第18話 愛しているから

 先の大魔導師アークメイジ魔法炎の津波


 一介の魔導師であればシーアと同じことをした所で、魔導もろとも押し流され、火炎に呑まれるだけである。


 それ程威力は強大であり、注がれる魔力は膨大なのである。


 でなければ、大魔導師アークメイジなどとは呼ばれはしない。


 だが、彼女はそうはならなかった。


 シーアは、先程まで大魔導師アークメイジの魔法をこの目で見ていた。


 過激極まりない戦場に出て行った所で、文字通り何も出来ずに死ぬと理解していたのだ。


 だからこそ、物陰で皆の無事を祈りながら、魔法戦を見守っていた。


 そこから導き出した方法。


 大魔導師アークメイジが扱う魔法、魔力の流れ、如何にして防ぐものであるのかを、無意識に考えていた。


 そして、二人が放った魔導術式。


 それをヒントにその場で組み上げたのが、『歪曲 重力Warp Gravity』であった。


 常時発動型の魔導は、紙一重ではあったが幸い間に合い、今こうして対抗することが許されている。


 シーアが考えた大魔導師アークメイジの魔法に対抗するための技術。


 それは真正面から受けるのではなく、受け流すことだった。


 そのために効率のいい形として球体を選び、少ない魔力で大幅に逸らすことの出来る空間に魔導を配置する。


 そのタイミング、大きさ、座標、全てを計算して魔導を扱っていた。


 そう、カインの言う通り、シーアはであった。


 大魔導師アークメイジから続けざまに放たれた火炎も、本来の目的を果たすことなくあらぬ方向へと飛んでいった。


「だはぁっ……はぁ……はぁ……」


 シーアは息を荒げながら呼吸をする。


 その様子を見て、大魔導師アークメイジはシーアを嘲笑した。


「その歳でよくやる。だがな小児、最早我が魔法を防ぐだけの魔力は残ってはいまい」


 大魔導師アークメイジの指摘は的中していた。


 幾らずば抜けた感覚センスを持っていようと、大きすぎる力の前には、ただの児戯に等しかった。


 実際、たった一回の攻撃を防ぐだけでも、膨大な魔力を使っていた。


 それは大凡にして、シーアが持つ魔力総量を二割も使ってである。


 炎の津波を逸らした際に出した一際大きな魔導には、五割ほどの魔力を込めていた。


 一度逸らすだけで全ての魔力を持っていかれる訳ではないが、それも二度目となれば新たに魔導術式を展開し直さなくてはならない。


 既に、シーアの魔力は底を尽きかけていた。


 足は震え、腕が上がらない。


 顎が下がり、視界はぼやけて、脳は酸素を欲していた。


 それでも、シーアは大魔導師アークメイジの前に立ち続けた。


 だが、それももう保てない状態に陥っていた。


 繰り返される大魔導師アークメイジの攻撃を逸らしても、他所へと着弾することなく直ぐに軌道を変えて、再びシーアへと襲い掛かってくる。


 自分の思いのままに火炎を操れる大魔導師アークメイジは、シーアが必死に防ぐ踊る様を見て楽しんでいた。


「シーア!」


「もうやめて!」


 その姿をただ見ていることしか出来ないゲイルとナルは、胸を抉られる思いだった。


 必死に皆を守ってくれている愛娘に何もしてやれない。


 それが悔しくて仕方がなかった。


 その時、不意にトイとローザが二人に声をかけてきた。


「あんたら二人、シーアちゃんを連れて逃げろ」


「ここはアタシらが食い止める。アンタたち三人は生きておくれ」


 ストール夫妻の意見に、生き残った魔導師たちも頷いた。


「だが、それでは――」


「子供を守るのが親の務めだ。それに、今おまえさん方がいなくなっちまったら、あの子はどうする?」


 ゲイルの言葉を遮り、トイへと囁いた。


 今この場にいないもう一人の子供のことを想って、ゲイルを諭す。


「アイツを一人ぼっちにはさせられねぇ。シーアちゃんとおまえさんらは、あの子にとって大きな存在なんだよ」


