第6話 超式部誕生

■■ 超式部 ■■


ウチは《教育係》。

基本は、桐子様のお話の相手。


それ以外のことは、あんまりやらんでええ。

そう言われた。


日中は、お話。

夜は、女房らの喘ぎ声を聞きながら夜を過ごす。

まあ、ちょっと、自分で触ったりもしたけどな。


そんで、三日ほど経過したある日。


「ええ、皆さん。ちょい集まってや」

桐子様が、母屋に女房らを集める。その数、六名。


「初音ちゃん、出世しました」

桐子様がそう促すと、周囲の女房も拍手した。


ぱち ぱち

 ぱち ぱち


「今日から、初音ちゃんの名前は、超式部。


 超綺麗で、超賢い。

 だから、超次元の式部。


 そんな事実をならべて、この名前にしました。

 皆さん、覚えたってや」


再び、桐子様が促すと、周囲の女房も拍手した。


まあ、中には《納得いかん》というツラした女房もおる。

そらしゃあない。

ウチ、料理も洗濯も掃除もせんからな。


いや、できるんやで!

実家ではやっとったんやから。

でも、《やると価値がアンタの下がるから、やめとけ》って桐子様に言われたんや。



《やると、注意や指導を受けて、格下やと思われる。

 そうすると、出世させるのが難しくなる。

 やるんなら、出世した後で、定着してからやれ》


そんで、我慢することにしたんや。

ウチだって、みんなが掃除や料理してんのに、桐子様とぺちゃくちゃ喋っとるのは心苦しいわ。

歳なんて、一四。一番、年下なのに……


「じゃあ、超式部。みんなの前で、ご挨拶おし」

桐子様に、突然振られる。


「ええ、皆さん、お日柄もよく。

 このたび、皆さまの温かいご声援を受けて出世する運びとなりました、初音あらため、超式部と申します。

 超式部~、超式部~。名前だけでも覚えて帰ってください。超式部~」


「みんな、どこへ帰るんや! ここがウチらの家やろ」

桐子様に、短冊でペシッと叩かれる。


 周囲の女房が、アハハと笑う。


「ほんま、初音ちゃん、いや、超式部はんは、口が達者やね」

早苗が笑ながら言う。


「まあ、商人の娘ですから。

 早苗さん、そんな超式部だなんて、フルネームで呼ばんでいいですよ。

 『超ちゃん』とでも呼んでください」


「超ちゃん、改名するんやから、抱負を教えて、抱負」

場内から、突っ込みが入る。


「ええ、実はわたくし超式部、齢一四。目下のところ、処女でございます。

 バリバリの処女。びりびりの処女」


「自分で膜を破ってどうすんね」

桐子様に、短冊でペシッと叩かれる。


「そんな、処女であるにもかかわらず、幸か不幸かわかりませんが。

 桐子様の母屋は、桐子様以外の方の器量は、たいへんよろしく」


「おまん、ウチを下げるなよ! 出世させたのは、ウチやろ」

桐子様に、短冊でペシッと叩かれる。


「え~、桐子さまの器量もよろしく、皆さまの器量は、さらによろしく」


「相対的に、ウチの立ち位置、一緒やないか」


「そんな、お美しい女房の皆様に囲まれた処女の私は、夜這い、夜這い、夜這い。


 毎晩、寝床で、女房の皆様のえっちな声を聞かされとるわけです。

 男、来すぎやろ! この邸は、セックスのワゴンセールか!


