第二章 焔剣と雷鳴、出会いの刃

第二章 焔剣と雷鳴、出会いの刃

迷宮都市「門前街」の朝は早い。

空が白みはじめると、鍛冶屋の槌音が鳴り始め、冒険者たちが探索準備を始める。


ルシフェリスもまた、静かに街を歩いていた。

革のポーチには最低限の薬草と食料。

腰の剣には研ぎ跡が新しく、手入れが行き届いていることがうかがえる。


「さて……そろそろ、足を踏み入れてもいい頃ね」


ギルドに立ち寄ると、掲示板に張り出された依頼が目に止まった。

『冥府宮第1層・魔物掃討依頼』

目撃されたのは獣型の中級魔物で、被害が広がる前に対処が求められていた。


「この依頼、私が受けるわ」

受付にそう告げた瞬間、後ろから勢いよく声が飛んできた。


「ちょっと待った! その依頼、私も目ぇつけてたんだけど?」


振り返ると、鮮やかな紅のポニーテールが揺れていた。

長身で引き締まった肢体に、鋼鉄の胸当てと二振りの剣――まさに戦士の風格だ。


「あなたも受けるつもり?」


「当たり前でしょ。あんたも悪くなさそうだけど、ソロじゃ無謀よ?」


「……なら、共同で行く?」


「ふん、仕方ないわね。アンタも足手まといにはならなそうだし」


名を尋ねると、彼女は少し得意げに胸を張って言った。


「サタナエル。よろしく……って顔じゃないわね、アンタ」


「ルシフェリス。よろしく、サタナエル」


こうして、ぎこちない初対面のまま、即席パーティーが組まれた。


***


冥府宮・第1層――その入口は広場の奥、巨岩に穿たれた黒い門の先にあった。

内部はじめじめと湿っており、苔むした床と石壁が視界を覆う。


「……思ったより暗いわね。焚き木持ってきて正解だったわ」


サタナエルが松明に火を灯す。彼女の動きは大胆ながら無駄がなく、前衛として申し分ない。


「左から、気配がする」


ルシフェリスが囁いた瞬間、影が飛び出した。

毛むくじゃらの魔物――鋭い爪と牙を持つ「スナッパー」が二体。


「来たわね……!」


サタナエルが剣を抜き放ち、正面の一体に突撃する。

その一撃は雷鳴のごとき力強さで獣を吹き飛ばした。


「はっ、手応えあり!」


もう一体が背後から襲いかかるが、ルシフェリスは冷静に間合いを詰め、鋭い一撃で喉元を裂く。


「……終わり」


短く息を吐き、剣を納める。


「やるじゃない。冷静で、速い」


「あなたも、勢いはあるけど芯はぶれない。前に出るのが得意ね」


「ふふっ、褒められると悪い気しないわ」


初戦を終えたふたりの間に、ほんのわずかだが信頼の芽が芽吹いたようだった。


***


帰り道、サタナエルはぽつりとつぶやいた。


「……この迷宮、深く潜るほどに本当にヤバいらしいわよ。化け物とか、死霊とか」


「知ってる。でも、私は――それでも進むつもり」


ルシフェリスの瞳に宿るものを見て、サタナエルはそれ以上言葉を継がなかった。


「じゃあ、また組むかもね。あんたとは、相性悪くないし」


「ええ、また」


言葉少なながら、確かな一歩を共に踏み出したふたりの冒険が、ここから始まる。

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