第14話 良縁の呪い
ハンナはアレクサンドラ殿下にこの話を通した。
「ヒルダ嬢が?」
アレクサンドラ殿下の機嫌は急降下した。
「もちろん、彼女は知り合いよ。でも、友達じゃないわ」
友達にしたくなかったんですね。分かります。
「厚かましい。それにハンナにも失礼よね? ヒルダ嬢のお願いなんて、聞いてあげる必要はないじゃない」
ハンナはハッとした。
なんだかヒルダ嬢の圧に負けてそこに気がついていなかった。
だが、ハンナはせっせとジョージに手紙を書いた。あんまり会いたくなかったからだ。出来れば手紙で済ませたい。
でも、アリバイだけは作っておきたかった。ジョージにお知らせさえしておけば、無視したジョージが悪いのである。
そしてフィリップ殿下とアレクサンドラ殿下と一緒に固唾を飲んで、ジョージがどう出るか今や遅しと待ちまえていたが、何事も起きなかった。
「手紙が届かなかったのでしょうか?」
「ジョージは僕と接触がないからね。どうにもできないと思うよ」
こう言ったのは、髪とメガネと襟で人相がさっぱりわからないフィリップ殿下だった。
「僕のことは、放っておいて欲しいんだよ。なんでヤツがあれこれ指示するんだ」
彼は妹のアレクサンドラ殿下のチームに入りびたりだった。ご学友チームである。
ハンナにとって、フィリップ殿下は謎だった。
どうして王子殿下ともあろうお方が、顔を隠すような真似をしているのかしら?
双子なので年は同じだけど、アレクサンドラ殿下は光り輝くような美貌だ。噂では一目見た隣国の王太子殿下は、それはもう熱心に求婚してきたそうだ。双子のフィリップ殿下だって、少しでもアレクサンドラ殿下に似ていると言うなら、顔を隠すだなんて、もったいない。
フィリップ殿下は学園に入学前、隣国へ留学していた。かの地では、大人気で、まとわりつく女性を振り払うのに苦労したと聞いたことがある。噂が流れてくるのは速く、婚約者の居ない麗しの王子殿下の入学に、学園は期待度マックスだった。
しかし、学園に入学してきた殿下を実際に見て、全員、がっかりした。
「よほど顔がまずいか、変人かどちらかよねえ」
「王子殿下のことを悪い様には言えないですものね」
ハンナは、そんな噂が聞こえてくるたびはらはらしたが、フィリップ殿下は落ち着いたものだった。
「いいんだよ。この方が落ち着く」
ハンナ的には、顔がわからない変人臭い殿下はむしろ歓迎だった。
ダリア嬢やバイオレット嬢を忘れたわけではない。その後、果敢に挑んできた某侯爵令嬢、某伯爵令嬢、某男爵令嬢のケースも忘れていない。
ご学友を替われとか、フィリップ殿下に紹介しろとか、言いたい放題である。
あれっきり、向上心あふれる女子生徒の来訪がないところを見ると、顔がわからない殿下作戦は、女子生徒の意欲を大幅に削ぐ効果を発揮しているのだと思う。ついでに、ハンナへの嫉妬とかやっかみも、少なくなったのではないかと期待している。
ハンナはやりたくてご学友を務めているわけではない。
それに、王子はアレクサンドラ殿下に比べると、ずっと楽だった。
なぜならアレクサンドラ殿下は、隣国の王太子妃と決まっていた。本人はケロリとしていて、割とやりたい放題だったが、パース夫人を始めとしたお付きはピリピリしていて、ハンナにもそれは伝わってきた。
学園内での殿下の素行は、殿下お気に入りのハンナに任せた! みたいな空気が流れだしてきた時、ハンナは焦った。
何をどうしたらいいの?
