとうないんやけどな」
「おおきに……」
ウチは、頭を下げて、紫式部の正座の仕方を拝見させてもらった。
紫式部は、裾をたくし上げた。
現れた脚には、ぎっしりと鍛えられた筋肉が走っていた。
「まずこう座るやろ。」
紫式部は、すっと正座した。
「で、右足の親指で蹴る。円を描くように左前方に出て、その反動で左足親指で床を蹴る。」
また円を描くように右前に出て、右足で蹴る……」
言葉に合わせて、紫式部の身体は――
床をすうっと、滑るように前進した。
「いくらなんでも早過ぎやろ……」
ウチは、前後左右に、驚くほどスムーズに動く紫式部の正座移動に、茫然とした。
「玉がすーっと床を転がっとるみたいや……」
桐子様は、声を上げて笑った。
「こういうのできる女房、ウチのとこにもようけおるよ。ウチはできんけどな」
紫式部は、すっと正座に戻りながら言った。
「色々な流派があるけどな。ウチの正座は、藤原家の合気の作法や。
女房は、重い着物を背負って、立ったり座ったりするやろ?」
バタバタしたら、姫様の邪魔になる。
せやから、こうやって、静かに動くんや。そのための技」
「知らんかったわ……」
ウチは、感心しきりだった。
桐子様が、にっこり笑った。
「まあ、超ちゃんは、ウチの教育係で雑務させるつもりはないから、別に覚えんでもええけどな。」
「でも、できたらカッコええなあ」
ウチは、ぽつりと呟く。
紫式部は、ふふっと笑った。
「褒め言葉として受け取っときます」
「超ちゃんも、生活慣れてきたら、平安京の百人一首大会出てみたらええわ」
桐子様が、楽しそうに言った。
「ヤバいで。マジで、部屋の中、台風になるで。」
「どういうことでっか?」
ウチが、首をかしげた。
「平安京の百人一首大会は、参加者多い。
せやから、場所が広いんよ。札も三組、場に置くんよ」
上の句、ひとつに対して、下の句の札が、三枚置いてある。
せやから、読み上げに対して、参加者は、三枚の下の句を取りに行く」
「ふんふん」
ウチは、うんうん頷いた。
「女房らがな、正座したまま、駒みたいに回って、札にぶつかり合うんよ」
投げ飛ばされたりもするで」
「マジでっか」
「マジや。夜這いに来る男のブロッカーが、女房の役目のひとつやから。
美人の姫様は、みんな、優秀なブロッカーを雇っとる。
強姦されて、処女膜破れてしまったら、姫様の価値、ガタ落ちやからな」
「なるほど」
「もう、皇后になられたけど、紫はんが使えとった姫様の彰子はんは、めちゃくちゃ美人や。
めちゃくちゃ、めちゃくちゃ美人や。
紫はんは、彰子はんを男から守る、スーパーブロッカーや。男でも勝てんよ。
ウチのエースは、さっき部屋に来た沙羅やけど。
大会では、紫はんにふっとばされて、障子と一緒に、外まで飛んでったわ」
「語弊がありますわ。沙羅はんは、受身が上手い。腕折られんように、自分で飛んだんです。
強いですよ、沙羅はん」
紫式部は、落ち着いて、そう答えた。
(なんなんや、コイツら……)
ウチは、平安京のトップ女房の凄さを理解した。
巧いのは、寝技だけやないんやな。
◆第三十一話:紫式部、闇を告げる
時間だけは、腐るほどあるのが平安京の生活。
甘葛をちょろっとかけた団喜を、ひとつずつ楊枝でつつきながら、女三人でだらだら喋っとった。
淡く薫(かお)る沈香の煙がゆらゆらと立ちのぼる。
かすかな甘さとほろ苦さを帯びたその香りが、女のゆらゆらとした生活の空気に、ひそやかな輪郭を与える。
そんな刹那、頃合いを見計らって、桐子様が、真剣な顔で言った。
「紫はん。実はな――」
紫式部は、静かに顔を向けた。
「――あんたが贔屓にしとる、光源氏について、尋ねたいことがあるんよ」
紫式部の目が、わずかに細くなる。
