第2話 地道で無駄
──私は悪魔ファウスト・メフィストフェレス。人類の遺した宇宙船 ノアの方舟にたった1人で搭乗し、惑星セカンドを目指している女の子。
顔に吹きつける爽やかな風、そして立ち並ぶ木々と青々とした地面。
木の一本に手を触れると、幹は精巧に作られた模造品だった。
「ほーん。よくできてるね〜」
『人間、時には自然と触れ合うことが必要ですから』
バスケットボールみたいな金属球がプカプカと頭上を回った。
こいつはお世話ロボットの1号。朝起きたときに髪を整えてくれたり、朝ごはんを作ってくれたりする。本来ならば同じ型のロボットが大量にいるはずなのだが、この宇宙船に乗っているのは私だけ。稼働しているのは1号だけだ。
「模造品で精神が和らぐもんなのかね〜。まあ私は悪魔だからそういうの関係ないんだけど」
『それは良かった。人間は精神が壊れたらダルいですから。その点ファウスト様は多少ほったらかしにしていても問題ないので楽ですね』
1号はボソッと「ジャパンの家電みたい」と呟いた。
「なんか君さぁ…ロボットのくせに心あるくない?別のロボに変えないとかなあ」
『ナンノコトダカサッパリ』
「うわ。露骨にロボット喋り…」
目の前まで金属球が降下し、下部からアームを出してあたふたと喋り始める。
『そ、それよりもここに来た目的を思い出してください!!自然エリアにはかつて豊かだった地球のように豊富な土壌かあるのですよ!』
「あー!そうだったそうだった!植物の種が持ち込まれてないか見に来たんだった」
『ほっ…』
惑星セカンドに到着するまでに残り5万年の時を過ごさなければならない。ただ食っちゃ寝するのはあまりにも暇すぎると思うので、長く続けられる趣味を見つけようとした。
そこで目をつけたのが農業。この超デカい宇宙船には広大な自然エリアが用意されている。通常は生産エリアでご飯が作られるが、この自然エリアでも農業生産が可能…らしい。
地球から植物の種子が持ち込まれているというが、どんな種類があるのかは分かっていない。
──小麦とかお芋があればいいな〜。いろーんな料理が作れるし
エリアの一角にある建物に入ると冷たいコンクリートの空間に棚がずらっと並んでいた。
アルファベット順に植物の種が置かれている。どれも有用な植物ばかりだ。
「おー!あったあった!」
小麦、大麦の種、種芋(じゃがいも)などの主食を作れる植物、それにトマトやナス等のお野菜も見つけた。
1号がアームを伸ばし、袋のいくつかを持ち上げてくれた。
『どれくらいの規模で農業をされるのですか?』
「んー。ちょいと規模大きめにしようかな。いっぱい食べたいし」
悪魔は何も食べなくても死なない。だけど、料理をしてそれを食べることは人間に近づけたような気がする。
『使用されるか不明でしたから、農業区画は耕されておりません。農業機械を動かします』
「あーいやいや。動かさなくていいよ。自分でチマチマやりたいから」
『はあ。大変ですよ』
「大変でいいんだよ。気が紛れるからさ」
『農業機械を乗り回すことができるんですか?さすがです』
「うーん。まあ時間潰したいし、機械はいいかな」
服の中にしまっていた尻尾を外に出した。いわゆる悪魔の尻尾というやつだ。
頭の中で想像すると、ハート型の尻尾の先端から
『ファッ!?な、なんですかその機能は!」
「知らなかったっけ。この尻尾は取り込んだ物質から別のものを生成可能なんだよ。かつて宇宙を幾つも食ってきたからほぼ無限に物体が生成できるんだよね〜」
『かつて宇宙…え?』
「ほらさっさと行くよ〜」
呆然とする1号を置いて、偽物の森の中を突き進んでいった。
*
大体168時間。ノンストップで土を耕し、水を引いたりなどしたため泥だらけだ。というかもうほぼ泥だ。
『ファウスト様、そろそろ休憩なさったはどうですか』
「え〜…楽しいからまだやりたいんだけど」
『もはや年中、主食と野菜を供給できるほどの土地が確保されています。これ以上は無駄ですよ。無駄耕し!』
1号は凄まじい勢いで迫ってきた。邪魔だったので尻尾で押しのけると、ハート型の泥が1号の液晶画面に張りついた。
「わかったわかった」
『泥だらけですからお風呂に入ってください』
「え。土がもったいないから取り込むよ」
尻尾を伸長させて体全体を巻き、全ての土と水を取り込んだ。あんなに汚かった体が綺麗になる。
尻尾の先端から取り込んだ土を土壌に落とすと、またもや1号は混乱を見せた。液晶画面に(>人<;)と表示されている。
『もうそれで小麦とか作れないんですか』
「作れるけど…つまんなくない?やっぱ人間らしく地道にやってこそだよ〜」
『理解不能です。効率重視で1週間不眠不休で働いたかと思えば、あえて面倒を選ぶとは』
「理解できんくていいよ。私だってたまに自分のことアホらしく思うし…」
『そうですね。アホです』
「おい…正直すぎん?やっぱこのロボット変えようかな?」
『や、やめてください。私は善良なお世話ロボットです。朝ごはん作れますよお洗濯できますよマッサージできますよ』
──冗談だよ。
とはあえて意地悪で言わないことにした。変なこと言うのはバグのせいかもしれないが、実は意外と精神面で助けてもらっている。
「じゃあマッサージしてもらおうかな?」
『はい、今すぐにします。どこをマッサージされます?』
「んー…肩でおねがーい」
土に座り込むと、1号のアームが肩を揉んでくる。意外に気持ちいい。
土臭い風、擬似太陽の暖かさ…大昔に人間に混じって農業してたのが懐かしい。時代が進むにつれて、作物も進化してきて機械も登場して、どんどん便利になっていった。
「あ。そうだ。どうせ長い間栽培するなら品種改良とかもしよーっと。惑星セカンドでも役立つかもしれないし」
惑星セカンドの環境に合うような作物が作れるように、今のうちから色々な種類を増やしておこう。
『ほほう。惑星セカンドに着いた後も農業ですか?』
「うーん…そうだなあ。国とか作りたくない?」
『知的生命体がいるかは分かりませんよ?それともファウスト様おひとりだけの国ですか?』
「あははw99.99%くらいは後者かも!でもさ、こうやって無駄な希望持つのも面白いじゃん?」
『お国の名前はどうされるんですか?』
「うーん、そうだなあ」
──ファーゼル
「ファーゼルにしよう。悪魔の言葉で"記憶"って意味。人類の記憶を引き継ぐ国…かっこよくない?」
『良いですね。建国、お手伝いいたしますよ』
5万年後まで1号が稼働できているかはわからないが、その言葉はとても嬉しかった。
きっと、私が知っているどの国よりも豊かな国を築こう。
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