《六つの影》5


 焼け落ちた家々のあいだから、黒ずんだ霧がじわじわと広がっていく。

 その異様な気配に、兵がたじろぐ中、リィゼは一歩、霧の中心へと足を踏み出した。


「……やっぱり」

 声は、冷たい湖面のように静かだった。


「何か、分かったのですか?」


 リィゼはかすかにうなずき、地面に残る円形の焼け跡に視線を落とした。

 その輪郭は微かに燐光を帯びており、まるで何かを召喚した直後のようだった。


「これは模倣ね。私の魔法に、よく似せてある」


「似せて……?」


「ええ、術式の骨格も、私が召喚した幻兵たちと酷似してる。けれど、核がない。ただ形だけをなぞったもの。魂が入ってないのよ」


 リィゼの声は、少しだけ揺れていた。それは怒りでも悲しみでもなく、冷静すぎる理解の声だった。


「これは、私の幻兵が、この村を襲ったという証に仕立てるための工作。ここに私たちはおびき出されたってわけね」


「……っ、そんな……」


「ええ、汚いやり方。けれど、わかりやすい」


 リィゼは唇を引き結び、周囲を見渡す。


「封印される理由を作りたい人たちがいるのよ。この混乱の責を、わたしに負わせてね」

 リィゼの声は淡々としていた。


「彼らは、王国の安定を語りながら、裏で均衡を崩すことを恐れてるの。 だから、私をどうにかして封じておきたい」


 少しだけ、視線を遠くへと投げる。

「術者は、まだこの地のどこかにいるはず。さっきまで近くで操ってた」


 リィゼは地に指先を這わせ、ひとつ、残留魔力の向きを読むように霧を裂いた。


「探し出すわ。そして、彼らが何をしようとしているのか、洗いざらい吐いてもらう。魔女に魔法でケンカを売るなんて、思い上がりにもほどがあるわ」


 その言葉の奥には、静かな怒りと、切実な願いがあった。




 夜が明けきらぬ森の中――

 霧がまだ低く漂う村に、リィゼの目が光った。


「いたわね……」


 崖の向こう、朽ちた祠のそばに、魔力を操る小柄な男が佇んでいた。

 その周囲を囲むのは、上等ではない身なりをした男たち。


「盗賊と組んでる。……制圧するわ」


 リィゼが素早く指を二度、空に刻む。


 数瞬後、四方から鎖の音が響き、瞬く間に地面に縫い付ける。


 術師は膝をつかされながらも、不敵に笑った。


「おいおい、魔女ってのは大概だな。とんでもない力だ」


 リィゼは冷ややかに見下ろす。


「契約主は誰?」


「言うと思うか?おめでたいやつだな」

 男は肩をすくめた――だがその直後、


 バチッ――


 音もなく、その胸に黒い印が浮かび上がる。

 その呪印は、焔のように内から立ち上がり、喉元を焼き尽くした。


「――!」


 リィゼが駆け寄ったが、すでに術師は仰向けに倒れていた。

 もがく暇さえなく、ただ瞳を見開いたまま、命を絶たれている。


「……消された……これが警告なのか、それとも……誘いかしら」


 空が淡く色づき始める。

 だがその朝の光は、リィゼの影を長く引き伸ばすばかりだった。





 北部境界線にある小砦――

 朝靄のなか、盗賊らが無言で引き渡された。


 捕らえられたのは、盗賊と思われる男5名。

 指揮官の術師本人は、すでに命を絶たれていた。


 砦の兵は淡々と手続きを行い、拘束された者たちは地下牢へと送られていく。

 リィゼは彼らを一瞥しただけで、何も言わなかった。

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