第13話 闇堕ちは大体すけべな格好をすることになると相場が決まっている
これはネタバレだが、ファスタフは魔神教団の手によって第三階層の隠し部屋に連れ込まれているはずだ。
だって本編でそうだったのだから。
実習中に姿をくらませたファスタフを探しに、ダンジョンを捜索するリアンは第三階層へと続く道を発見し、その奥へと手を伸ばす。そして、魔神の力の残滓を感じ取って隠し部屋とそこにいるファスタフを発見する、というのが本編の流れだ。
そういう流れが決まっているなら心配することなど何もないかのように感じるが、実は見つけるのが余りに遅いとファスタフはヒロインから脱落してしまう。結構な猶予が与えられているので中々そんなことにはならないわけだが、急いだほうがいいのは間違いない。
それとなくリアンを第三階層へ続く道へと誘導しなければ……。
しかし、その道は当然通常ルートではない。魔神教団がファスタフを連れ去るためにダンジョンに穴を空けて作り出したものだ。
俺たちはファスタフを探してダンジョンを駆けていた。引き返す方向に足跡がないことに気付いたリアンが、奥へと進むことを申し出たからだ。
足早に駆けるリアンに声をかける。
「どこに行ったと思う?」
「さあ。でも、君があんなことを言うから、嫌になってどっかいっちゃったのかもね」
リアンはそうとは思っていない声音で言った。
俺はそれには言葉を返さず、黙って並走する。
「責任でも感じた?」
「いや……」
こうなるのは本編通りだから別に責任もクソもないっていうか……。
でもやっぱり、彼女が何をされているのかを知っている身からすると、こびりつくような罪悪感を感じずにはいられないのだった。
「だが、嫌な予感がする」
「君と意見が合うのは奇遇だね。僕もそうだ」
分かれ道に差し当たって、どちらに行くか迷って足を止めかけたリアンを横目に、俺は左手の通路を選んだ。奥にはゴブリンがいたが通り過ぎざまに片付けて、足を止めずに突き進む。こちらが正解の道なのだ。
いつもと違って、一歩遅れてやってきたリアンが問う。
「どうしてこっちに?」
「迷っても道がわからないなら、総当たりだ」
「なるほど」
言うと、リアンは納得してくれたらしい。
こっちの道を行けば第三階層に行けて、そのまま隠し部屋に直行できて、ファスタフがそこにいるんだ、なんてことは口が裂けても言えないので納得してくれて助かった。
ひとまず今優先することは、急いでファスタフのもとへと駆け付けることだ。
でないとファスタフがリアンのヒロインでなくなってしまう。それだけは避けなくてはならない。
「意外だな」
走りながらリアンが言った。
「ファスタフなんか放っておけ、くらいのことを言うかと思ってたんだけど」
うーん、わかる。
嫌味ばかり飛ばしている
しかし、どうだろうか。こうなってよくよく考えてみると、やることなすこと上手くいかなくて自棄になっていたから主人公の周りが気に食わないだけで、実のところ本来のオーレウスであればファスタフとは仲良くやれるのではないだろうか。そんな気がしていた。
◇
「放っておけるなら、それでもいいんだが……」
オーレウスが独り言のように呟いたその言葉に、リアンは思わずぎょっとした。
今日は、いつにも増して、オーレウスのことがよくわからなかった。
ファスタフにひどい言葉を投げかけたかと思えば、姿を消した彼女に気付いたのも彼だ。相も変わらず嫌味っぽい男だったが、その反面驚くほど素直に従うところもある。彼が強く望めばこの実習だって一人で臨むことを許されただろうに、この三人でダンジョンに潜るのを嫌がる姿さえ見せなかった。
リアンは自分が人と距離を置くことを自覚していたが、それにさらに輪をかけたのがオーレウスだと思う。友人であるファスタフへの態度に心からの怒りを感じたのは事実だったが、同時にそれを露わにしたのはオーレウスへと一歩踏み込んだときにどう応じてくるのかを確かめようという意図もあった。
結果は、やはりよくわからないと言うほかなかったが。
ずきりと眼帯の奥に隠された瞳が疼いた。
嫌な予感がしている。ガンガンと打ち付けられるような頭痛。
封印が緩んでいるわけではない。だからこれが外からの影響であることは明白だった。
迷いなく進むオーレウスの歩の先に待ち受けているものが、想像通りであるとするなら……。
リアンは恐ろしい考えに身震いした。
再び通路が枝分かれしたとき、今度は一番右の通路を選択したオーレウス。その歩みに淀みはないが、顔には焦りがあった。
「今度は右かい?」
「勘だ」
