おじめい小ネタ

ナキエイドー

20230219

去るコミティアで「・・・ずとも・・・」と一緒に配布した無配小話です。おじめい10話のあとの話。

せっけんを買いに行く典明とめいちゃんmeets烏口さんと朝日。




 梅雨が明け、夏が準備を始めたころ。

 高校生の姪に強引に誘われて行った動物園の帰りの電車で、叔父である典明は猛烈な眠気で気を失いかけていた。

 高校生の体力は異常だ。しかしこちらは週のうち五日は家にいるような生活のおっさんである。一日中歩き回って明日以降(明後日かもしれない)の筋肉痛を案じる一方、隣の席に座る姪はショッパーから今日買ったばかりのぬいぐるみを取り出し嬉しそうに眺めていた。

 アリクイの腹部に犬の頭部が縫い付けられていて、おそらく犬がアリクイを着ているのであろうが、典明にはどうもアリクイの腹を食い破っているように見える。


「あ! ついでに寄りたいとこがあります」


 思い出したように芽生が宣言する。家で洗顔用に使っている石鹸がもう小銭くらいのサイズになっているので買い足したいらしい。

「顔じゅうステキな匂いになるから大好きなんだ、ふみちゃんも香ったことあるはずだよ」

「顔の匂いわかるほど他人に近づくことあるかよ」


 まどろむ意識をなんとか目覚めさせながら自分の常識のまま言葉を返したが、いや、こいつならあるか、という気もした。


 大きい駅で降り、姪の導くままに改札から地続きにある商業施設を歩く。着いたのはバス用品店で、色とりどりの石鹸やら入浴剤やら、自分には縁遠い、多分風呂に入るときに使うナニカがずらりと並んで店舗全体が強い芳香で満ちている。


「あっ! 見てほら、すごい色のシャワージェルだよ。全身緑色になっちゃうかもね」

「石鹸買うんじゃないんか」


 シャワージェルが何かすら知らないし、こっちは早く帰って風呂入って寝たい。

 今日はこの暑いなか一日晴天の屋外を練り歩いて流石に汗だくになった。無理やりの外出は心にこたえたものの、なんだかんだ気持ちよく疲れられた。ダメなときは身を清めることが難しい日もあるが、多少強引にでも入浴せざるを得なくなったのも実際のところありがたい。

 まあそれは本人が知ったら調子に乗りそうなので言わないが。

 芽生は明確な目的があったにも関わらずジグザグと興味のままに立ち止まる。菜の葉に飽たら桜に止まれ……なんて童謡の一節を思い出しながら、目的の石鹸コーナーに着いた。


「今のこの時期にしかないんだよ〜」


 棒の状態から切り出したであろう台形のブロックが様々な種類並んでいる。はちみつ、シーソルト、ローズ、黄色、水色、赤、透明と不透明がまだらに混ざったもの、層になっているもの。詳しいことを知っていたらもっと楽しめる空間だろうなと思った。

 有識者の蝶は「えーっと」と行儀良く並ぶ花から花へ一つずつ遊んでいき、透明な紫と薄い青のグラデーションを見つけるとそこにとまった。人気のようで、数個残すのみだった。


「これだっっ」


 アジサイと書かれたその石鹸をひとつ手に取りこちらに向けてきたので、嗅いでみろの意志を受け取り顔を寄せる。アジサイのにおいは正直覚えていないが、すっきりとして優しいものだった。「いいじゃん」と一言感想を伝えると蝶は満足げに笑い、売り場に残った全てのアジサイを手に取りレジへ向かった。好きな花を独り占めする強欲な個体だ。

 会計を開始しようとした直前、後ろから男女の声で「なくなってたねー」「アジサイがこんなにも大人気なんて……」と嘆きが聞こえたのを芽生は聞き逃さなかった。


「ちょっと待ってください!」


 レジに向かって叫ぶと、店を出ようとする男女を慌てて引き留める。一方の相手さんは、知らない高校生に急に話しかけられてえらく驚いている。

「はんぶんこしましょう、三こずつ」そう言ってレジに置かれた大量のアジサイを指さす。

 話を理解した二人はありがとうね、でもそんなにいらないわ、とひとつだけ引き取った。


 

「人助けって気持ちいいなあ!」

「強欲のおすそわけだろ」石鹸を五つも抱える典明が突っ込む。

 そのうち一つだけは個包装されていて、典明の顔をステキな匂いにするのを待ち構えていた。

 


「あの子、持ってましたね。アリクイさんぬいぐるみ。袋から透けてた」

「ぼくら行ったとき売り切れてたら、またあの子にはんぶんこしてもらおう」

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