第二次人類文明史(最終週)

遠近普遍

最後の授業

第二次人類文明史(最終週)

「はい、静かに。おーい、授業はじめるぞー。おい授業に関係ない端末は仕舞え。

「さて。ちょっと範囲が百年くらいになっちゃうけど、この辺は端折って駆け足に説明しちゃうからね。

「ん?試験?出ないよ。この辺はもう説明だけで良いって学習指導要綱にも明記されちゃってるから。間に合わない学校もあるんだよ。

「まぁ、そんな裏話はともかく(笑)。今日は地球最期の文明期の衰退を説明してしまいますね。この後の地球外文明の黎明と被るんだけど、まぁ絶滅はしなかった、と。だいたい百年くらい。残念ながら二百年には遠く及ばなかったかな。

「ルネサンスから産業革命ではみんなテストは苦しんだと思うけど、こうした文明の開花期と比べると、その停滞、もしくは衰退が政策としての民主主義の限界を示したのがこの時代。近代兵器って玩具で遊ぶ火遊びの時代、とも言えるかもしれない。新陳代謝のスピードが劇的に上がった時代でもあり、ちょこちょこ国体が勃興したり吸収されたり、滅んだりしてました。細かく追いかけるのは煩雑なんで、興味のある人は資料室で調べてね。まぁ大体はアメリカって国を追いかけていれば、ほぼ民主主義というのは説明出来ちゃうんでね。何かなテレサ?他の国?この時代、他の国というのはアメリカを中心に振り回されていたんだ。特に覚えておくべき国は無いよ」


 それでも板書スクリーンには画像が映し出された。

  

地球圏第二次文明末期(20〜21世紀)

・資本制情報経済

・選挙制独裁主義(ナチズム、トランピズム etc)

・SNS感情戦争 → 民主主義破綻

・気候系崩壊 & 感染症パンデミック

→国家消滅、企業統治へ移行


「この辺では民主主義の限界反応であるファシズム、発生した国家主義によって、ナチズムとかトランピズム、それから反対に進化したトロツキズム、スターリニズムといった、思想統制型国家が次々発生しては滅んでます。だいたい失敗に終わったと思って間違いありません。枝葉末節なんで割愛しますね。

「さっきも言ったけど、ここでは中でも当時『民主主義の教科書』とまで言われていた“アメリカ”って国を取り上げますね。この時代はアメリカさえ抑えておけば、だいたい何でも説明ができちゃうし、アメリカを知っている、というだけでもちょっと『おお』と驚かせられるかもしれません。ん?興味ない?あ、そう。困ったもんだなエイブラハム。ま、授業なんでちゃんと聞いてね。

「この時期、だいたい百年未満の間にナチズム、とかトランピズムとか呼ばれるファシストによる政治形態が民主主義の末期症状として噴出しました。名前は違いますが、まぁたいたい似たようなもんです。個別に覚える必要はないよ。そういう時代が少し続いた、って事。まぁちょっと統治形態として民主主義は穴があり過ぎだったんでしょうね。

「統治手法も似たようなもんで、ちょっと明確な区別がつかないかなぁ・・・。まずメディアを敵視して“真実”とやらを喧伝し民衆を煽るのが常套手段です。この場合“真実”とは都合のいい嘘と断言しちゃっても間違いありませんね。

「・・・え?どっちって?マハトマ、ここでは民衆にとっても統治者にとっても双方向で都合のいい“嘘”です。耳障りの良い言葉で煽るのが、ファシズムの手法です。いいですか?割と大事な事ですけど、真実は事実とは異なります。真実はそれを用いる側の信じている事であり、事実とは似て非なる事を指します。

「コップに赤い液体が入っている。これは事実。真実は『これはトマトジュースだ』『これは血だ』と騒ぎ立てる事です。

「じゃ、教科書読んでいくよ。

「第二次人類文明史・第14節ね。何ページだ?P482だね。残りもあと僅かだ。

えー、21世紀初頭における民主主義の限界と指導者信仰、と。

「第二次人類文明の末期には、複数の地域で権威主義的指導者が選挙制度を通じて合法的に権力を掌握した事例が散見された。

「特に欧州で観測された「ナチズム(Natsism)」と、旧北米地域で再現された「トランピズム(Trumposm)」は、手法や象徴、支持者層、色彩感覚において部分的一致を見せたとされる。

