第7話 桐子邸《夜這いシステム》

■■ 《夜這いシステム》全容 ■■


ウチは、桐子様から説明をうけて、ようやく『桐子邸』の《夜這い》のシステムをすべて把握した。


《夜這い》は、次のようになっとる。



縁側(受付カウンター)→対屋(女房衆)


母屋(姫様:男を通すかどうかの承認)


セックスしたい男は、まず《縁側》に来る。

次に、男のルートは、色んなパターンがある。


【縁側からの分岐】


1.姫様のところへ挨拶、紹介を受けてから女房のところへ行く、

2.女房のところへ直行(事前の了解の上)

3.姫様のところへ夜這いに来る。


4.アポなしで突撃してくる(犯罪)



さらに、詳細を説明するで。


1.姫様のところへ挨拶、紹介を受けてから女房のところへ夜這い


姫様と付き合いのある男性が《縁側》に、《良い女を紹介してください》とお願いする。

あるいは、縁側を通された男性が、姫様のとことへ、自己紹介をしにいく。

すると、姫様が、《この女なら良いです》と紹介する。

そして、紹介された女のところへ、男が行く。


2.女房のところへ直行(事前の了解の上)


女房から姫様のところへ、「あの人はウチの恋人なので、通してください」と事前に連絡がある。

姫様が認めれば、《縁側》に対して「あの男が来たら、この女に通して」と指示を出しておく。

事前に話が通っているので、男は、《縁側》で受付を済ませたら、そのまま女房のところへ行く。


3.★姫様のところへ直行


桐子様の彼氏が来たら、縁側から、姫様のところへ案内する。

しかし、姫様がセックスをはじめてしまうと、《夜這い》を指揮する人間がおらんくなる。


4.アポなしで突撃してくる(犯罪)


突然、男が、姫様の《邸》に強引に入ってくる場合もある。

忍び込んでくる場合もあるし、酒に酔って、突撃してくる場合もある。


身分の低い男であれば、処罰して追放できる。

しかし、身分の高い男であれば、説得したり、別の女房が身代わりになって、穏便に済ませる。


桐子様は、かなり身分が高い姫様なので、突撃してくる男は少ないみたいや。




■■ 桐子様の代理指揮 ■■


「ええか、超ちゃん。ウチが、アンタにお願いしたいことをこれから説明する」

「イエッサー」


「ウチが彼氏とセックスしとる間、《縁側》への指揮をお願いしたいの」

「はい」


「超ちゃんは、ウチがセックスしている間も、仕切りの隣にいて」

「はい」


「ウチが事前に《紙》に、どの男は通していい、どの男は通してはダメという、ルールを書いておく。

 《縁側》の女が《男が来ました、どうすればいいですか?》と尋ねに来たら、ウチの代わりに、そのルール通りに、縁側に指示を出して」


しかし、そこで疑問が湧いた。


「なんで、《縁側》の女に、そのルールを伝えておかんのですか?」


「ええところに気づいたな。細かい理由が色々あるんやけど……」



【指揮代理が、母屋に待機する理由】


1.この《邸》の《夜這いルール》を表に出したくない。


2.女房が直接対応すると、舐められる。あくまで《姫様に尋ねて、こう言われた》という形式にしたい。


3.ルールが複雑すぎて、頭が悪い女房は、混乱してしまう。


4.縁側は暗くて、文字が読めん。ルールを記憶して対応せんとあかん。



……桐子様の説明を聞いて、これは大変やなと思った。


「夜這いのルールは、本当に大変なんよ。

 例えば、A、B、Cの男が、女房Aを狙っとるとするやろ。

 

 女房Aは、《A、B》とはセックスしてもええけど、《C》は絶対にいややとか、そういうこと言うねん」


「そらそうやな」


「でも、紙に《A、BはOK、CはNG》なんて書いてあって、それを《C》が見たら、怒るやろ」


「そらそうや」


「でも、《C》が一番身分が高いとかさ。あるいは、《A》や《B》の上司やったり、友人やったりすると、仕事や友人関係が、壊れてしまうやろ」


「うわあ、めんどくさ」


「だから、上手く誤魔化したり、あるいは《Cとセックスしてもええよ》っていう女房Bを、代わりに紹介するわけよ。でも、女房Bが、もう、別の男とセックスしとったらダメやろ。