 寝れんわ! 寝れん! 早苗、声がデカすぎるやろ!」


「超ちゃんも、はよ男つくれ~」

早苗が返す。


「おまんより、先に孕んだるわ。見とれよ!」


場内の女房から、拍手。


「わたくし、超式部の抱負は、三つでございます。

 ひとつ、華々しく処女を散らすこと。

 ふたつめ、字が上手になること。

 最後にみっつめ、雅な心を身に着け、和歌を詠めるようになること。


 ええでしょうか。


 一.処女を散らすこと

 二.字が上手になること

 三.和歌を詠めるようになること



 超式部は、この三つを公約に掲げ、がんばって『平安京』を駆け抜けてまいりたいと思います」


「走るな! 平安京の廊下、駆け抜けるな!」

桐子様の短冊ペシッ


「そんなわけで、名をあらためて、わたくし超式部。

 より一層、精進してまいります。

 女房の皆様、これからも、超式部~、超式部~。

 超式部をよろしくお願いいたします」


場内の女房から、拍手。


こうして、ウチ、初音は挨拶をおえて、今日から超式部となりました。



■■ うんち ■■


超式部、襲名。


挨拶を終えて、母屋に座るの縁側に座るウチは、昨日までとはまるで別人やった。

薄紅の絹の《単衣》に、藤色の上着を重ね、袖の内側からちらりと覗く裏地には、山吹の刺繍が咲いとる。

重ねの色目、桐子様が選んでくれたやつや。


《これは『知性(藤)+色気(紅)」を示す組み合わせになるんや》

そう言われて羽織ったけど……重いわ……

物理的な重量もある。

とにかく、裾が長い。裾は床に擦っとる。

動くたびに、しゃらり、しゃらり。するり、ぱさっと、いちいちSE音が鳴る。

だから、一挙手一投足が、気になってしまう。


それ以上に重いのが、すれ違う女房たちの視線や。

かなり変わる。

《なんやあの娘、若いのに立派な着物着て。どこから来たんや?》

そういう顔しとる。

ウチが商人の娘やなんてしったら、アイツらひっくり返ってしまうで。


もう、《単衣》を着たら、外は歩けへん。

散歩したら、裾が泥まみれやもん。

しかし、つい先日は、難波から京まで、ひとりで歩いてきたんやで、ウチ。


そんなウチが、今は、しゃらり、しゃらり。するり、ぱさっと移動するわけや。

移動要塞みたいな感じやで、今のウチ。

弓矢で撃たれても、跳ね返せそうやもん。


さて、次は……


「よし、超ちゃん。うんちに行くで!」

「オッス」


廊下を、しゃらりしゃらりと優雅に歩いて、母屋から少し離れた『雪隠(せっちん)』に行く。これが、《お手洗い》のことや。

便器は「箱型」で、下に穴、桶を置く仕組み。

材質は木製。排泄物は下女か下男が定期回収。


桐子さまに、さっきウンチの仕方をしっかり教えてもろうた。


……


「いい? こういう裾の長い単衣を着てウンチするときはな――

 まず、左手で前を、右手で後ろを、それぞれ軽くつまむ。

 そして、膝の上までたくし上げる。んで、帯のとこに挟むんや」


「こっ、こうですか……」

「それで、しゃがんだとき、裾が絶対に床に触れへんようにすんの。

 袖もね。後ろに流すように、帯に引っ掛けとくと綺麗よ」


「なんか……めちゃくちゃ大変やな……」

「せやけど、出世したいんやろ?」


「オッス」


「うんちで裾汚したら、マジでダサいで。まあ、しばらくはしゃあないけどな。

 汚したら、すぐ早苗に着物変えてもらえ。ウンチつけたまんま歩いて、母屋の畳み汚したりすんなよ」


「めっちゃくちゃ恥ずかしいですやん!」

「だから、めっちゃくちゃ練習するんよ!」


……


そんな感じや。

ウチを出世させることは、もう、ウチがここへ来る前から、桐子様は決めてはった。

しかし、この『ウンチトレーニング』に、時間がかかって、三日後に『超式部』を襲名したんや。


「よし、ウチが、外にいるから、なんか困ったことあったら言え」

「オッス」


そして、『雪隠』の中に入る。


とんとん


扉を叩く音がする。


「出たか?」

「まだです」


とんとん

「出たか?」

「まだです」


とんとん

「出たか?」

「まだです」


とんとん


「もう、桐子様! プレッシャーかけんといてください!

