第7話 アレクサンドラ殿下
誰にも話すなと言われたが、話さないわけにはいかなかった。
リリアンとマチルダに、である。
なにしろ、王子王女の入学は、一週間後なのだ。そして、トンプソン先生のあなたのお友達発言は、絶対巻き添えになることを予想しての発言だ。
話を聞いた二人は、ため息をついた。
男爵家では、王女殿下のご学友にはなれないのは納得できるし、正直、なりたくない。だが、彼女たち以上に、ご学友にめちゃくちゃなりたいのになれなくて、絶対に納得しないに違いない伯爵令嬢が、多分二人いる。
「いよいよ戦闘開始ね……」
マチルダがため息をついた。
嫌すぎる。
「大丈夫。私たちはあなたの味方よ」
「そうよ。陰ながら応援するわ」
それって、私が表立ってに戦えってことなの?
ハンナは、また、ため息をついた。
アレクサンドラ王女殿下とは入学の数日前に顔合わせをした。
もったいなくも殿下の私室に秘密裏に呼ばれたのである。
伯爵令嬢が王宮に呼ばれるなんて全く予想していなかった。
しかし、考えてみれば、殿下が入学前に学園に出向くことなん絶対ありえない。
ハンナは、紺色のドレスを選んだ。
かわいらしい白の襟が付いている。真面目そうで清楚できちんとしている。
ひやひやしながら、おとなしく案内役のパース公爵夫人の後をついて行った。
「私は王女殿下が学園に行くことには反対です」
パース公爵夫人は、どうもトンプソン夫人に似たキッチリ感がある中年の威厳たっぷりな貴婦人だった。
「しかし、フィリップ殿下が学園に行きたいと希望を出され、それが通ったと聞いた途端、ご自分も強く希望されまして一年だけという期限付きで許可されました」
入学が中途半端な時期になったのは、生徒ではなく聴講生という立場を強調したかったせいらしい。
「しかし、トンプソン先生が、そのせいでクラスに馴染めないと困ると意見を出したので、ご学友として、よい生徒を紹介するよう命じて、あなたが選ばれたと言う訳です」
「誠に光栄でございます」
ハンナは答えた。なんで自分のところに、そんなめんどくさい役回りが回ってくるのか。
「では、アレクサンドラ殿下のところへ参りましょう」
王宮に入るだけでも相当面倒だった。王女殿下の通学はどうするのだろう。
他人事ながら、考えただけでも憂鬱だった。
もしかすると、ハンナは毎朝、馬車までお迎えに行かないといけないかもしれない。
ご学友とか言っているけど、体のいい無給の侍女じゃなかろうか。
「アレクサンドラ殿下、ご学友のハンナ・ハミルトンをご紹介いたします」
「パース公爵夫人、私は決められたご学友なんか必要ではありません」
うっとりするくらいきれいなアクセントだった。
ハンナは部屋に入ってすぐにお辞儀をするのに忙しかったので、ご尊顔をすぐには見られなかったが、声はしっかり聴けた。
「友達は自分で選びます」
アレクサンドラ殿下、いい人!
「最初からお友達ができるわけではございますまい」
ピシリとパース公爵夫人が言い返した。あとで知ったがパース公爵夫人は、国王陛下の姉上だった。つまりアレクサンドラ殿下の伯母様。
その時は知らなかったので、結構きつい口の利き振りにハンナは肝を冷やした。
「ハンナ・キャンベルと申します」
怯えながらハンナは自己紹介した。パース夫人が自己紹介しろと目線を移したからである。
そして、目をあげて初めて見たアレキサンドラ殿下は、まるで黄金のような金の髪と紫がかった青い目、陶磁器の肌を持った、はっと息を飲むような美少女だった。
巷に流布されている肖像画を見たことがあったが、いずれも誇張されているのだと思っていた。
違っていた。本物はキラキラと輝くように美しい。
「心配なのですわ。アレクサンドラ殿下。学園には身分の低い者も大勢おります」
そりゃ心配だろう、こんな美少女。父ではないが、殿下に婚約者がいるといいなあと思った。
「だからこそ行くのよ。楽しそうじゃない」
ハンナは作り笑いを口元に浮かべた。
余計なファンがついて、押し寄せたらどうしたらいいのだろう。追い払うのはハンナの役目なんだろうか。
自分も結構お花畑で育てられたと自任していたが、これはそんなレベルじゃないかもしれない。上には上がいるものである。
アレクサンドラ殿下から、全面拒否されてハンナは疲れ切ってしまったが、案内をするのは初日だけという条件で、殿下の許可をもらうことができた。
よかった。一日だけくらいなら辛抱できる。
殿下に気に入られなかった件は、トンプソン先生の判断にケチをつけたようで申し訳なかったが、アレクサンドラ殿のあの調子では誰がご学友に名乗りを上げても大差ないだろう。
なかなか活発で自分の意見を通す方と見た。
ハッキリ言って余計面倒くさい。
ハンナは、ほとんど口を利かず、寮に帰った。
買い物の為の外出、と言うことになっていたが、ハンナの部屋には友人二人が緊張した様子で待っていた。
「安心して、リリアン、マチルダ」
ハンナは声を潜めて、二人にささやいた。
「アレクサンドラ殿下からは、入学初日の一日だけ付き添ったらもういいと言われたわ」
「どういう意味?」
リリアンとマチルダは、眉を寄せて聞いてきた。
「ご学友は自分で選ぶんですって。人に決められたくないっておっしゃるの。きっと私のことが気に入らなかったのだと思うの!」
気に入られなくて喜ぶってどうなのだろう? だけど、ハンナは解放されたような気分だった。確かに王族と知り合いになるのは名誉でもあるし、メリットも多い。だが、面倒くさいと思う。
しかしながら、翌日、トンプソン先生はハンナに大ニコニコで声を掛けて、先生の部屋に呼んだ。
「素晴らしかったわ、ハンナ。先生が見込んだとおりね!」
ハンナは目を白黒させた。
「わ、私、アレクサンドラ王女殿下のお気に召さなかったらしく、先生にはご迷惑を……」
「何を言っているの! 殿下は入学当日の付き添いを認めたそうじゃないの! ずいぶん気に入られた者ね! よかったわ。許可してもらえないと思っていました」
「え……」
気に入られていたの? あれで?
「考えてもごらんなさい! あの美貌で王女殿下です。誰かガードがいないと大変なことになるかもしれないでしょう? しっかりした友達がいれば、それだけ安心というものよ」
ミッションがハード過ぎる。ハンナはげっそりしたが、何も言えるわけがない。入学当日を静かに待つしかなかった。
当然、殿下の入学は生徒たちには大注目の的になっていた。
「しかも、殿下の為に、
「まあ! それは知らなかったわ。でも、なぜダンスパーティなんか?」
「王子殿下と王女殿下のたってのご希望らしいわ。王女殿下は一年しか通えないことになっているでしょう? ダンスパーティの時期に在学しているかどうかわからないので、実施するんですって! さすがは王子殿下、王女殿下ね!」
えええー。そうだったのか。
でも、余計めんどくさいような。
殿下たち、踊りたいのかしら。
ハッと気がついた。
王女殿下だけではない。王子殿下と言う人もいる。
パートナーに立候補しそうな女子生徒は多いかもしれない!
「面倒くさい……」
男が王女殿下に近づこうものなら、トンプソン夫人もパース公爵夫人も、駆けつけて加勢してくれると思うけど、男性王族の場合はどうなのだろうか。守りはご学友がやるのかしら?
ただし、これはジョージの領域だ。ハンナは関係ない。よかった。
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