第3話 とある魔導士

 赤色に包まれている。


 この地は、火炎に捕らわれた。


 共に戦った同志は、火炎に飲まれ焼け死んだ。


 一部隊、最低でも三百はいた仲間たちが、今では数える程しか生きてはいない。

 それも着実に数を減らし続けている。


 目深にかぶったフード付きローブの中で、体が強ばる。


 既に大魔導師アークメイジを押し留める――いや、戯れとなれる――こともかなわず、他の戦場に標的を替えるのも時間の問題だ。


 そうなれば、こちらに勝ち目はない。


 何としてでもここで食い止めなければ、異端審問協会の魔導師は全滅するだろう。


 我々の任務は、決死でなければならない。


(だが、まだ死ぬ訳にはいかない……)


 魔導師は、手にする杖を強く握り大魔導師アークメイジめがけ魔法を放つ。


 しかし、魔法が大魔導師アークメイジに届くことはなかった。


 迫る魔法に、大魔導師アークメイジ禁術魔法ロストアセットで迎撃をする。


 炎がうねりとなって魔法を飲み込んだ。


 それに留まらず、その先にいる魔導師に踊るように襲いかかってきた。


風を 纏いてGeschwindigkeit Aufstieg


 瞬時に魔法を詠唱する。


 体に風が纏わりつき、風と同化したように素早い行動を可能とさせる魔法だ。


 急いでその場から退くと、火炎は今いた大地を燃やして更に戦場を赤く彩っていく。


 こちらに気を取られていた隙に、仲間の魔導師が大魔導師アークメイジへと一斉に攻撃をする。


 大魔導師アークメイジは避ける素振りも見せず、彼らから直撃を食らった。激しい爆音が轟き、周囲が爆風に包まれる。


 魔導師たちはその結果を、固唾を飲んで見守った。


 やがて爆風が消えて姿を現した大魔導師アークメイジには一切の傷はなく、その身も一切の汚れがなかった。


 非力な弱者に対し、強者は悠々とそこに佇むだけ。


 ローブに隠れて素顔は見えないが、笑っている気さえしてくる。


「やっぱり、あのローブには対抗術式が施されているのね…………」


 大魔導師アークメイジが頼みとするのは、所持する禁術魔法ロストアセットに宿る膨大な魔力である。


 従って、自身の魔力の大半を対抗術式に起用していた。


 これにより、大魔導師アークメイジに傷を負わせることは至難の業であり、敵の攻撃は必殺であった。


 攻撃してきた魔導師めがけ、大魔導師アークメイジ禁術魔法ロストアセットを放つ。


 仲間の魔導師は抵抗して防御魔法を展開させるが易々と押し切られ、皆火炎に包まれ絶命していった。






』の戦場を遠方から眺めていた聖魔導会の魔導師は、誰ひとり例外なく圧倒的な力を前に戦慄していた。


 心底あの者が味方であることに安堵する。


 だが決して喜びはしない。


 あの者の気まぐれ次第で、命がなくなるかもしれないのだ。


 しかも、それを我々の主は咎めたりはしない。


 それは神の所業だとして、受け入れるべき事象だと告げるのだ。


 信者たちは、それに従う。


 それは、確かに偉大なる者なのだ。


 ならば、彼の者は『悪』ではなく『善』でなくてはならない。


 大魔導師アークメイジの先行は、戦場を圧倒している。


 押し留めていた敵の魔導師も数を減らし、いずれ次の標的を探しだすことだろう。


 単身にして千の働き。


 我々は、その一人のお陰で必ず勝利を手に入れるだろう。


 この場にいた者の全てが、そう感じていた。


 誰も大魔導師アークメイジを止めることなど出来はしない。


 味方である聖魔導会の魔導師ですら、大魔導師アークメイジの後に続くことは不可能だ。


 アレが通った跡の道には、消えない火炎が残っている。


 傍にいるだけで、炎と同化する。


 そのため、他の区画に魔導師を動員し、戦力を増強することが可能となっていた。


 ならば、どちらが優勢かは火を見るより明らかである。


 審問会の魔導師の士気は低下し、じりじりと追い詰められていく。







 先ほどの魔導師は、目の前に迫る死を前に戦う気力を失いかけていた。


 最早、炎上する大地に一人だけ取り残された。


 立っていた仲間は、全て焼かれて死体も残ってはいない。


 杖は半ばから折れ、役割を果たすことも出来ない。


 目の前の炎が爆発した。


 恐らく、仲間が放とうとした魔法が当人の死によって暴発したのだろう。


 その場から吹き飛ばされ、地面に体を委ねることとなった。


(ああ、こんなところで死ぬんだ、私――ここはただの戦場。慰めの言葉や、最後の一言など聞かれることもない。ただ殺し、殺されるだけの場所)


 そんな場所で、望めることなど何もない。


 自分もまた、何を伝えるでもなく無慈悲に殺していた一人なのだから。


 起き上がる力すらなくなった魔導師を、大魔導師アークメイジは遠巻きに見下ろしていた。


「あぁ……あ…………」


 言葉は出なかった。


 それが恐怖からか、それとも諦めからかは分からない。


 涙が溢れる。


 だが、周りの熱気で瞬く間に乾いてしまう。


 魔導師は、死を前に目を閉じた。


 苦しみから逃れるように。


 から――されたように。


 目を閉じる最後に見た光景は、大魔導師アークメイジが自分に杖を向けている姿であった。


 暗い視界の中、今までのことを振り返る。


 走馬灯とでも呼ぶのだろうか。


 今まで気づかなかった素晴らしいものが、私の中にはあった。


 もう一度、それを味わいたい。


 その欲望が、生きたいという思いに繋がる。


 だが、気持ちだけではどうしようもない。


 既に、運命に見捨てられ、死を待つだけの囚人なのだ。


 淡い期待など、持ち合わせるべきではない。


 辛くなるだけだ。


 私の命は、終わったのだ。


 しかし、その時は一向に訪れない。


 それに困惑し、薄らと目を開ける。


 もしかしたら、大魔導師アークメイジの趣向に乗っているだけかもしれない――という疑念を振り払い、視界に映るモノを見た。


 それを見た瞬間、目を見開いた。


 