「これはね、だいたい白人が好きってことだね。これを“白人至上主義”とも言うんだけど、要するに単なるルッキズムだよ。

「続けるよ。両者とも、"大衆の不安定化"→"敵の設定"→"自己正当化"→"帽子配布" という一連の統治プロトコルを踏襲しており、この時代の政治はパフォーマンス的選挙儀礼に収斂したとされている。

「なお、当時の教科書ではナチズムとトランピズムを明確に区別しようとする記述が散見されるが、後の学術的再分類により「ポピュリズム・フォルダ」内で統合された、と。まぁだいたいそんなとこだね」

「ここで大事なところは、基本的に選挙によって統治者は選ばれた民意ってとこだね。自分で自分の首を絞め続けて自壊していったのが、民主主義のポピュリズム変容、と説明できる。 

「ちょっと重要な用語をまとめちゃうね」

 スクリーンに映し出される。


 ・ナチズム:怒ってるドイツ人。帽子は黒っぽい。

・トランピズム:怒ってるアメリカ人。帽子は赤っぽい。

・メディア:敵。

・選挙:一応あった。機能もしていた。

・デモクラシー:当時の宗教的価値観の一種。

・Twitter:かつて存在した感情交換所。現在は規制済。最終的には民衆の感情的なゴミ箱となった。


「まぁ、ざっとこんなところかな。・・・ん?何?帽子?あぁキング、良いところに気がついたね。何故当時の人たちは帽子に拘ったのか。どうしてすぐ怒って帽子を被るのか?

「一説によれば、“頭頂部を隠すことで集団帰属感が高まり、思考が停止しやすくなる”という進化心理学的仮説が存在するよ。まぁ非公式だけどね。エンパシー能力のブースター装置という見方もあるけど、これは科学的には否定されているね。

「なお、21世紀の帽子は政治的所属と頭皮状況の両方を示していたという記録もある。どういうことかというと、当時の男性はハゲを隠すために帽子が必要だった、ということだ。ハゲというのは頭髪が抜ける事だね。うん、病気の一種というかこれは老化だね。当時は老化すると髪の毛が抜けたり、認知機能が低下していって治療は不可能だったんだ。つまり認知機能低下した人が政治形態に深くコミットしていたんだね。

「うん?おお!その通りだよシュバイツァー。鋭いねぇ。当時の政治は男性のものだよ。性別による性差別は普通に存在していたよ。当時の差別はより巧妙に隠されていたけど、人種や性別で露骨に差別されていた。選挙で女性が『女性に政治は任せられない』と公言するくらい男性原理的同調圧力は強力だったんだ。

「これがやがて『人間に政治は任せられない』ということになるんだけど、これはみんなも知っての通りだね。

「そう。“平等”という概念は発見されていたけど、使い方が判らなかったようだね。君たちが連立方程式を知っていても使えないのと一緒だ(笑)

「この辺、詳しく知りたいなら大学で情報衛生学の自由感染症について学ぶといい。当時の人間の知能の限界を知ることが出来るよ。うん、未開人の歴史の認知型学習で再帰型型思考の良い材料になるからね。

「さて、じゃ、そろそろ今日の授業はおしまいかな。これで君たちは第二次人類文明史の全ての単元を履修した事になる。歴史はあんまり役に立たない、という君たちの気持ちもよく分かるが、この辺は人類史の中でもとりわけ詰まらない時期なので仕方ない。これから人類史は外宇宙史へとシフトしていくんだ。その前段として知っておく事は無駄じゃないぞ。いや本当に。

「じゃ、レポートは各々まとめて48時間以内に提出すること。提出を以て全員に履修証明を発行するから忘れるな。別に美味しいカレーの作り方でも構わないから、忘れるなよ。じゃ、今学期はこれまで。お疲れ様」

「・・・マジで帽子しか覚えてねぇな」


 

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