第2話 神との邂逅
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
上も下もなく、左右も分からない。果てしなく広がる白一色の世界。壁らしきものもなければ、天井も床も感じられない。ただ、ぽつんと「ここにいる」という自覚だけがあった。
「……ここは、どこだ?」
思わず呟いたその声は、やけにくっきりと響いた。だが、返事はない。周囲を見回すも、何も変化はない。
――そうだ、俺はあの時……。
高校生たちを庇って、鉄骨の下敷きになった。助けた代わりに、自分が死んだ。そこまで思い出して、ふと背筋に冷たいものが走る。
「あなたが、田中湊さんですね」
不意に、背後から柔らかな声がかけられた。振り返ると、そこに一人の人物が立っていた。男か女かすら分からない、中性的な容姿。
吸い込まれそうな青い瞳。白磁のような肌。腰まで流れる金髪は光を宿して輝いて見える。あまりにも整いすぎたその姿に、俺は言葉を失った。
「私は神です」
静かに、穏やかに――まるで自己紹介のように。だがその一言は、雷のように胸を打った。
普通なら「は?」と笑い飛ばしてしまいそうな話だ。けれど、この空間と、この人物の存在感の前では、それすらできなかった。不思議と、納得できてしまう。そう、「この人なら、本当に神なのかもしれない」と。
「田中湊さん。あなたは亡くなりました。そして、私に選ばれたのです。どうか、私の眷属となり、滅びの運命にある世界を救っていただけませんか?」
唐突な申し出に、脳が処理を追いつけなかった。混乱している俺を見て、神は微笑を浮かべたまま、しばし口を閉ざす。その静かな待ち方が、逆にこちらの気持ちを落ち着かせてくれる。
少しずつ思考が整理されていく。自分が死んだこと、目の前に神を名乗る存在がいること、そして「眷属になれ」と言われていること。
「……眷属って、何ですか? あと、世界を救うっていうのは?」
「眷属とは、神の使いとなる存在。あなたに人智を超えた力を与え、神の意志を代行する役割を担ってもらいます。眷属となれば、ひとりひとりに合った力が一つから三つほど授けられます」
思わず、胸が高鳴る。年甲斐もなく、心が踊っていた。まるで少年のように、「自分にはどんな力が与えられるのか」と想像している自分がいた。
「ふふっ……話を続けましょう」
神は俺の心を読んだかのように笑みを浮かべ、再び言葉を紡ぐ。
「世界を救うというのは、その世界に降臨しようとしている“邪神”を阻止することです。もし降臨を許せば、その世界は滅びます。完全に、消えてしまうのです」
「……具体的に、俺は何をすれば?」
「邪神を降ろすには儀式が必要です。その儀式を、妨害してほしいのです」
「妨害って……まさか……」
「はい。儀式を行っている者たちの“排除”、そして儀式に用いられる道具の“破壊”です」
――排除。神はそう言ったが、それはすなわち、“殺せ”ということだ。
神の瞳がまっすぐ俺を見つめる。そのまなざしに、嘘も迷いもなかった。
「ここまで聞いても、田中湊さん。あなたは、私の眷属になってくれますか?」
――誰かを殺す覚悟なんて、正直言って俺にはない。
それでも、心の奥底で沸き上がるこの感情はなんだ? 恐怖でも、拒絶でもない。むしろ、わずかにワクワクしている自分がいる。
平凡で、冴えない人生だった。何かを成し遂げたこともなく、誰かの役に立ったこともない――そんな俺が、誰かを救えるかもしれない? そんな非現実的な提案が、どうしようもなく魅力的に思えた。
「時間は、いくらでもあります。あなたが納得するまで、考えてください」
そう告げられ、俺は静かに目を閉じた。思い返すのは、自分の人生。そして最後に、自分の命を投げ打って助けた少年たちの顔。あの瞬間に感じた、言葉では言い表せないあの感情。
やがて、ゆっくりと目を開く。迷いは、もうなかった。
「……俺は、あなたの眷属になります」
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