 出るもんも出ませんよ! あああ、ああああ、帯から裾が落ちてしまった。

 あああああッ」


……こうして、ウチは、桐子様の謀略により、最初のうんちに失敗したのである。



■■ お人形 ■■


『雪隠』から『母屋』に戻る。


「裾が乱れとる。ウンチした後は、それがわからんように、きっちり裾を直さんと恥ずかしいよ」

「大変ですな、ウンチ。皆さん、ようやりますわ」

「姫様や女房は、上手にウンチするのが、仕事の一部や」

「はあ……」


ウチは母屋の鏡台の前で、髪を整えつつ、裾の感触を手で探る。

鏡で見えるのは、顔〜胸元のあたりぐらい。

中国製の青銅の鏡は、光沢でぼんやり映るだけ。


ウチは、周囲から「美人や、美人や!」

そうやって、よう言われるんやけど、自分で自分の顔なんて見たことない。

たまに、池で、自分の顔が映るのを見るぐらいや。

青銅鏡も、ほとんど見えん。

だから、他人の目だけが頼り。今は、桐子様が見てくれとるけど……

慣れてきたら、自分で、早苗や、他の女房に、化粧や身だしなみのチェック係をお願いせんとあかん。


「まあ、しばらくは練習やな。目で見て直しとるうちは、着物は綺麗に着れんよ。

 生地の締め付け具合で、バランスをとる。最後に、確認のために、チラっと見る。

 それ以上は見てもわからんから、近くの女房に、パパっと直してもらう」

桐子様は、ウチの着物を、ぎゅ、ぎゅっと引っ張って整える。


「ええか? 今の感覚。今の締め付け具合を、体でしっかり覚えるんや。

 そんで、常に、今の締め付け具合になるように、着物を引っ張って整えて、体のバランスも整えるんや。立ち方、座り方もそうやで。全部、感覚で覚えるんや」

桐子様の話を聞いて、頭がくらくらした。


「マジですか」

「マジ」


……やってけんのかな、ウチ。女房として。

自分の足で歩いて生きている感じがせん。

全部「他人の目、他人の評価」が頼り。


これ、怖いわ。桐子様が、女房をたくさんつけとる理由がわかった。

《複数の目》で確認してもらわんと不安でしょうがない。

ぼんやりした青銅鏡を頼りに、自分で自分の化粧なんてできんもん。

やってもらうしかない。


身だしなみの訓練は大変や。

しかしまあ、時間だけはたっぷりあるのが、姫様と高位の女房。

ウチは、桐子様に指導を受けながら、着物を直したり、眉をちょこちょこ直しとった。


「うわああ、超ちゃん、めっちゃ美人になったな。びびったわ!」

お茶を運んできた早苗が、笑いながら言った。


「ええやろ。ウチの傑作や」

桐子様が、笑っとる。


「凄いですわ、桐子様。これもう、伝説やわ。平安京の伝説、超式部。

 小野小町、超えてしまうやろ。見たことないけどな。アハハ」

早苗が、ウチの顔をじろじろ見ながら笑う。


……嬉しいんやけど……、ウチ、ホンマに今、自分の顔がどうなってるのか、わからんのよ。

ま、ええか。ウチは美人。それが超式部や。


ウチが努力して綺麗になったわけやない。

化粧も、着物の選択も、着付けの直しも、全部、桐子様がやったんや。

ウチが綺麗になったのはもう、運や。


母ちゃんに綺麗に産んでもらって、桐子様に目をかけてもらって、そんでウチは、超絶美人になっただけ。

(なんやろな、褒められれば褒められるほど、辛いわ……。不思議なもんやな……)

あんまり、思い詰めんようにしなあかんな。


あるいは、持ちネタにするしかない!


桐子様は、仕上がったウチを見て、ほんまに嬉しそうや。

桐子様は、可愛い女を見ると、嫉妬するんやなくて、嬉しいんやろうな。

だから、ウチを平安京に呼んだんや。


ウチは、桐子様の話し相手。

そして、桐子様のお人形みたいな役目もあるんやろうな。



■■ 身だしなみ ■■


二人で茶を飲んでいると、 桐子様がぼそっと漏らした。


「それでな、相談なんよ」

桐子様が、急に真面目な顔をする。


「なんどすか」

「ウチのセックスの手伝いしてもらわれへんか?」

「……なんのこっちゃねん。3Pってことですか?」

「違うわ」

桐子様に、短冊でペシッと叩かれる。


「ウチな、彼氏おんねんけど、この邸、ウチのお父様が雇った女房だらけでな。

 みんな監視人なんよ」

「え、早苗さんは?」

「早苗は、ウチが雇った。アンタもウチが雇った。でも、他の女房は、お父様のスパイみたいなもんや。お父様が《この中から選べ》っていった女から選んだんや」

桐子様は、小声でそう言った。


「恋愛禁止ってこと?」

「お父様は、ウチのこと、まだ処女やと思うとる。」

「……親バカですな。」

「おまん、十四の処女のくせに言うな!」

「処女言わんといてください!

