第14話 侵入者の探していたもの

 ビデオ通話の用意OK。

 聖は机の上のパソコン画面に向かって両手を合わせる。「サワディーカー」


 画面の向こうではホンが笑いながら、右手の親指を上げてみせる。「セイハジョーズ、ジョーズ!」

 多分「上手」って言いたいんだろうな。全く持ってホンは可愛いわと聖は思った。その傍らでデーンさんもニコニコ笑っている。


 昨日は大忙しだった。聖得意の「虫寄せ」で侵入者を無事捕まえることができたものの、玄関先でのランダム虫寄せで集まったのは、ゴキブリだけだった。聖の家は古い。そして大きい。聖の祖父も曽祖父もこの家で生まれたというから、結構な築年数が経っている。掃除をサボっていたわけではないけれど、まさかこんなにたくさんのゴキブリと長年にわたる共生生活が続いていたなんて…。これは家族会議を開かなければ、父は思わずそう呟いてた。


 侵入者は正真正銘の人間だった。カタコトの日本を話す外国人であった。身体中を這い回るゴキブリに我慢できず声を上げた瞬間に、家中の照明がついた。そして玄関脇の部屋からドカドカと男たちが現れ、侵入者を取り押さえようと飛びかかってきた。侵入者は掴みかかられるすんでのところで身を翻し、室外に逃げ出そうとドアを開けた。


 外に走り出そうとしたその瞬間、男はアッという声と共に躓いた。その時、聖は何かが侵入者の左足にしがみついているのを見た。それは小さな、赤ん坊のような小さな影だった。その影は逃げさせまいと必死に侵入者の足にとりすがっているようだった。侵入者はかなりの勢いで前に倒れ、その際ひどく顔面を打った。そして、そのまま気絶してしまった。


 「で、そいつ、何者だったの?」ホンが食い気味に問いかける。

 Sさんがクマーン・トーンらしき呪物を持ち帰ったときから執拗にSさんにつきまとい、この呪物が聖の家に移ってからは、聖の家の周りをウロウロしだしたのだから、この呪物に何かの関係があるのは間違いがない。でもいったいどういう関係なのか、ホンには皆目見当がつかなかった。


 「タイ人でした」と聖。

 「あの後、警官を呼びました。警官に連れて行かれた後の取り調べの中で、彼がタイで指名手配されており、偽造パスポートと偽名で日本で逃亡生活を送っていたことが判明しまして」


 「タイ人だったの?」ホンは叫んだ。

 「はい。本名はピチャイ某と言うらしく、麻薬の密売人だそうです。日本とタイの間で犯人引き渡し条約は結んでいないのですが、今回の件と不法入国の罪でタイに強制送還、その後、向こうで逮捕になるとのことです」

 「悪いやつ!タイの恥さらし!」ホンは頬を膨らませた。「でも、なんでそいつがクマーン・トーンを狙うの?」

「だからクマーン・トーンじゃないんだよ」すかさずデーン伯父がツッコむ。


「そのピチャイの供述なんですがね。実に不思議なんです」と聖は切り出した。

聖によると、ピチャイは自分の罪を少しでも軽くするために、警察に訴えたそうだ。「お巡りさん、この家族は悪いです。人形の中に悪いドラッグを隠しています!タイから来た人形です!」そう叫びながら、ピチャイは聖の家の中を指さした。


 困惑する警官に「どういうことですかね」と聞かれた聖は、仏間から枯木色の塊を持ち出して見せた。「多分、彼はこれを盗みに来たのだと思います」

 「これ!これ悪い人形!お腹のところ見て!」ピチャイが指さしながらわめきだす。

 

 警官は「ちょっとよく見せてもらえますかね」と丁寧に尋ねてきた。

 「どうぞ」と聖は差し出した。


 包み紙から取り出された枯木色の呪物は、聖が預かって保管していたわずか半月ほどの間に、水気を失い、明らかに状態が悪くなっていた。少し触っただけでも、パラパラと塗装が剥がれてくる。

 デーンは「ミイラ」と言っていたが、実際は木で作られた胎児の「人形」だった。膝を抱えるように丸くなっている姿に彫られた人形の頭の部分には、つぶったままの小さな目、小さな鼻、とこれまた小さなく唇が描かれ、新生児のものと思しき髪の毛や爪が植え込まれていた。

 今はもう古ぼけて色褪せているが、作られたばかりの頃は、色も塗られ、可愛らしい姿だったんじゃないのかな。これは…呪物なんだろうか。ふと聖はそう思った。警官は見たことのない形状の「人形」を前にして、息を呑んでいる。


 聖はそっとお腹の辺りに触ってみた。パリパリという乾いた音と共に、聖の指が人形に食い込んでいく。そんなに力を入れているわけではないのに…聖はちょっと慌てた。お腹の部分がパカンと割れた。腹の中は全くの空洞だった。そこには何もなかったのである。


 ピチャイはタイ語で何かをわめき続けている。おそらく「くそったれ!」とか「冗談じゃねえ!」とかそういう言葉だろうな、と聖はピチャイの表情から想像した。


 「何それ?」ホンは大きな目をクルクル回しながら、叫んでいる。本人は真面目に驚いているのだろうけれど、何とも可愛らしい仕草に聖は思わず微笑んだ。「聖!笑っている場合じゃないでしょ!タイの恥が日本に行った上、聖の家に侵入したんだよ!もっと怒っていいよ!」


 「でもね、どうしてSさんが買い付けた呪物に麻薬が隠されていると思ったのか、というか、なんでSさんの情報も知ってるのか、不思議ではありませんか」

「そうだ!そう!それも不思議!で、なんで?そいつは何て言っているの?」


「それがまた、不思議な話なんですよ」と聖が語り始めた。


 ホンは興味津々という表情で、画面越しの聖を食い入るように見つめている。デーンはというと、ホンとは対象的に、落ち着き払って聖の話に耳を傾けていた。

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