「そうさね。それに、私たちの子でもあるんだからさ。アンタたちが面倒を見てやっておくれよ」


 本当の意味で、カインのことを考えている二人。


 その気持ちを託されたのだ。


 断ることなど、二人には出来はしなかった。


「さあ、シーアちゃんを連れて行け!! 殿はワシらが受け持つ!!」


 残った僅かな魔力を振り絞り、魔導師たちはシーアにつきまとう攻撃を撃ち落とした。


 その隙に、ゲイルとナルはシーアの手を引いて、この場から離脱した。


「っ!? 父さん、母さん! まだ皆が!」


「頼みました、皆さん」


「最後のお勤め、よろしくお願いします」


 応。


 言葉ではなく行動で、彼らは決意を示した。


「なんということか……今更我から逃げられるとでも思っているのか!!」


「逃がすぜ。そのために、ワシらは今テメェの前に立ってるんだからよォ!!」


 皆一様に、最後の魔法、魔導を放つ。


 その声を背中に受けながら、三人は走った。


「どうして!? まだウチは……ウチは……!」


「みんなの気持ちを無駄にしてはいけない」


「シーア、貴方は明日を掴まなくてはいけないの」


 ナルの目は濡れていた。


 シーアは歯を噛み締めながら、二人に手を引かれながら走り続けた。


炎上えよ」


 決死の覚悟を抱いた魔導師たちの一撃を、大魔導師アークメイジは一薙の火炎で全てを焼き尽くした。


 余波が周囲へと広がり、三人はそれに吹き飛ばされてしまった。


 ゲイルとナルは建物の壁に強く体をぶつけられ、シーアは二人とは離れた場所で呻き声を上げながら地面に転がっていた。


 大魔導師アークメイジが、ゆっくりと近づいてくる。


「茶番と化した今、最早ここに留まる理由もない。貴様らの命を燃やし尽くした後、去るとしようか」


 さっとスタッフを振ると、背後の火炎がシーアめがけて襲いかかった。


「やめろおおおおおッ!!」


「いやああああああッ!!」


 クライン夫妻の悲鳴が木霊する中、一つの影がシーアを攫っていった。


「あれは――!?」


「――カイン!!」


 ナルは、口に手を当てながら喜びを露わにした。


 ゲイルはほっと息を吐き、しかし、カインまでもがここにいることに悔しさが滲み出る。


 地面を転がったカインはシーアの上に被さりながら、背後に目をやる。


 そこには、煌々と燃えた大地があるだけ。


 あのままだったらシーアは死んでいた。


 自分の下敷きにしたシーアの体温を感じて、カインは心底安心した。


「カイ……ン……?」


 薄れるような声で、シーアは訪ねてきた。


 まるで夢でも見ているかのようだ。


 そんな彼女に、カインは笑って応えた。


「ああ、カインだ。まったく、ちゃんと避難所に行けって言ったのにさ」


「ごめんね、カイン」


 カインはシーアを強く抱き締めた。


 失うところだった。


(俺の、大切なモノを)


「カイン、逃げろ!!」


 ゲイルの忠告に、目で確認することなく、シーアを連れてその場を飛び退いた。


 直後、火炎が今いた場所を焼いた。


「次から次へと、小児が我の邪魔を……いい加減にしないか!! この場は童戯ではないのだぞ‼」


 先程魔導師たちを屠った魔力と、同じ規模の魔力を感じた。


 魔力が尽きかけのシーアに防げるはずもない。


 まして、魔法を扱えないカインでは論外であった。


「この一撃ですべてを終わらせ塵とする! 終幕は下ろされた!!」


 それは天を覆う炎であった。


 空を見ても赤い壁が邪魔をする。


 逃げようのない天災が、四人を狙っていた。


 この場にいた誰もが絶望する中で、ゲイルはある考えを口にする。


「ナル……君の、あの魔導を使おう」

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