勘でどうして右に行くのだろうか。しかし、きっとこの道が何かに繋がっているのは間違いない。疼きも頭痛もいっそうその激しさを増したのである。
この先にいるのがファスタフだとしたら、彼女の身に迫る危険がどれほどのものか想像するだけでも恐ろしかった。身も凍るほどの思いをしているかもしれない。
自然と足が速くなった。
「……感じるか?」
珍しくオーレウスから尋ねられた。
頭痛に苛まれているリアンは、彼が尋ねているのが何か見当もつかなかった。そんな様子を見かねたのか、
「この、腐ったみたいな魔力だ」
そう続けた。
言われてみれば、とリアンも周囲に粘っこい、ドロドロした、およそ尋常ではない魔力が漂っていることに気付いた。それは馴染み深い魔力だった。
疼きも頭痛も、考えた中で一番最悪の想像の通りだったらしい。
「嫌な魔力だね」
「同感だ」
「ファスタフがいると思う?」
リアンが問うと、
「さあな」
と、確信を持った声が返ってきた。
彼は知っているのだろうか。この先に待ち受けているものを。不思議な感覚だった。疑うべきか、信じるべきか、迷っていた。
しかし、リアンが道を選んだとすれば、オーレウスが選んだものと同じ方に進んでいただろうと思うと、どうやら信じてもいいような気持ちだった。リアン自身にはまだ整理できていなかったが、自分と近しい存在なのかもしれない、と期待しているのかもしれない。
やがて、道の奥には無理やりこじ開けたような穴があって、この気味の悪い魔力がそこから漏れ出ていることがわかった。下に向かって掘り下げられた穴が、第三階層へ続いているのは明らかだった。ダンジョンに穴を空けるなんて信じられなかったが、これから相対するモノを考えれば、得心のいく所業である。
「おい、どうした? いくぞ」
オーレウスに呼びかけられて、自分が臆していることを自覚した。
きっとこの先にファスタフがいるだろうという確信が、リアンの足を踏みとどまらせていた。これは恐怖だった。渦巻く魔力が、これには二度と触れたくないと思っていたものが目の前にあって、子供のようにいやいやと立ち竦んでいるのだ。
リアンはこの場から逃げ出してしまいたかった。ファスタフなんか放っておけばいいじゃないか、なんてことを言ってしまいかねいほど、ぐらぐらと揺らいでいた。だから、つい口走ってしまったのだ。
「この先にいるよ、魔神か何かそれに連なる者が」
魔神だなんて、おとぎ話だと一笑に付されるようなことを。
しかし、オーレウスは神妙な顔付きで、くすりとも笑いやしなかった。
オーレウスはリアンを真っ直ぐに見据えて、言った。
「ファスタフも、だな」
オーレウスの目は強かった。リアンが立ち止まることなんて、ほんの少しも考えていないような目だった。そこにあったのは、ただひたすらの信頼だった。リアンには彼がどうしてそんな目で自分を見るのか、全然わからなかった。
やはり、よくわからない男だった。
しかし、不思議とリアンの足は動いていた。
「じゃ、行かなきゃね」
ダンジョンに穿たれた穴を進む。
二人の間に会話はなかった。奇妙な連帯感が二人を繋いでいた。先ほどよりも二人の距離は近い。一歩ごとに感じる魔力の波動が、強く深く鋭くなっていく。お互いを守るような足取りで、穴を抜ける。
そこは大広間ほどの広さを持った空間だった。しかし、これまでこのダンジョンで見たどこよりも綺麗に整えられていた。隙間なく敷き詰められた敷石に、瞳を模した意匠を施された柱。広間の中心には、白亜の祭壇が鎮座していた。
祭壇には魔法陣が浮かんでおり、残留した魔力によってかすかな光を照らしていた。その明かりではよく見えないが、黒い影が祭壇の上に立っていた。
その魔力が消え失せ、広間から明かりの一切がなくなったかと思うと、壁に取り付けられた燭台が一斉に燃え上がった。
リアンが眩しさに目を細めると、祭壇の上の人影がはっきりと浮かび上がった。
ファスタフだ。
彼女からは考えられないほど異様で禍々しい魔力が発せられている。
その魔力に当てられてか、ファスタフの服装も変容していた。全身真っ黒で、燭台の揺らめきを照り返す。背中がぱっくりと開いて、胸元も大きく露出している。手足は網目状に覆われて、素肌には渦巻く魔力が刺青のように焼き付いていた。
悪の女幹部って感じだな、というオーレウスの呟きがリアンの耳に届かなかったのは幸いだろう。
そこにいたのは、ファスタフであってファスタフではなかった。
「あは」
蠱惑的な笑みを浮かべて、彼女の目線がオーレウスに向いた。
リアンの右目がずきずきと疼いた。
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