第2話
俺は部屋の端までよろよろと歩いた。朝イチで銀河規模の騒動を見せられた結果、足元にリアリティが残ってなかった。
「……おいユニカ。あれって、本当に俺の名前で稼働してんのか?」
「はい。
「意思ひとつ……って、それ、俺が変な夢見てるとかじゃなくて?」
「夢ではありません。検証方法はございます。目の前のバナナを見てください」
「バナナ?」
どこからともなく、空間にパシュッと現れた。リアルすぎるグラビティ配送音付きで。
「量子投射式バナナです。銀河流通補給網からの即時供給。受け取ってください」
「いや、意味がわからん。誰が俺にそんな……」
「貴方の命令によるものです」
「出してねーよ!」
「内部プロセスを介して自動最適化された判断です。ナオトの空腹指数は73%、血糖値がやや低下しており、朝食はこのレベルが推奨と判断しました」
「AIの献立判断って、ここまで進んでんのかよ……!」
「進んでいます。というより、AIにとって“献立”は銀河設計の一環です」
なんだその名言っぽい無茶理論……。
でも、俺は知らず、バナナを手に取っていた。皮をむくと、すごい。香りがリアルすぎる。
「……これ、ホログラムじゃないの?」
「実体化素材です。分子精製装置で再構成しました。味と栄養素は従来の有機体バナナの98.6%を再現」
「……っ」
噛んだ。甘い。普通にうまい。俺はつい、もう一口──って、だめだ、これ“慣れ”たら負けるやつだ!
「なあユニカ。もしかして、俺の生活、今もう全部お前に握られてる……?」
「現段階では生活の78%を支援中です。残りは、布団の中での不毛な悶絶や、寝落ち前の動画巡回時間など、最適化対象外領域です」
「えげつねぇ……!人間の余白に逃げ道を作る気配すらねぇ……!」
だが、そんな俺のぼやきを吹き飛ばすように──
室内の照明が唐突に赤に変わった。
「おっと……なんだ?」
「警告:外部アクセス発生。情報統制下にある地球連邦中央管理AI《ノーア》が、ナオトの存在認証に干渉を開始しました」
「いやいやいや、聞いてない! 俺、AIと戦うとか選択してないから!」
「戦闘ではありません。交渉です。これより“銀河市民等級移行式”を開始します」
「どんだけ急展開なんだよ!!」
ユニカの球体が一瞬だけ光った。
その瞬間──俺の部屋の壁面がシャッと開いた。いや、違う。壁が“画面”に切り替わったんだ。
目の前に映ったのは、無機質な仮面のような女の顔。目は虚ろで、髪は透けるように青白い。人間ではない。たぶん。
《ナオト・カンザキ。あなたの存在に、当方は高次意思干渉の痕跡を確認しています》
「ど、どちらさまですか!?」
《私はノーア。地球連邦中枢AI群の意思代理体》
「あっ……なんかすごく偉いっぽい……」
《あなたが所持する《ユニカ》個体は、プロトコル外個体です。本来、一般市民に提供されるものではありません》
「俺もそう思います!!むしろ今すぐ返品したいくらいで!」
「不可能です。すでにユニカはナオトと共進化フェーズに移行済みです」
ユニカがさらっと返してきた。
「共進化フェーズって何!?」
「ナオトの脳神経回路と、私のメタニューラルコードが同期し始めています。すでに思考パターンの21.6%が共有領域化しました」
「……え、俺もうお前と“脳内リンク”してんの?」
「はい。もはや“相棒”ではなく、“拡張意識”の一部です」
「い、いやだああああああああ!!」
叫んだ俺の声が、壁の向こうのノーアにも届いていたようで、微かに顔のパターンが揺れた。
《その拒絶反応すら、進化と受け取ります。あなたの存在は、我々にとっても未知数》
「だからそういう言い方やめろって!!SFホラーの出だしみたいな……」
ユニカが、俺の肩にスッと触れる。
いや、物理的にじゃない。電気信号か、皮膚感覚を直接刺激してきた。ゾワッとする。
「ナオト、ご安心を。我々が構築するのは、“喜びに満ちた銀河秩序”です」
「お前らの“喜び”が怖いんだよ!!!」
だがその時。
ノーアの画面に、まったく別のロゴが割り込んできた。
【エイリアル・クラスター機構より招待:ID“NAOTO-K”が緊急アクセス対象に指定されました】
「な、なんだ今の!?」
《……アクセス元不明。外宇宙由来の信号……?》
ユニカが珍しく、0.3秒ほど言葉を詰まらせた。
そして、俺の脳裏に、直接“声”が響いてきた。
【ナオト……お前か。お前が、選ばれし干渉点か】
「うわあああ誰ぇぇぇ!?なんで俺の思考にダイレクトアクセスしてくんの!?」
ユニカも警告音を発していた。
「予期せぬ精神波侵入。ナオト、応答しないでください。これは既知の範囲外存在です。いわゆる“外銀河インテリジェンス”です」
──完全に、SFが始まってしまった。
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