 それは、赤々とした存在であった。


 大魔導師アークメイジの火炎とは違い、恐れではなく憧れを抱かせる赤。


 だが何より目を引いたのは、その鞍に跨る漆黒の存在であった。


 死神が世に現れたのなら、きっとこうした姿なのだろう。


 その姿は、この戦場においてどこか異質だった。


「何だ、まだ生きてたのか。死んでいたような顔をしてさ。ああ、勘違いはしなくていい。別に、オマエを助けるために出て来た訳じゃない。こっちにも、それなりの因縁がある」


 死にかけの魔導師が上手く聞き取れたかは、この際どうでも良かった。


 青年は、そう言って巨大な馬から降りる。


 魔導師は、彼の言葉に構わず青年の手にあるモノに目を移す。


 初めは、当たり前にだと思った。


 誰もがそう思う。


 魔導師が戦うために手にする獲物こそが、杖なのだから。


 だが、巻かれていた布が取り払われその姿が現になると、自分の考えが間違いだと悟った。


 姿を現す、透き通った輝き。


 穢すことを許さない清浄な光を放つソレは――『なにか』だった。


 刀身は二つの片刃を背中合わせにし、ひと振りの両刃直剣としている。


 しかし、魔導師にはそれが何か


 いや、恐らく鉄であることは分かる。


 だが、理解は出来なかった。


 それも当然だ。


 この世界で『つるぎ』などという概念は存在しない。


 人々が思い至るのは、ただの石の塊程度である。


 そんなものは武器ではないし、まして魔法に対抗する力など持っているはずもなかった。


 それでも、青年には大魔導師アークメイジに敵対する意思があった。


 ならば、それは武器でなくてはならない。


 なのに、ソレ自体に一切の魔力を感じられない。


 どのような杖でも僅かな魔力を放つというのに、ソレには


 その時点で、青年が魔導師にも劣る存在だということを理解した。


 途端、目の前が真っ暗になった気がした。


 勇んで出て来た相手が、自分よりも劣る存在だったこと。


 無駄に期待をさせられたことに、腹が立った。


(こんなことなら、すぐに殺された方が幾らかマシだ。少なくとも、二度絶望するよりかは救いがあるはずだろうに)


 憤りが筋違いなことは、魔導師もよく理解している。


 だが、そう思っても仕方のないことだ。


 最早死は目前に迫っているのだから、尚のこと。


 そこでふと、奇怪なことに気がついた。


 この青年は自分よりも劣る存在だというのに、一体どうやって大魔導師アークメイジの一撃を防いだのだろうか。


 見ると、大魔導師アークメイジは確かに力を行使した。


 その痕跡は、杖に残る魔力からも伺え知ることが出来る。


 もう一度、青年の手にあるモノに目をやる。


 そこで、はっとあることに気がついた。


(何故、ソレは?)


 触れたものを焼き尽くし、主の命があるまで燃え続ける炎。


 そうであるにも関わらず、火炎に触れたソレを炎は焼いていなかった。


 一体、この人は何者なのか。


 魔導師の言葉を代弁するように、大魔導師アークメイジが口にする。


「貴公、一体何をした?」


 問いかけに対し、青年は唐突に笑い始めた。


 気でも触れたのかと訝る大魔導師アークメイジだが、手に持つつるぎを暫し眺め、ふと思い至った。


「思い出したか、ファウスト。オマエは俺を分からないといけない。俺はお前の名を知ったぞ」


 青年は、不敵に笑いかける。


 大魔導師アークメイジは、思い出していた。


 あの日、大魔導師アークメイジである自分に歯向かってきた少年。


 そして、その時に


「あの時の――我の腕を奪いし者かッ!」


 大魔導師アークメイジは、ローブから晒す失った左腕を見せつけながら叫んだ。


 今は腕に代わって、分厚い魔道書が体に縫い付けられていた。


 あれが、大魔導師アークメイジが持つ禁術魔法ロストアセットの結晶である。


「ああ、そうさ。そして俺も奪われた。あの日、オマエに――全てを、だ!」


 青年は、つるぎを構える。


 大魔導師アークメイジは、杖を構える。


 フランメヴィントは、今から始まる戦いを前に、青年の邪魔にならないようその場から離れていく。


「ぁ……」


 そのついでにと、魔導師を口に咥えながら。


 主人の邪魔にならないようにという理由だったが、魔導師はその行為に礼をしようとした――が、声が出ないため、代わりに顔を撫でて感謝の意を込めた。


 フランメヴィントは短く鳴いて、魔導師の気持ちを受け取った。


 灼熱の戦場に残ったのは、大魔導師アークメイジと青年の二人だけ。


「あの時の屈辱を晴らそうぞ、略奪者!」


 殺気に塗れた怒気を迸らせ、青年に禁術魔法ロストアセットを放つ。


「そっくりそのまま返してやる。決着をつけるさ――終わらせてやるよッ! オマエの何もかもを!!」


 そうして二人の戦いはした。


 その因縁に終止符を打つために。


 五年前、全てが終わり――そして始まった。


 ――カイン・シュベルトの物語――

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