第49話 抜かぬならそれでもよい

 どれほどの時が経っただろうか。

 場内には一切の音がなかった。

 誰も咳ひとつせず、ふたりの間にある“何か”を壊さぬようにと息を潜めている。


 その沈黙の中で、剛がわずかに口を開いた。


 「——抜かぬなら、それでもよい」


 静かな声だった。だが、その響きは会場全体に届いた。


 望月は動かない。

 だが、その目だけが、わずかに細まった。


 「互いに動かねば、勝負は決しない」


 「……だが、それならそれでいい」


 剛はそう続けた。


 勝敗を望まないのではない。

 ただ、無理に決着を求めることが、“武”における唯一の正しさとは限らない。


 斬らず、立つ。

 そのまま終わることもまた、“在り方”のひとつ。


 望月は、ゆっくりと息を吐いた。

 その呼気の重さが、何かを手放すように見えた。


 だが——次の瞬間。


 望月の全身から、鋭く、切っ先のような“殺気”が放たれた。


 観客の誰かが、小さく息を呑む音が聞こえた。


 目は細まったまま、表情も変わらない。

 それでも確かに、空気が変わった。


 “終わらせない”という剛の言葉に対する、

 “ならば終わらせてやる”という、無言の応答。


 場の緊張は、再び剣の切っ先のように研ぎ澄まされた。

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