「なんですか。」
桐子様は、ちらりとウチを見た。
「超ちゃん――お口の中に、おちんぽ突っ込まれたんや」
その言葉が落とされた瞬間、沈香の煙が一瞬だけ渦を巻き、室内の空気が深い静寂に満ちた。
紫式部は、一瞬だけ驚いたように目を見開き――すぐに、感情を消した。
「――なんと」
その声に、沈香の奥底に眠る甘苦い余韻が共鳴する。
「この娘の錯覚では、ございませんか?」
桐子様は、きっぱりと首を振った。
「ウチも見とる」
沈香の煙が、二人のあいだをそっと翻る。
紫式部は、じっとウチを見つめてきた。
そして、静かに近づいてくる。
(……な、なんや……)
ウチは、息を呑んだ。
紫式部は、ウチのくちびるに、そっと指を触れた。
ひんやりとした指やった。
そして、紫式部は、――ゆっくりと、ウチの唇に、唇を寄せた。
甘い唇。
心に、小さな炎が灯る。
(……なんやこれ。からだが、動かん……)
紫式部の舌の動きは、深い余韻を、ウチに刻み込んでくる。
柔らかく、それでいて、鋭い。
ウチの、何かを探るようだった。
そして、離れた。
紫式部は、静かに言った。
「――祈祷はされてますよね」
桐子様が、うなずいた。
「そうや。」
紫式部は、重たく、口を開く。
「今、確認しましたけど。大丈夫やとは、思います。
なんも、悪いことにはなってません」
桐子様は、目を細めた。
「やっぱり、光源氏は、悪い呪術をつこうとるんか」
紫式部は、少しだけ口を引き結んだ。
そして、ぽつりと答えた。
「……桐子様には、隠せませんな」
肯定でも、否定でもない。
しかし、それは確かな"白状"だった。
紫式部は、低く、囁くように答えた。
「真似する男が、ようけ出たらあかんと思って、《物語》にはしとりません」
ウチは、息を呑んだ。
紫式部は、続けた。
「光源氏は、他にもようけ、怪しげな呪術を、寝床で使います。
私も最初は、面白半分で、光源氏のことを覗いて、《物語》にしとったんです」
「アンタはそんな、面白半分で動いたりせんやろ」
桐子様は、笑いながら言った。
「彰子に手を出さんよう、牽制したんやろ?
《こっち来たら、物語にしてまうで》って」
部屋の空気が、さらに重く沈んだ。
紫式部は、やぱり、否定も肯定もせえへん。
難しい女や。
紫式部は、ゆっくりとウチを見た。
その目は、哀しみと、警告と――
何か、言葉にできない感情で濁っていた。
「ウチが、ここに訪れたんも、興味半分、心配半分――ですわ」
「そういうことか」
桐子様が、ぼそりと呟いた。
「合点がいったわ。《女人解体》とは、女が《病気》になっとらんか、調べるためなんやな。
月刊『源氏物語』は、女の定期健診か?」
もちろん、紫式部は、何も言わない。
「まあええわ。超ちゃんは、ウチの大事な女房や。
晒し物にすんのだけはやめてな。
変な男から、恋文がバンバン届いたら困るんや」
桐子様がそう言うと、紫式部は、ようやく頷いた。
……
その後、ウチの元に、そっと『源氏物語』の最新話が届いた。
末摘花
それが、《物語の中》での、ウチの名やった。
天下一の不美人。
髪は素晴らしいが、座高が高い。
やせ細っていて顔は青白い。
鼻が大きく垂れ下がってゾウのよう。
その先は赤くなっているのが酷い有様。
「おい、紫式部、ええかげんにせいよ!」
ウチは、届いた巻物を畳に叩きつけた。
「あはは、ええやん、超ちゃん、これでのんびり暮らせるわ。
誰もこれが、アンタやとは思わんよ」
ま、ええか。
《物語》は《物語》や。
それでウチは、納得することにしたのやった。
【『源氏物語クロノス~超式部の涙」 了】
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