第55話 実は
父はハンナから、それまでの話を黙って聞いていたが、だんだん悪い笑顔になっていった。
婚約は白紙に戻すが、父はハンナが責任を取る必要はないと言い切った。
「それより新しい相手を探さなくてはいけないな。学園で良い出会いはなかったのかい?」
からかうような口調で父が聞いてきたが、父親が聞くネタではないと思う。
ハンナは真面目に答えた。
「私、アレクサンドラ殿下にいつもついておりましたので、当然、どなたとも知り合いになる機会はありませんでした。アレクサンドラ殿下とご一緒している時、知らない殿方が話しかけたら、殿下に対する不敬罪になってしまいます」
「そうだったの? なんだかその割には、うちにはいろいろなお申し込みが多いんだけどね」
ハンナはびっくりした。どんなお話なのかしら?
「まあ、それはそうとして、いままで人に貸していたこのタウンハウスなんだけど、もう自分で使おうと思っているんだ」
「お父様がお住まいになるのですか?」
「そう。この家はもう十年ほど前かな? とある侯爵家から買い取ったんだ。投資の一環としてね。ただ、私たちは住む必要がなかったので、人に貸したりしていたんだが、今からはハンナの縁談の為に使おうと思っている。そのためには華やかな社交をしなくては。自宅生なら、在学中でも遠慮はいらない。ハンナはここで、パーティを開いたり、お茶会を催したりして欲しい」
「えっ?」
ハンナは困った。
やり方がわからない。
招待状をばらまいたり、お茶菓子やパーティの席順を決めたり、そんな面倒くさそうなことをやるの?
「あのッ。私、アレクサンドラ殿下についていなくてはならないので」
パーティの開催は無理です。
「そうだね。ご学友はやめられない。そのお勤めがなければ、自宅生になるべきところなんだが」
「えっ?」
それも無理だ。出来るだけ学校に近いところに住んでいないと。
考えてみたらハンナは忙しい。
ご学友として、やらなくてはならない用事は結構多い。トンプソン先生から言いつけられることもあるし、パース公爵夫人から指令が飛んでくることもある。学業もおろそかにはできない。
更に、エリック様がいた。
だけど、父は優雅に笑った。
「ジョージなんかにバカにされるわけには、いかないじゃないか」
お父様って、そんなにライバル意識の強い方だったかしら。
「ハンナ。まずはドレスだけど、マリアをつけるからすぐに手配するように。もっと派手なドレスにしてね」
「ご学友ですからこんなものかと思っているのですが」
ハンナはあわてて言った。
「むしろ地味な方がよいかと」
「そんなことはない」
父は即答した。
「ハミルトン家はそんな家ではない」
え。そうなの? お金は大丈夫かしら?
「ご学友は、それ相応に華やかでなくては。ましてや、アレクサンドラ殿下は隣国の王太子妃になられる方だ。そのご学友なんだ。どれほど華やかでも問題はない」
そうなのかしら?
