第2話 力になれたら
病院に到着してから、二時間後。
検査結果を受け取り、友晴たちは院内の長椅子に座っていた。
今日は義務表示とされているアレルゲンの、八品目を急ぎ調べてもらった。その他は後日だ。
(まさか、二十品目も調べるなんて思わなかったよ)
パイナップルといった南国フルーツに、サバなどの青魚。大豆やゴマなどなど……項目が増えれば増えるほど、費用は高くなる。しかも実費となると、数万円だ。
(この人って、かっこよくて、お金にも不自由してないのかな)
もしくは、蓮のことがそれだけ大事。
大和の膝にちょこんと座る蓮の顔を、友晴は隣からのぞき込む。
「蓮くん、痛かったはずなのに、よく頑張ったね」
ぐずることもなく、おとなしい蓮の頭を優しく撫でる。
手背には、止血用の白いパッドが貼ってあり、少し血が滲んでいる。三月後には、四歳になるそうだが、泣き声ひとつ漏らさなかった。
『ぼくは強いもん!』という気持ちの表れならいいのだが、蓮はそうではないような気がした。
(心に何か、闇を抱えてなければいいんだけど)
表情の乏しい蓮を見ていると、友晴は心配になる。
「一番数値が高いのは、小麦と卵か」
検査表を見ていた大和が、ぽつりと漏らす。横から友晴も表を見ると、他にはエビと蕎麦も反応が出ていた。
「調べてよかったよ。進言してくれてありがとう、友晴くん」
無理に食べさせていたら、蓮を苦しませることになるところだったと、大和は神妙な面持ちだ。
「しかし、この結果を見ると、どうして蓮はポテトを食べなかったんだ?」
じゃがいもなのにと、大和は首を傾げる。
「えっと、多分ですけど、小麦がアレルゲンだとすれば、油かもしれません」
あのキッチンカーには、コロッケも売っていた。同じ油でポテトを揚げたなら、成分が油に移っていたか、パン粉がついてしまったか。
以前、蓮が食べたというポテトも、同じような環境で調理されたのかもしれない。
「え、そんなことで? あぁ……これから何を食べさせていけばいいんだ」
「軽度なアレルギーなら問題ないと思うんですけど、蓮くんの場合は、少し気をつけたほうがいいかもしれません」
体力が落ちているときや、体調が悪いときは、アレルギーの症状がいつもより強く出てしまうこともある。
そうはいっても、年齢を重ねるにつれ、食べられるようになることも。今時は、少しずつアレルゲンを摂取して、身体を慣らしていく治療方法もあったりする。
しかし、重度のアレルギーの場合は、当てはまらない。
「すべての検査結果が出るまで、蓮くんが食べたがらないものは避けたほうがいいでしょうね」
もしかしたら、母親に教え込まれていたのかもしれない。これは食べても大丈夫。これはダメ、と。
「うっ……」
友晴たちが深刻な顔をして話をしていたからか、蓮は不安そうな顔で声を漏らす。それは蓮が、自分のことを話していると理解しているからで。
「蓮くんは、何も悪くないよ。あの……大和さん、蓮くんに、アレルギーについて説明してあげたほうがいいんじゃないですか?」
「え、まだ三歳だし、難しいだろう?」
「確かに、医学的な話しになるとそうかもしれませんが、自分は他の子と違うということで、疎外感を持ったり、自分はおかしいんじゃないかって不安になったりしては、可哀想ですよ」
抗体が抗原に反応して、肥満細胞から出る化学伝達物質がアレルギー症状を起こすなどと言っても、理解できないだろう。
「それはそうだが……上手く説明する自信がないな」
友晴とて自信はないが、少しでも蓮の心が軽くなればと思い説明を買って出る。
「蓮くん。食べると身体にかいかいが出るのはね、これは蓮くんは食べないほうがいいよって、身体が教えてくれているんだよ。人の身体って、すごいね」
昨今、全人口の三人に一人は、何かしらのアレルギーを患っているといわれている。
花粉症や動物アレルギー。ハウスダストや金属アレルギーなどいろんなものがある。
だから、蓮だけがアレルギーの症状を起こすわけではないと伝える。
「それに今日、お医者さんに蓮くんが食べても大丈夫なものを教えてもらったから、パパが用意してくれるご飯は、かいかいにならないよ」
食べられないという言葉は、あえて使わなかった。蓮のストレスになると思ったからだ。
「実は……俺の知る限り、蓮が口にしたものはおむすびだけなんだ。蓮とは、二日前から一緒に暮らし始めてね。──だから……この子について、まだ何も知らないんだ」
「え──」
躊躇いがちに知らされた内容に、友晴は思わず絶句する。
二日間、蓮はおむすびしか食べていないとは……
「本当に、面目ないよ」
顔に憂愁の影を差す彼の様子から、よほどの事情を抱えているのだと察した。
自分が少しでも、力になれることがあればいいのだが。
「それは、今から知っていけばいいんですよ。あの、僕でよければ、いつでも相談に乗りますから」
蓮に元気になってほしい。そう伝え、スマホを取り出す。一瞬、戸惑いを見せる大和だったが、連絡先を交換してくれた。
断りにくい状況を作り出した自分は、狡いかもしれない。けれど、これで終わらせたくなかった。蓮のその後が気になるし、気負いすぎて大和が病んでしまうのではと心配だった。
「じゃあ、僕はそろそろ失礼します。蓮くん、さよなら」
「────」
その寂しげな眼差しに、胸が切なく痛んだ。
「よかったら、送らせてほしい。お礼もまだしていないし」
「いえ、お礼ならいただきましたから。それに、蓮くんを早く休ませてあげないと」
病院への車中、残り物を渡すようで悪いが……と、フライドポテトとたこ焼きを渡されたのだ。
「じゃあ、失礼します」
友晴は笑顔を浮かべ、足早に立ち去った。
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