 そうしたら、他に空いとる女房がおらんか、それとも、もう帰ってもらうか、判断せんとあかん」


「めんどくさいから、帰ってもらえばええやん」


「そうしたら、《桐子様は要領が悪い》いうて、ウチの《邸》の評判が悪くなるのよ」


「うわああああッ、めちゃくちゃめんどくさい」


「さらに、《夜這い》は、今夜だけの話やないのよ。ずっと続くやろ。

 だから《昨日NG出したから、今日はOKしてやろう》とか。

 あるいは《昨日まではOKやけど、気持ちが冷めたから、今日からはNG》とかさ。

 女房の気分も、ころころ変わる。

 男も、一回、二回ぐらいは拒否されても我慢するけど、三回拒否されたら《もっと要領よくやれや!》って、怒ったりする」


「そんなもん、調整しきれんやん」


「やろ? こんなことアホらしくてやっとれんから、ウチは、平安京を出ていきたいの。

 姫様として、女房を率いとる限り、延々と、この《夜這いの指揮》をやり続けなあかんのよ。

 ウチが、天皇の側室になれば、こんな面倒なことやらんでもええけどな。

 でも、ウチの器量で、そこまで上にいけるわけないもん」


ウチはようやく、桐子様の苦しみがわかった。

《姫様》って、そういう仕事なんやな……


「まあ、嫌なことばっかやないけどな、この仕事も」


桐子様は、ぽつりとおっしゃった。


「そうなんですか?」

「そりゃ、ええ縁談ができて、孕んで《可愛い男の子が産まれました。桐子様のおかげです!》って、夫婦が報告にきたら、嬉しいやん」


「ああ、なるほど」

「まあでも、別れたり、喧嘩になったり、色々あるからな。女房の人生を背負うのは大変よ」

「そうですか」

「で、超ちゃんに、ウチの責任の半分ぐらい、押し付けてやろうと思ってな。

 女房の面倒をみる女房を、《姉さん女房》っていうんやで」

「いややああ! 14歳処女の《姉さん女房》! 説得力なさすぎやろ」


「アンタをそうするために、ウチは色々面倒見てやっとんのよ。

 超ちゃんは賢いから、仕切れるよ」


……まさか、ウチに期待されていた仕事が、こういうことだとは……


やっぱり、ラクな職場なんてないんやな。


■■ 桐子様の彼氏 ■■


夜も更けた。

京の空は、昼の華やかさとは打って変わって、静かに、深く沈んでいる。


ウチは、母屋で桐子様と待機。

桐子様の彼氏が来るのを待っとる。


桐子様は、夜伽の準備を完了して、かなり色っぽい。

着物は、薄い。

パッとめくれば、すぐに乳房が出そうな着こなし。


生々しい香りのお香。

そして、化粧で紅を刺して、ちょっと火照ってるように見せとる。


薄暗い灯りの中で見ると、めちゃくちゃエッチで、《感じとる》ように見える。


(もしかしたら、桐子様。実は、可愛いんやないか?)

そんなふうにも思った。


なんやろう。雰囲気美人?

特に、薄暗いと、お香と雰囲気で、かなり印象が変わる。

《綺麗》《可愛い》という評価は、曖昧なものなのかもしれん。


ウチの顔は《超美人》なのかもしれんけど……

しかし、この薄暗い空間の中で、ウチの《美しさ》が、男にとって、どれぐらい価値があるのかはわからん。


(桐子様は、本当に賢いな。

 自分の見せ方を、全部知っとるみたいや……)


ウチは、桐子様のセックスから、盗めるものは、全部盗んでやろうと思った。

そのとき、すっと襖が開いた。


「桐子様のお相手が、いらっしゃいました。お通しします」

早苗が、そっとこちらへ告げる。

「よろしゅうおます」

桐子様が、男が来ることを許可する。


ぴしぃッ


一気に、空気が緊張する。

桐子様、完全に本気モードや。


しかし、こんな凍り付いたような空間で、エッチなんかできるんか?