 すぐに華々しく散らして見せますさかい!」

桐子様が、また声を上げて笑った。


「まあ、ええ相手おったら、

 ウチが味方してやってもええけどな」

「お願いします」

「そんかわり、アンタもウチの手伝いしてな」

「合点承知」


そして、二人で茶を飲む。

誓いの盃みたいなもんやな。


「まあ、ウチが逢引きしてんのは、他の女房も、もちろん知ってんのよ。

 ただ、他の女房は、ウチを妊娠させたくないと思っとる」

「どうしてですか?」

「平安京を出ていくことになるから」

「……それってつまり」

「ウチの彼氏は、《『平安京』の外》の男や」

「ええええええッ!」


ウチは仰天した。


「桐子様、孕んだら、平安京の外へ出て行かれるおつもりですか」

「そうや」

「じゃあ、ウチら女房は?」

「普通は、解雇じゃ」

「えええええええッ」


これはまいった。

それや、他の女房は、仕事がなくなるから、監視するわな。


……しかしまあ、ウチの家族はもともと、《器量の悪い桐子様は、あと二~三年で、地元へ帰るんやないか》と予測しとった。

だから、桐子様が、孕んで男と結ばれても、自分の計画に、大きな影響はない。

早苗も、京都の実家のお店に戻るだけやから、特に困らんやろうな。


「ウチは、勿論、桐子様の恋愛成就を手伝いますよ。良くしてもらってますから」

「ありがとな。まあ、ウチの彼氏は外様やから、京に来るのは、二か月~三か月に一回ぐらいなのよ」

「セックスチャンスが少ないんですな」

「そうや。だから、逆に言うと、少ないチャンスで孕みたいんよ」

「なるほど……」


姫様の恋愛は、複雑や。


「作戦が必要ですな」

「さすが、超ちゃん。そういうこっちゃ。

 早苗は、気も利くし、小回りも利くんやけど、作戦を考えたりは苦手なんよ。

 超ちゃんが参謀になってくれると、心強いわ」


「まかせといてください。でも、桐子様だって賢いから、色々作戦はあるんでしょ?」

「もちろんや。ウチは、女房を見捨てたいわけやないのよ。

 ウチもコネをつくって、たくさん男に、ウチの《邸》に、夜這いに来させとるんよ」


「あ、つまり、桐子様のお父様が息がかかった女房をどんどん孕ませて、嫁に出してしまおうっていうことですか」

「そうよ。嫁に出したり、なんやかんやで首にして、今の女房の数は、超ちゃん含めて七名。そのうち、超ちゃんと早苗の二名は、ウチの味方や。

 で、他の女房も、結構、いい具合に関係が進んでて、楽しくセックスしとるんよ」


「じゃあ、桐子様が孕んで、ご結婚されても、他の女房も行き場所がなくなることは少ないんじゃないかということですか?」

「まあ、約束はできんけど、上手く行っとるんやないかなと思うとる。

 通うてきとる男が側室として、引き取ってくれるんやないかな」


「じゃあ、そろそろ、桐子様も、頃合いということですか」

「そうや。本気でセックスして、孕んで、平安京を出てしまいたい」


桐子様の瞳は、真剣やった。


「『平安京』の男が嫌いなんですか」

「うーん……というより、自分より《格式が上》の男に嫁ぐのが嫌なんよ」

「ほう。普通と逆ですな」

「《格式が上》の男は、威張るやん。

《おまえんところの家、出世させたんやから、従えよ》って言うやろ。

 ウチ、そういう家と付き合うのが嫌なんよ」

「今、めちゃくちゃ理由がわかりました。

 桐子様、器量は悪いですけど、めちゃくちゃ賢いですもんね」

「器量悪いってゆうなよ」


桐子様の、短冊でペシッ。

ウチは続ける。


「つまり、桐子様は、《男の家》に従うのではなくて、《自分の家》に男を従わせたいわけですな」

「そういうこっちゃ。ウチの場合、そのほうが上手く行くと思うてんのよ」


「桐子様が行き遅れとった理由が、ようやくわかりました。

 京の外で、かつ、自分の条件に合う、ええ男を厳選しとったんですね。

 器量が悪いせいもあるかもしれんけど」


「行き遅れいうな」

桐子様の、短冊でペシッ。


