第20話 エピローグ

「そんなことになってたんですか…」Sさんは下を向いた。


 聖の自宅にSさんが菓子折りを持ってやってきていた。

 

 Sさんはまるで厄介払いするかのように、クマーン・トーンと信じ込んでいた木像を葛城聖の父親に押し付けた。しかも大枚10万バーツも払って手に入れたものなのに。痛んだ懐はともかく、霊障?もなくなり、すっかり元気になっていたのかと思っていたけれど、そうでもなかったようだ。

 

 実はSさんはSさんで大いに悩んでいたのである。まず、オカルト好きが高じて、勧められるままに何も考えずに(いや、欲はあった)高額呪物を買ってしまったこと。にもかかわらず、すぐにそれを持て余し、見ず知らずの他人に預けてしまったこと、結果として犯罪に他人を巻き込んだことをひどく悔やんでいた。「僕はなんて軽佻浮薄で無責任な人間なんだろう、ってずっと反省しています」


 まあ、悪い人ではないんだろうな、と聖は思った。確かに聖の家族の日常はしばらく脅かされることになったけれど、それはそれで学ぶこともあった。

 聖から一通りの話を聞いたSさんは、安堵の表情を浮かべ、それから「やっぱりそうですか…僕も、骨董屋の顔を思い出そうとしてもどうしても思い出せなかったんですよね。僕に骨董屋を紹介してくれた友人も、最近では、紹介したことすら忘れているんですよ」と苦笑した。


「で、骨董屋の正体は何だったんですか。とんでもない悪人ですか」

「さあ、デーンさんという専門家の話では、人間ではないんじゃないかと」

「ええっ!!」


 しばらくの沈黙の後、Sさんがボソッと呟いた。「ああ、そうか。これは、神仏から僕への試練だったんですね」

 「試練?」

 「はい。試練です」


 Sさんってこういうキャラだったっけ、と思うくらい、Sさんは真面目な表情になっていた。

 

 「僕、クマーン・トーンだと思っていた影が「メー・ユーナイ」って囁くのを聞いた、っていいましたよね?」

 「はい。それでこれはクマーン・トーンじゃないって分かったって、仰ってましたね」

 「ええ…僕少しだけタイ語が分かるんです。メー・ユーナイって、『母さんはどこ?』って意味なんです。小さな震える声で囁かれた時、自分は何かとんでもないことをしでかしたんたじゃないか、って思ったんです。だってクマーン・トーンのエピソードに「母親」って出てこないじゃないですか。」

 

 そうなんだ。知らなかった。確かに、呪術師でも僧侶でもクマーン・トーンを作るのは男性だし、クマーン・トーンを覚醒させるために、「父さんだよ」って何度も呼びかける、ってデーンさんが言ってた。母親の役割は確かに聞いたことない。


 「僕の中途半端な好奇心で母子を引き離してしまったんか、って思って、それで、どうしようもなくなって、葛城さんにお預けしたんですが、それも葛城さんの家ならみんなで大事にしてくれる、って思ったのは嘘じゃないんです。でも、その後も、自分の軽はずみな行為で、赤ん坊の霊を日本まで連れてきてしまった、って思って、すごく後悔してました。」


 今は母親と一緒ですか、成仏ってヤツなんですね、良かった。雨降って地固まる、っていうか。自分の10万バーツで孤児院もなんとかなったんですか、そうかそうか…そんなことならもっとふっかけてくれても良かったのに…ありがとう…葛城さんは僕の魂も救ってくれました…今日はよく眠れそうです…泣きながら笑うSさんの感情が移りそうだ。聖は慌てて下を向いた。



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ゴールデン・ボーイ 南都大山猫 @bastet0929

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