果たしあいでもするみたいや。

ウチは、仕切りの向こうへ身を隠す。


やがて――


桐子様の、甘えるような声が聞こえた。

「……遅いわぁ、どんだけ待たせんの」


うわああ、桐子様、そんな声出すん?


くぐもった男の声が応える。

「すんません……でも、ようやく来られました……」


「ほんま、いつもいつも殺生やな。……来る来るいうて、先延ばし」

「泣かんでください。……ワシ、次も、この次も、絶対に来ますから」

「うん。偉い。……ぎゅってして」


(すんません、桐子様。勉強させてもらいます……)

ウチは、間仕切りごしに、そっと二人の様子を見た。


暗い。

ほとんど見えん。

しかし、汗をかいて急いでやってきたであろう男の匂い。

そして、桐子様の生々しいお香の匂いが混ざって、甘く、重苦しい雰囲気やった。


衣擦れの音。

布団の端が揺れて、男が膝をついたのがわかる。


「手、冷たいな」

「……すみません」

「嘘や。……気持ちええ」


男が、そっと手を重ねる。

桐子様はその手に指を絡めて、少し笑った。


「……なあ」

「はい」

「ウチ、そろそろ限界やねん。……あんたに抱かれたいって、ずっと思っとった。

 ほら、ここ、聞こえる? こんな音しとるやろ」


ぐちゅ ぐちゅ


間。

男の息が震える。


「……そんなこと、言われたら」

「ん?」

「……もう我慢できませんわ」


布団のきしむ音。

袖が流れる。

唇が触れる、わずかな吸音。


「……舌、入れてええよ」

「はい……」


しばらく、口づけの音だけが続いた。

湿った、甘い、夜の音。


「ん……ちょっと下手くそやな」

「……緊張してるんです」

「ふふ……ええよ。ひさしぶりやもんな。しとらんの?」


手が、胸元に触れる。

桐子様の喉から、柔らかい吐息。


「……はい。桐子様以外とはしません」

「なんで、そんなにウチのこと好きなの。地元にええ女いないの?」

「桐子様と比べられるような女、この世におるわけないでしょう」

「ふふ、あんた、ゴツイ顔して、ようまあ、そんな甘いこと言うな。ウチ、信じてまうで?」


薄絹が滑る音。

灯りが、肌の起伏を照らす。


「……もっと、触って」

「ここ、ですか?」

「うん……そこ、好き……」


少しずつ、言葉が熱に変わっていく。

あとは、音と、影と、吐息だけが語る時間。


桐子様は、薄い寝間着のまま、男に抱きしめられていた。


男の指が滑り、襟元がはだける。

白い肌が、薄い灯りにぼうっと浮かぶ。


男の手が、慎重に、でも貪欲に、桐子様の乳房を撫で回していた。

「ん……ふふ、ひさしぶりにされると、ちょっとくすぐったいなぁ。」


桐子様が、小さくからかうように笑う。

男は、必死に首を埋め、胸元に吸いつく。


ちゅう

 ちゅう


桐子様の吐息と、男が肉を吸う唾液の音が聞こえる。


やがて、布団がぐしゃりと崩れた。


二人は、もつれるように寝転んで、ぴたりと体を重ねる。


男が、桐子様の太ももを押し広げるのが分かった。


桐子様は、低く、吐息を漏らした。

「……さっさと、来て。アホ。遠慮なんかせんといて……」


命令口調。


男は、はい、と小さく答えて、腰を動かす。


ぐっ……

ぬちっ……


小さな、水音。

それから、肉が打ち合う音が、じわじわ広がる。


ぱんっ……ぱんっ……


桐子様は、最初、無言だった。

けど、すぐに、甘い声が漏れ始めた。


「あ、っ……そこ……ええ、やん……」


男は、がむしゃらに突き上げている。

必死だ。まるで命がけみたいや。

桐子様は、ときどき腰を揺らして、男をあやすように動く。


ウチは、ただただ圧倒されながら、じっと隙間から見つめた。


男は何者なのだろうか?

圧倒的にデカい。

大きな背中と尻や。


農民? 漁師?