ちょっとふてくされた桐子様に、続けて訊いた。

「で、やっぱり身分下の男は可愛いですか?」


「そら可愛いで。向こうは、ウチを孕ませたら出世は確実。

 必死やしな。

 こっちが『おい、そんなぬるい腰の動きで満足できるか』言うたら、

 『わかりましたああ!』って、ぱんぱんくるからの」


あたしは、思わず膝を叩いた。


「ウチ、桐子様のセックス見てみたなりましたわ。」

「夜這いの案内手伝ってくれたら、いくらでも見せたるわ。」

「ほんまですか?」

「ええよ。まあ、やっとる最中に、ズカズカ入ってこられて『見せてください』とか言われても困るけどな。

 でもまあ、間仕切り越しにチラッと覗くぐらいはボーナスや。

 そっちのほうがウチも興奮するし。」

「京の女って、みんな桐子様みたいな変態ばっかなんですか?」

「ウチは生まれたときから姫やからなあ……

 けどまあ、似たようなもんやと思うで」

「……怖いな、平安京」


桐子様は、ウチに向かって、ニヤリと笑った。


「桐子様の子作りセックス、手伝います。

 代わりに、お願いがあります。」


「さすが商売人やな。ここで交渉持ち出すか。

 なんや、言うてみ?」

「《紙》、たくさん使わせてください」

「ああ、ええよええよ。書の練習か。好きなだけ練習せえ」


ウチは思わず拳を握った。

「やったどおおおおッ!」


「紙に字が書けるんが、そんなに嬉しいんか」

「商人は、紙が高級すぎて使えんのですわ。

 ウチ、棒で土に字書いて覚えました」

「ええええ!? そうなんか!」

桐子様が、目をまんまるにする。


「ほんまですよ。

 あとは木の板に書いて、また表面削って再利用とか。

 それでも、読み書きできるかできんかで、商売の幅が全然違いますからな。

 字を書けんと、帳簿もつけられへんし。やるしかないんですわ

「すごいなあ……」

桐子様は、感心したように茶を啜った。


「超ちゃんのお父さんも、めちゃくちゃ勉強したん?」

「やばいですよ。ウチの父親は、商売のためならなんでもやります。

 字も書くし、指算もめちゃくちゃ速いし、船も操縦できるし。

 子も、ようけ作りましたわ。結構、死にましたけど」

「子ぉ、ようけ作ったって、どれくらい?」

「六人です。三人死んで、今は三人ですな。さすがにもう無理やって、母ちゃんは言ってますけど。おとんは、まだまだやりたそうですわ」


「六人!? 超ちゃんのお母さん、頑張ったなあ! 毎日毎日セックスか!」

「ここの女房ほどやありませんやろ」

「ウチも、そろそろ本気だして、めっちゃケツ振ってやろ。出せや~!言うて。

 本気セックスモードや」

ウチは、茶を吹き出しそうになって慌てて湯呑を置いた。


桐子様は、けらけら笑いながら、

さらに訊いてくる。

「超ちゃんのお母さん、やっぱり美人なんやろ?

 超ちゃん、めっちゃ綺麗やもんな!」

ウチは、ちょっと照れながら頷いた。

「……まあ、綺麗です。

 そのために働いたって、父は言うてましたから。

 朝鮮の遊女らしいです。」

「前も、そんなこと言うとったな。

 朝鮮の遊女さんを、お父さんは買うてきたんか!?」

「はい。それで、連れてきて二人で店をはじめたそうです。

 父が船に乗って仕入れに行って、母ちゃんが、店番して。

 それで、夜は子作りして。

 じいちゃんやばあちゃんも総動員で店をまわしたんです」


「豪快なお父さんやなあ! お店を立ち上げるって大変なんやな」

「……まあ、狂ってますよ、おとんは」


桐子様は、 真顔になった。

「でもな、超ちゃんのお父さんが狂ってくれたおかげで、ウチは超ちゃんに出会えたんやろ。超ちゃんのお父さんが狂ってて、ほんまよかったわ」


ウチも、 湯呑を持ち上げながら、小さく笑った。

「そういうてくれるなら、ウチも来たかい、あります」


そして、二人で茶の湯飲みをコツンとあわせて乾杯した。


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