第5話 主よ身許に

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 5月半ばのイタリア、ローマ。

 真夜中、雨が石でできた街を音もなくうっすらと濡らし、街灯に照らされた空間のみ雨粒を肉眼で見ることができる。人々は寝静まり、音という音は何もしない。

 暗闇のなかから突如、石畳を走る音が遠く聞こえてくる。靴のかかとが石とぶつかる度に音をたて、やがて街灯の下に傘もささず濡れそぼった男が姿を現す。

 自身で誂えたのだろう、体に綺麗に合ったスーツをまとっているものの、髪は乱れ手には何も持っていない。顔は真っ青で、厚みのある唇は色を失い紫色になっていた。

 年齢は三十代半ばほどで、口ひげを蓄えた茶色の髪をした美丈夫だ。

 しきりに背後を気にしながら道を抜け、やがて見つけた教会の扉に駆け寄る。けれど数度木戸を叩くも施錠されており、立て続けに5度叩いてから諦めてその場から駆けだした。

 何度も背後を見やる。点々と設置された街灯は誰も照らさず、また音も聞こえない。

 それでも男はやはり何度も振り向き、息を荒くして教会の前から立ち去った。

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ヴァチカン生まれのTさん 瀧河鮎子 @kawazakana0211

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