そういう逞しさや。京の洗練された男とは、気配が全然違う。

桐子様を喰いつくしてしまいそうな迫力や。


しかし、桐子様は大きな男を、赤ん坊みたいに、よしよしって扱っとる。

でも、体はびくんびくん跳ね上がっとる。


やがて、男の動きがさらに荒くなる。

暴れる牛みたいや。


怖い……


桐子様も、息を詰めるように声をあげた。


「あっ……あかん、そんなん……イクわ……!」


男は、最後の力を振り絞るように、何度も腰を打ちつけた。


ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ!


そして――


ぎゅうっと抱きしめ合ったまま、二人は静かになった。


しばらく、ただ、呼吸の音だけが続いた。


やがて男は、そっと体を離した。


男がそっと体を離すと、桐子様は、布団を胸まで引き上げて、

目元だけを覗かせたまま、ぽつりとつぶやいた。


「……あかん。今夜、絶対に孕みたいと思ってたのに、足らん気がする」

「えっ……」

「もう一回、してくれる?」

「……はい、もちろん」

「ふふ……可愛いな。アンタ」


桐子様は、男の頬に手を当てて、指先でそっとなぞる。


「なあ……子ども、欲しいよな?」

「はい。桐子様の子なら、なんぼでも」

「ほんまやな……ウチ、信じるで。……今日は、もっと欲しいわ。ゆっくりしよや」


男は、答えず、ただ深く頷いた。

その瞬間――


ぴ、と控えめな気配。

襖の向こう、わずかに畳が軋んだ。


早苗や。

ウチは、急いで襖のほうへ滑り込む。


男が、ウチの存在に気付いた。


「桐子様……あれは……」

「気にせんといて。今は、ウチだけを見て」

そして、男と女は、絡み始めた。


暗くてよくわからんが、早苗も緊張している様子や。


灯りは限られとる。

ウチは、桐子様の書いた《ルールが書いてある紙》を、わずかな灯にかざし、今一度、頭に記憶する。


そして、さっと廊下に出る。

早苗は、蚊の鳴くような声で、そっと報告する。


「……源中将様がいらっしゃいました。芹を所望とのこと……」

「……芹は、今、誰と?」

「弁の内侍様と……」

「くっ……」


ウチが、代わりに采配をふるう場面や。

女房の顔と名前、そして、これまでに桐子様が誰にお通ししたかを思い出す。


「沙羅は、空いとるよね?」

「……たぶん。記憶が曖昧ですけど……」


早苗は混乱していた。

そうや、早苗に、あれ覚えろ、これ思い出せ言うてもダメや。

だから、ウチがおるんやし。


「じゃあ、悪いけど、沙羅のところ行って、空いとるか急いで見てきて。

 沙羅の気持ちは確認せんでええから。空いとるかどうかだけ見てきて」

「わかりました」


早苗が、滑るように対屋へ向かい、状況を確認する。


《予定以上の男が来たら、沙羅に割り振れ》

これは、桐子様の指示に書いてあった。


早苗が、戻って来た。


「沙羅、空いとりました」

「ええか。じゃあ、こう伝えて。

 『芹の方は、只今しばらく控えさせておりますゆえ、桐子様の仰せにより、沙羅の方をお通しいたします』

 大丈夫か?」

「はい」


そして、早苗は縁側に戻っていった。

男が、渡り廊下を歩いて、対屋に向かうのが、うっすらと見える。

本当に、静かな足音や。

(あれが、京の男の歩き方の作法なんやな)


すると、再び、早苗がやって来た。


「藤原大輔様、御門の前におられます。芹を所望とのこと……」

「ええッ」


おかしいやん。なんで、芹のところに、同じ日に、二人も続けて男が来るの。

今も、弁の内侍様とセックスしとるんやろ?

