第37話 護衛騎士エリック様との関係
「今日、ここへお呼びしたのは、実は護衛騎士のエリックのことですの」
や、やばい。
「噂になってまして」
実はハンナはあまり噂の収集をしていなかった。それどころではなかったのである。
週に一回、護衛騎士様とのデートが設定されている。衣装は必ず変えなくてはならない決まりなので、必ず前日にはドレスメーカーのハドソン夫人が、例の護衛騎士の控室らしい秘密の部屋にやってきて、試着を繰り返した。
本来、その部屋は護衛騎士のテリトリーだし、護衛騎士様はいつも気配を消している。本当にいないのか、気にはなったが、そこしか着替えの場所がなかった。寮の部屋は個室だが、あんな派手なドレスを持ったハドソン夫人一行が何回もやってきたら、絶対すぐに噂になる。
ドレスについては、ハンナだって、内心はちょっとだけ嬉しかった。流行りのサーモンピンクの思い切り華やかで愛らしいドレスや、グリーンの濃淡の縞の生地に白のレースがアクセントに使われたドレス、髪も似合うように結ってもらえたし、なにしろ化粧が抜群で、別人のようにかわいくしてもらえる。美人だと言ってもいいくらいだ。
その姿で会うと、エリック様は一瞬息を飲む。
「とてもきれいだ!」
ハンナもちょっと嬉しい。だが、一応、これはビジネスなので、嬉しそうにするわけにはいかない。ちょっと愛想笑いをして、馬車から出ようとすると彼は駆け寄ってきて、手を貸してくれる。
まあ、この程度ならとにかく。
確かに着飾れば着飾るほど、エリック様の反応はおかしくなっていった。
行動はエスカレートする一方。
一方でハンナは、エリック様を止め立てする心の余力がどんどんなくなっていく気がした。
為に放置し……本当は噂を集めなくてはいけなかったのに、机からサファイヤのイヤリングを取り出してみてはため息をついたりしていた。
私のバカ。
一体ジョージはどんな噂を流したのかしら?
ジョージは、とにかくハンナの悪い噂を流すんだとヒルダ嬢に宣言していたもの。
婚約者がいるのに、別の男と逢瀬を重ねているとか。
確かにッ。確かに、エリック様という、正直に言うと、極上の男とデートを重ねてきた。
好みなのかと言われれば、よくわからない。
わからないけど、ジョージを思えば、月とカメムシくらい違う。
リリアンとマチルダの恋人もすてきな人たちだった。
でも、エリック様ほど素敵じゃないと思うの。
でも、そんなことを口の先にも出すわけにはいかない。
考えないようにしなくちゃいけない。
「実はキャンベル家のジョージがヒルダ嬢とデートを重ねていると言う噂が流れているの」
は?
そっち? ハンナじゃなくてヒルダ嬢?
「まあ、そう言えば、そうですわね」
よく考えたら、ジョージとヒルダ嬢はデートしていた。あれは作戦会議だと言っていたが、デートにも見える。いや、多分デートだ。
「それでねえ。そのデートの中身なんですけど、ジョージがヒルダ嬢にご自分の悩みを打ち明けて、ヒルダ嬢がジョージに同情して慰めていると言う噂なのよ」
え。
そうなの?
物事というものは、見方によっては変わるんだと言うことを、この時ハンナは身をもって知った。あの二人がそんな風に見えるのか。
「な、なるほど。そうかもしれません」
「そうなのよ。それで、その噂を率先して触れ回っているのはジョージなの」
「なぜ?」
聞きようによっては、ジョージは情けない男に聞こえるけど。
「そしてジョージの悩みはね、婚約者のあなたが第二王子のフィリップを狙っていると言うことなの。つまり被害者ポジション」
ハンナは絶句した。
狙う。しかもあのフィリップ王子を。
目までかぶさっているボサボサの黒髪や、縁が異様にごつい黒い眼鏡、高い襟に埋没してしまって、顎どころか顔の半分くらいが見えていない。
「それはありませんわ!」
エリックが相手じゃないなら、ハンナはいくらでも強気に出れた。
「まあまあ。ことの真偽はさておいて、野心家のハンナ嬢は、不貞をしている、ジョージの手に負えないと言うロジックなのね。で、それが縁で仲良くなれたヒルダ嬢と真実の愛を育んでいるそうなの」
最初と、話の設定が違うじゃないか!
「噂というのは恐ろしいものでね。何の根拠もないのに、広がるのよね」
ハンナはさらに顔色青ざめた。
「でもね、これで驚いちゃいけないわ。フィリップに関しては、もっとすごい噂が流れているの」
「まあ! あの殿下にですか?」
ハンナの知っている殿下は、格好は変だけど、まともで常識的だ。
最近は、まるでお見かけしないけど、特に奇行をやらかすとも思えない。
「うーん。フィリップは、実はエリックと名乗って、隣国へ留学してたの。まあ、エリックはミドルネームね。で、隣国では、キモい勘違いのセクハラ物件で鼻つまみだったの」
ちょっとだけ理解するのに時間がかかった。
「え? まさか。あの殿下にそんな黒歴史が? そんなことはなさらないと思っていました」
後ろの方でカタカタという音がした。いつもなら気配を消している護衛騎士が変な音を立てていた。だが、今はそんなことは問題じゃない。
「人は見かけによらないのですね。私、お話した限りでは、そんな方とは全然気が付きませんでした」
「あの格好よ? 世間話をするくらいならともかく、俺のことを好きだろうとか、イヤリングをつけてやろうとか言って突然近づいてきたら、逃げるわよね?」
どこかであったような話だけど。
「突然、知らない方に言われたら怖いと思うかもしれません」
「しかも、王子殿下という身分を隠して留学していたので、どこの誰だかわからないのよ。でも、本人はこれまで王子だったでしょ? 誰もが自分を知っていると思って、自信満々だったのよ。見るも無残に嫌われてしまって」
「殿下、おかわいそうですわ」
「ハンナはやさしいのね」
「でも、殿下はこれまで殿下でしたかもの。勘違いセクハラ野郎になってしまっても仕方がありませんわ」
何気にハンナ、ひどい。
逆にアレクサンドラ殿下は、その通り!と言った様子でうなずいた。
「そのことを知っている隣国の方々がたまたま留学して来ていて裏付けたものだから、フィリップの噂は確定したの」
ハンナは絶句した。仮にも王子殿下に向かって、これは不敬罪では?
「要するに、今はフィリップとあなたに関する噂が蔓延している状態なの。で、フィリップの噂は、まあ、自業自得で放っとくしか仕方ないんだけど……」
なぜか護衛騎士の鎧が、猛烈にガタガタ言い出したが、アレクサンドラ殿下は完ぺきなまでに無視した。
「あなたの噂は、かわいそうだわ。だって、あなたは、いわば私に頼まれて、護衛騎士のエリックに付き合ってデートしていたのでしょ? それをネタに不貞だなんて言われても困ると思うの。ですから、週に一回、私とお茶をしていたことにすればいいと思うの」
それは……とてもありがたい話だった。王女殿下とお茶をしていたと言うなら、殿下が証人だ。誰一人文句は言わない。
「それは、とてもありがたいです」
心からホッとして、ハンナは言った。
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