フィリップ殿下がいると、アレクサンドラ殿下の行動の良し悪しが伝わってくる。それに止めてくれる時もある。大変に助かる。
それはとにかく、フィリップ殿下へのヒルダ嬢のアプローチ問題は、実は深刻だったらしい。
アレクサンドラ殿下がこっそり教えてくれた。
「まあ幼馴染でね。従姉弟ですから。昔からあの調子なの」
つまりアレクサンドラ殿下にとっても、ヒルダ嬢は年の近い親戚ということだ。
しかし、殿下お二人とも、そんな雰囲気はまるでなかった。完全に赤の他人扱いである。
「小さいころから仲が悪いって言うのは、大きくなってからも、根本的にダメなのよね」
アレクサンドラ殿下とヒルダ嬢のことか。
「フィリップも大嫌いでね」
「はあ」
ハンナはまぬけな返事をした。確かにフィリップ殿下が嫌いそうなタイプだなとは思う。
「でも、良縁なのよ。年回りと言い、財産と言い」
アレクサンドラ殿下はため息をついた。
「ヒルダ嬢の公爵家は王家の分家で一人娘なの。フィリップは、ああ見えて有能なのよ。ヒルダ嬢の父上はフィリップを婿に迎えたいと思っているの。そうすればヒルダ嬢のおうちは安泰だと公爵は思っていらっしゃるに違いないわ」
うーん。こうなるとハンナにはよくわからない。なにせ一介の伯爵家だ。
「つまりね、公爵はお金遣いが荒いの。浪費家というより、抜けているのよ。かなりの資産を食いつぶしているわ。娘のヒルダ嬢はあの通りで、気が利かないし。誰か経営に手腕があって身分に申し分のない人物を探しているのだと思う。フィリップは、その条件にぴったりなのよ」
「お断りになるわけには……」
「もちろん断れるわ。だけど、これはいわば身内の問題。あまり冷たくあしらうのもねえ……。だから、フィリップは留学したし、帰国後は出来るだけ変な格好をしているのだと思う」
ハンナはひらめいた。
「変な格好をやめられたらいかがですか? 今はすっかり下火になりましたけど、最初のころは、私のところへ殿下への伝手を求めて何人もの令嬢が来られましたわ」
アレクサンドラ殿下は、疑わしそうにハンナの顔を見た。
「その方たち、ヒルダ嬢の公爵家に勝てそうかしら?」
うん。言いたいことはよくわかった。無理そうだ。
「このままだと、フィリップ殿下は婿入り確定ということですか?」
フィリップ殿下がいない時だったので、ハンナは声を潜めて聞いた。
「だから、困るのよ。これでヒルダ嬢がフィリップ殿下は絶対、
なーるほど。
それで、あんな変人風を……。
変人風とかではない。大成功だ。すごい変な人みたいだ。
アレクサンドラ殿下は力なく笑った。
「ヒルダ嬢、どうするつもりかしらね。誰かが探ってくれるといいんだけど」
仕方ない。
ハンナは決意した。
「わかりました」
ハンナは、偵察隊にリリアン嬢とマチルダ嬢を徴収した。ハンナはヒルダ嬢とジョージに顔を知られている。スパイなんか無理だ。
まあ、こういう用事が出てくるから、ご学友は大変なのである。
参謀本部には、アレクサンドラ殿下たちのための秘密の部屋が学園内にはあったので、そこの使用許可を得た。お仕えする護衛騎士たちのための部屋で、最初、ハンナたちは小さくなっていたが、護衛騎士が気を遣ってお茶を振る舞ってくれたりしたので、ハンナたちもお茶菓子などを持参するようになった。
職務上、護衛騎士たちはハンナたちと話はしない。黒子に徹している。しかし、特製ミートパイを持参した時は、感激したらしく、全員が首の周りにナプキンを巻いて、ナイフとフォークを構えて完璧な試食態勢でテーブル周りに陣取った。しかし、完全にナプキンを巻いてしまったがために、兜の口部分が開かなくなって食べられず、やむなく、お互いにナプキンの
さすがに王家界隈を護衛するだけあって、育ちの良さが垣間見れた一幕だった。
そんなある日、マチルダ嬢が息を切らせて戻ってきた。
「見たわ!」
三階まで階段を登ってきたのだから、息も切れようというものだ。
「あれ見て!」
マチルダは窓の外を指した。
ハンナとリリアンは、あわてて窓から外を見た。部屋は三階にあって、中庭が見渡せる。
「あそこよ!」
男女が親密そうに話し合っている。
「誰かしら?」
「ヒルダ様とジョージよ」
呼び捨てにして良いわけはない。けど、いいか。ジョージだし。
「フィリップ殿下への取次を頼んでいるんじゃないの?」
話の脈絡から言えば、当然そうなるはず。
「違うのよ! 私、通りすがりに話を聞いたの! 単なる通行人のふりをして」
マチルダ、できる子!
「そしたら、ジョージがヒルダ様をデートに誘ってたわ!」
「デートに誘う?」
役者が違いませんか?
リリアンとハンナは、マチルダを振り返った。
「なんて言ってたの?」
「『作戦を練りましょう。こんな場所では目立つので、街のカフェで待ち合わせませんか?』って!」
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