三人も重なっとるやん。


「早苗、お相手してあげてくれる?」

「ええ? なんでウチが」

「……桐子様の指示に、書いてあった」

「ほんまに?」

「……うん」

「……わかった。縁側、空いてしまうけど、ええ?」

「ウチが立つ。桐子様が、そう言っとった」

「わかった」


……全部、嘘や。

乗り切るために、早苗を出してしまった。


(ウチが出るべきやったんやろうか……)


しかし、ウチがいなくなったら、母屋に誰もおらんくなってしまう。

ああ、どうしよ。

縁側は、今、誰もおらん……


全部、芹が、三人の男と日取り決めとらんのが悪いんやないのか?


(ああ、今度、別の男が来たら、どうすりゃええんじゃ。

 ウチが出るしかないのか?)


ウチの頭がこんがらがってきた……


(あ、待てよ……)


芹が男三人に「来てええよ」って言うたんやろな。

で、一人は沙羅に回した。

一人は、早苗が代役になった。


桐子様からもらった指示の《紙》には、それ以外の男は記載されてへん。

つまり、これから来る男はアポなしや。


(だとすれば……)


今から来る男には全部、《桐子様は、すでにお休みになられました》ってお断りすればええか。


頭が混乱したが、これでいけそうや。

ウチは、縁側にひとりで座った。


(ああ、めっちゃ難しいやん、夜這いの仕切り……)


……


そして、朝方になる。


(これはこれで、辛いわ)


知らん男とセックスするのと、朝まで縁側でずっと座っとるのと、どっちがええんやろうな。


すると、早苗が縁側に戻って来た。髪がかなり乱れとる。


「早苗、大丈夫?」

「うん、藤原大輔様は、もう帰られた」

「髪、ぼさぼさやな。といてもええ?」

「うん、お願い。化粧、大丈夫?」

「やばいな、ちょっと待ってて」

「うん」


ウチは、対屋に行く。

まだ、何組かは、セックスしとるみたいやった。


ウチは、早苗の寝床のあたりから、薄明かりの中、白粉と櫛を探す。

そして、縁側へ戻る。


「いやあ、こんな縁側で化粧するなんて、恥ずかしいわ」

早苗が顔を歪ませる。

「すまん」


ウチは、早苗の髪を急いでとく。

そして、白粉をパンパンはたいて、応急処置をする。


(まあ、なんとかなったやろ)


「じゃあ、ウチ、母屋に戻るね」

「わかった」


ウチは、早苗を縁側において、桐子様がおる母屋に戻る。

二人の雰囲気を壊さんように、そっと入って、間仕切りの向こうに隠れる。


しかし、部屋は朝日が差し込んできており、姿を隠すのは難しい。


(朝って、恥ずかしいものなんやな……)


ウチは商人の娘やから、朝は「これから働くぞ!」って気持ちのイメージや。

ところが、平安京の女は、もう、朝はボロボロや。


桐子様は、布団にくるまりながら、体も顔も隠しとる。

かなり激しいセックスやったんやろうな。


男は、身支度しとる最中やった。

夜は、全てがふんわりしていて、夢みたいな感じ。

やけど、朝は、全てが現実で、生々しい。


「また、来てな……」

桐子様は、甘えたような声で、そう言った。


しかし、夜の闇の中だと、いやらしい雰囲気やったけど。

朝の光の中やと、ちょっと、しらじらしいちゅーか。

イマイチ、噛み合っとらん感じもする。


雀がちゅんちゅん鳴いとる。

お香の香りも消えかけて、すがすがしい草の香りが流れ込んできておる。


(……それでも、ひさびさに会ったから、あんまり早く別れたくなかったってこっちゃろうな)


男は、桐子様に深く頭を下げた。

そして、静かに立ち上がり、襖をあけて、母屋から出て行った。


朝の光の中で、男の姿が、はっきりと見えた。

こっちが恥ずかしかった。


顔は見えんかったけど、本当に、大きな逞しい男やった。


(あんな男と、桐子様はセックスしとったんやな……)


恥ずかしい……

なんか、めっちゃ、恥ずかしい。


夜はわくわくしとったけど、朝はもう《早く過ぎ去ってくれ!》って気持ちや。


朝日は眩しく、雀がホンマに、ちゅんちゅんうるさいわ。


(難波におったときは、朝が一番、好きやったんやけどな)


ほんま、京に来ると、感覚がおかしくなってしまうわ。

不思議なこっちゃ。




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