「お母さまを王都にお呼びしよう」
父は言った。
「パーティにはお母さまの手腕が必要だからね」
母と言えば、弟たちの世話をしたり、夕食や昼食のメニューに気を配ったりしているところしか見たことがないし、田舎の小さな一軒家に住んでいて、パーティどころかお茶会も開いたことがない気がする。母が王都で大パーティをするだなんて想像もつかなかったが、それでも大人だ。ハンナよりましだと思う。
「お母さまにご迷惑をおかけして……」
ハンナはつぶやいた。
「娘の為だ。当然だろう」
「お母さまはパーティの経験があるのかしら」
ハンナは心配そうにつぶやいた。田舎の家の近くにある、どこかの大貴族の大城館では、ごくたまに夜を徹して大パーティが催されることがあった。
少し離れたハンナの家からも、その華やかな様子はうかがい知れた。
離れていてもわかるくらい煌々と光が灯され、地元だけではなく王都からも貴族たちが馬車を連ねて参加すると聞いた。
そう言えば両親もそのパーティには、参加していたと思う。ハンナも、夜の大パーティには出なかったが子ども同士の昼の簡単なパーティには参加した。皆、とても優しくしてくれる楽しい会だった気がする。弟が生まれてからは、あまり参加しなかったが。
「田舎のうちの家の近くには大城館があって、たまに大パーティを開催していましたわね。お母さまも参加されてましたわよね」
「ウチのパーティね。何回も出たでしょ」
「ウチのパーティ?」
「パーティする時は、本邸でやるからね」
「本邸?」
「ほら。大きすぎて迫力があり過ぎて、家庭的でないってお母さまが言うので、田舎家風の別邸に住んでたけど、まあ、パーティを開くときは人数の関係があるから、あちらでやらないとね。お客様も本邸の方が、気分が出るらしい。狩猟シーズンの幕開けのパーティは、ここ数世紀うちが開催することになってるから仕方なくてね」
「あ、あの、お父様は狩猟はなさらないのにですか?」
父は肩をすくめた。
「仕方ないだろう。狩場のほとんどがウチの所有地なんだから。確かに、僕は今は狩猟はしないけどね。若いころは一通りやったよ」
「あの大城館は、誰のものなのですか?」
ハンナは念のため、父に確認した。
「ウチの、ハミルトン家の本邸だよ」
父は何を言っているんだと言った様子で返事した。
ハンナはくらくらした。
ハンナは、なぜかいろいろと誤解していたらしい。
そして、その日から本当にハンナの生活は変わった。
急ぎ仕立て屋に作らせたドレスは、ハンナにとてもよく似合っていた。
一着はスミレ色で一見地味そうだったが金のコードで繊細な飾りがついていた。もう一着の可憐な小花柄のドレスは、誰でも持っていそうなドレスだったが、仕立てが秀逸でハンナのかわいらしさを際立たせた。
学園にそのドレスを着ていくと、誰もかれもが、目を泳がせたくらいだ。
そして母がやってきた。
「パーティをするわよ」
母は何でもなげに言った。
「あの、私がですか?」
「違うわ。私が王都に戻ったパーティよ。でもあなたも参加するのよ」
母は、田舎暮らしでも、王都でも全然変わっていなかった。
王都で萎縮するかもと思ったのだが、とんでもなかった。
「あの侯爵家の御曹司と結婚するなら、今のままでもいいと思っていたのだけど。だって、あの若者はあなたを一生大事にするって誓ったのですもの」
「えっ?」
ハンナはたまげた。
「全然話が違いますわ! ジョージ様はご学友の話が出た途端、私へ、当面会えないからと手紙をよこしました」
母はにっこり微笑んだが、ちっとも笑っていないことが感じとれた。これはあれだ。父のと同じ笑いだ。
母はハンナを抱きしめた。
「ごめんなさい。あんな人を婚約者なんかに選んで。地味でも幸せな生活をと思ってしまったの。王都で、華やかに人々と付き合って暮らしていくのは、おとなしいハンナには難しいかもと勝手に思ってしまっていた私たちを許して」
「いえ。お母さま。私は地味ですから」
「違うわ。あなたは、アレクサンドラ殿下と知り合いになっても、全くめげなかったではありませんか」
「めげる?」
「王族とのお付き合いはとても難しいのよ。身に沁みているわ。相手の気持ちを読み取る能力、周りからの圧力を気にしない、落ちこまない、常に明るく気持ちに変化がない、それから何よりも頭の回転の速さと判断力よ」
「そんなもの、私には何一つ備わっていませんわ」
「そうじゃないのよ。全部、備わっていたの。だからアレクサンドラ殿下はあなたをそばに置き続けたし、パース夫人もあなたを使いまくったわ」
確かに。それはそうだ。
「で、ジョージをごらんなさい。フィリップ殿下は、ジョージなんかそばに寄せ付けなかった」
「あ……」
それはその通りだ。
というか、全く気に入られていない。
「だからね、ジョージなんか要らないわ。婚約破棄ですって? 望むところよ」
ウチの両親、意外と強い?
「まずは、圧倒的な財力の差を見せなくっちゃね」
そばで母の話を聞いていた父が、優し気に微笑んだ。
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