第17話 大好きだから
球状の空間。
その内部では、雷が荒れ狂っていた。
範囲に含まれた地面は、音を立てて瓦解し始める。
あらゆる物質が中心へと圧縮されていき、身を粉にしていく様は、見るものに恐れを抱かせる。
そのエネルギーを一身に受け、
勝てる。
誰もがそう確信し、そして――その瞬間を目にした。
「このままではッ――褒めてやろう……今生の別れに我の本気を垣間見ることが出来るのだからな!!」
大魔導師。
今、その言葉を体感する。
その力が、解放されたのだ。
魔道書が眩く光った途端、球体の内部が火炎で埋め尽くされていた。
「何だ、これはッ!?」
「まずいわ! 皆防御を!!」
魔法にかかる負荷から全てを理解したナルは、急いで周りへと叫んだ。
その形相から事態を把握して、瞬時に行動に移れたのは極僅かだった。
他の魔導師たちは、戸惑いの表情を見せ、一歩遅れて行動に移った。
だが、それは致命的に遅かった。
球体に亀裂が走り、火花が漏れ出す。
そして次には、堰を切ったように火炎が弾け出してきた。
その様は、極小の
防御障壁を展開させていた魔導師以外、一瞬で火炎に呑まれて絶命していく。
障壁を展開している者でさえ、込める魔力が圧倒的に足りずに押し流されてしまった。
更には、例え防御障壁を維持出来たとしても、火炎が触れた障壁は燃えだしてしまい、複数展開することを余儀なくされた。
その過程で散った者も多くいた。
その惨状はまるで津波であり、中心には、天を焼く炎の柱が建っていた。
広場だった場所は、今や何もない更地となり果ててしまい、ただ残り火だけが辺りを照らすだけである。
生き残った魔導師は僅かに数名。
何十人といた町の
「なんなんだ、これは……」
最早、何が起こっているのか、ゲイルは理解したくなかった。
どれだけ束になっても敵わない存在。
己の全てをかけても児戯に等しく、死によって窘められるだけ。
それこそが、
「生きてるかい、お二方……」
「トイ……はい。なんとか、という感じには生きています。ですが、もう私たちの魔力はほとんど残っていません。そちらはどうですか?」
「そうかい……ワシらも、今ので結構持ってかれてな。まったく防ぐのは苦手だから余計……後どれだけの時間食い止められるか」
「ホントに、一体あんなバケモンが世の中にいるなんてね。悪い冗談にしか思えないよ」
「ええ、ローザ。本当、冗談であって欲しいわ」
四人とも満身創痍であった。
いや、そこで今生き残っている誰もが皆、同じ状況に陥っている。
とうに戦える状態ではない。
だが、それは
ゲイルらとは魔力量こそ致命的に差があるものの、先に受けた魔法で全身の至る所が露出し、皮は剥がれ、血を流していた。
更に左腕の骨が強すぎる重力に耐えかね、真二つに折れてしまっている。
他にも、肋骨数本に無数の毛細血管が破れていた。
流石の
しかし、そんな状態であっても、
「良い、良いぞ。これ程までに傷ついたのは、
とても平気とは思えない傷を負っても尚、尊大な態度は変わることはない。
波は、生き残った魔導師を飲み込まんと迫ってくる。
「流石にあれは、今の魔力じゃどうしようもないわね……」
「ああ、せめてもう少しだけ時間を稼げれば良かったが」
「大丈夫だろうよ。今頃避難所のヤツらはこの町を離れているさ」
「そうだよ、安心して。アタシらは生き残った町の人たちの安全を願おうさね」
他の魔導師も、それぞれに思うことを口にすると、
しかし、誰もがそう思う訳ではなかった。
彼らと同じく、守りたいものがソコにいるのなら、助けに入らないはずがない。
両親の魔法が敵に炸裂した時には、勝利を確信した。
終わった後に、物陰から飛び出して抱きつこうと思っていた。
怒られるのは知っていたけれど、それでも我慢出来なかったのだ。
だが、その理想は脆くも崩れ去り、一転して絶望へと塗り変わっていた。
それをみすみす受け入れられる程、彼女は大人ではなかった。
だからこそ、今こそ飛び出さなければならなかった。
守りたいものを、失わないためにも。
「歪めろ、現在 変えろ、運命 其の全てを拒絶する虚構の空間 『
魔導師たちの眼前に、巨大な無色の球体が現れた。
内部を眺めても、向こう側は歪んで捻れて見える。
予想だにしない魔導術式の出現に誰もが驚く中で、ゲイルとナルはこの魔導を放った人物が誰であるのかを思い至った。
しかし、それは本来ここには居ない者。
いてはいけない大切な存在のはずだった。
だからこそ、二人は叫んだ。
何故、どうしてという気持ちを一言に乗せて。
『シーア!!』
無色の球体に炎の波が近づくと、その部分だけを避けて魔導師たちの脇に逸れていく。
その光景を見ていた
「我が
「――――ッ!!」
シーアの身を貫くべく飛翔する火炎を、先程の魔導を使って退ける。
火炎は先程の炎の津波と同じく、明後日の方向に飛んで行くと、背後で着弾して炎上した。
「シーア、どうして戻ってきたんだ!?」
ゲイルの問いに、シーアは振り返る。
彼女の目は、大粒の涙を貯めていた。
それだけで、愛娘が何を思って今ここに立っているのかを夫妻は理解した。
「ゲイル、あの子も私たちと同じなのね…………」
「ああ……何せ私たちの子なのだからな。似ていて……当然さ」
二人の頬を涙が伝う。
シーアは両親の想いを受けると、再び
本当ならば今直ぐにでも飛びつきたい衝動に駆られながらも、シーアは今すべきことに集中する。
それでも、後ろにいる大好きな人たちに、一言だけ言葉を贈った。
「生きていてくれて、ありがとう」
シーアは服の裾で涙を拭った。
事態はまだ最悪に変わりはないのだ。いつまでも話している時間はない。
(自分は皆を助けるために出てきたんだから!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます