給食のお兄さん、愛情レシピで家族の幸せつかみます

美月九音

第1話 僕でよければ

 大人になれば、過去の悲しい出来事など忘れられる。


「う……ごめ──」

 

 そう思っていたが、朝月友晴あさつきともはるは大人になってもなお、時折見るしき記憶の夢にうなされていた。


 それは幼少期の、食卓での出来事だった。


『なにしよっと! それは桃香ももかのっちゃけん、あんたは食べちゃダメ!』


 ヒステリックな声でとがめ、若い女は友晴の手の甲を叩いた。


『ぼ……く、何も──して……ない』


 手を引っ込め、友晴はおびえたように肩をすくませる。


 ただ、コップを取ろうと手を伸ばしただけなのに。


 涙ながらに訴えても、目を血走らせている後妻の彼女には届かない。


『言い訳せんの! 本当に、あんたはたい』

『うわーん……ママ……こわ……い──』

『ご、ごめんね、桃香──。あんたのせいで、この子が泣いたとよ!』


 その剣幕に腹違いの妹、桃香が泣き出す。そして八つ当たりの矛先は、夫の連れ子である友晴に向けられた。 


 ごめんなさい。ごめんなさい。

 ダメな子で、ごめんなさい──


 どうしたら、許してもらえるの? 

 どうしたら、自分は家族の一員になれるの?

 どうしたら、優しくしてもらえるの……


 お願いだから、自分をちゃんと見て。

 継母の役に立てるように頑張るから、「いい子ね」って、頭を撫でてほしい……


「ピピピッ! ピピピッ……」

「っ! はぁ……はぁー、またこの夢──。もう自立してるんだから、大丈夫……大丈夫」


 自分はもう、従うだけの子どもではない。


「よし、出勤の支度しないとな」


 目覚ましのアラームのお陰で悪夢から覚めた友晴は、気持ちを切り替えてベッドから起き上がった。


 ***


 午前中の給食調理室は戦場である。


「うわ、もうこんな時間だ! 急がないと、クラスの先生が取りに来ちゃうよ」


 おかずの盛り付けられた皿を前に、友晴は時計に目をやり最終確認を始める。


(ひよこ組さん、十二人分、OK! すずめ組さん、十五人分、OK! あひる組さん、二十人分、OK!)


 本日の出席人数と、皿の数に間違いはない。

 友晴は皿の乗ったバットを、作業台から配膳台に移す。


「すずめ組です。お給食、いただきます」


 間一髪、配膳台に置いたタイミングで、クラスの担任保育士が給食を取りにくる。


「はい、どうぞ。おかわりもありますよ」

「うわ~、ありがとうございます。豆腐ハンバーグ、人気なんですよね〜」


 受け渡しの際、友晴は保育士とのコミュニケーションを大事にしていた。子どもたちの様子を知ることもできるし、盛り付けの際、量の参考にもなる。


 今どきは、『お残しは許しません!』なんていうことはない。

 好き嫌いではなく、食の細い子もいるのだ。


 給食が、苦痛になってほしくない。


 自分にあった量を選べるように、小盛りから、中、大盛りまでを用意し、完食できたという達成感を味合わせてあげたいと友晴は考えていた。


 このような細やかな配慮ができるのは、ここが中規模の施設だからだ。


 友晴が勤めているのは、東京近郊にある園児五十人ほどを預かる私立せせらぎ保育園。年少、年中、年長の子どもたちを預かっている。


 ここで給食調理の仕事をしている友晴は、献立から食材の発注、栄養管理までしていて多忙だ。けれど、友晴にとってはやり甲斐のある仕事で、子どもたちが健康で元気に過ごせるよう、食の大切さを伝えられたらと思っている。


 嬉しいことに、せせらぎ保育園は園内に給食室が設けてあり、園児たちと直接関わることができる。友晴がこのせせらぎ保育園で働くことを決めた、一番の理由はここにあった。


 園長の丸岡まるおかは五十代後半の女性で、ふくよかな身体に丸顔。穏やかな口調は、園児たちを優しく包み込むように感じられる。園児を従わせようと強制する言動もなく、人間性を否定するような言葉も発しない。丸岡は子どものやる気と自主性を育てる、とても素晴らしい指導者だと思う。


 加えて丸岡は食育に力を入れており、友晴の熱意を評価してくれていた。


「さてと、片付けに取りかからないと」


 用意したすべての給食が運ばれたことを確認し、調理器具の洗浄に向う。それらが片づいたら、次は午後三時に出すおやつ作りに取りかかる。


 せせらぎ保育園の手作りおやつは保護者からも好評で、レシピを尋ねられることも度々あった。


「友晴先生、次は何をしましょうか?」


 パート調理員の田辺たなべが指示を仰いでくる。

 彼女は四十代半ばの、今年で勤続十五年になるベテランだ。田辺は朗らかな人で機転も利き、友晴が勤め始めたばかりのときは、段取りのノウハウをいろいろと教えてくれた。何せ時間に追われる仕事だ。だからといって、自分たちの効率を優先した献立や、既製品を使って作業を端折ることはしたくなかった。


 素材の美味しいさを感じてもらいたい。というのが、友晴の理念で。


 というのも、子どもは大人よりも舌が敏感で、味覚の発達も速い。三歳までの味覚の記憶が、その後の味覚の基礎となると言われている。そのため、早くから濃い味を覚えてしまうと、舌の感覚が鈍くなってしまい、薄味を好まなくなってしまうこともあるそうだ。


 このことからも、鰹節やいりこ、昆布を使ってダシを取り、基本的に味付けは薄味。大人には、少し物足りないくらいのものだ。


 それから、食材に触れる機会を持たせてあげたいという思いもあった。

 旬の食材を使った料理のあるとき。今はちょうど竹の子の時期で、皮むき体験をしてもらったばかりだ。


 子どもたちのことを第一に考え、仕事に精を出す友晴を、田辺は理解しサポートしてくれている。


「卵を十個、割ってください」

「はい、わかりました」 

「私は何をしましょうか?」


 もう一人のパート調理員、山崎やまさきが手が空いたと申し出てくる。

 彼女は三十代前半で、子どもが小学校に上がったことで、二年前からここで働いてる。


「天板に人数分、カップを並べてください」

「はい、余分はいりますか?」

「そうですね……三つほどプラスで」


 今日のおやつは、ドライフルーツの入ったカップケーキだ。

 友晴は小麦粉、バターなどの計量を始める。


(喜んでくれるといいな)


 友晴にとって、「おいしかったよ! またつくってね」と、給食室まで伝えに来てくれる園児たちの声は、何より嬉しく『頑張るぞ!』という活力をもらっている。


(僕にも子どもができたら、言ってくれるかな。美味しいって)


 友晴が給食調理員という職を選んだのには、理由があった。


 温かい食卓──


 それは友晴が、子どものころから焦がれてきたもので。


(早く家族を持って、家族団欒かぞくだんらんしたいな)


 そのためにも、もっと料理の腕を上げないと。


 湯気の立つ温かい料理を食べながら、他愛もない話しで笑い合えたら。


 冷え切った家庭で育った友晴にとって、それは何より叶えたい夢だった。


 ***


 仕事休みの日曜日。時刻はもうすぐ、午前十一時になろうとしていた。


「うわぁ~、寝過ぎちゃったよ……」


 ベッドから起き上がった友晴は、時計に目をやり呟く。


 せっかくの休日なのに、半日無駄にしたような気分だ。しかも、カーテンを開けると晴天で、さらに損した感が増す。


「散歩がてら、買い物にでも行こうかな」


 思い立ったら即行動。友晴は、早々出掛ける支度を始めた。


「よし、行こう!」


 パジャマから、トレーナーにジーンズというラフな服に着替え外に出る。二階建てのアパートの階段を駆け下り向った先は、徒歩で三十分のスーパーマーケット。道中には河川敷があり、散歩気分を味わえる。


「はー、気分いいな~」


 初夏の風を頬に感じながら、河川敷を眺めて歩く。今日の気温は二十度を超えていて、次第に身体が火照り額には薄らと汗が浮かんできた。


「ちょっと休憩しようかな」


 友晴は立ち止まり、見渡す限り雲一つない青空を、額に手をかざし見上げる。


(あ、あそこがいいかも)


 河川敷に沿って続く道を外れ、草の生えた斜面にハンドタオルを敷、背負っていたリュックを膝に抱え腰を降ろす。


(一人なのは、僕だけか……)


 陽光を反射しながら流れる水面をしばらく眺めたあと、ふと友晴は周囲に目を向けた。


 辺りには、子ども連れの家族や恋人たちが、思い思いに休日を過ごしていた。皆、笑顔でとても幸せそうに、友晴の目には映った。


(家族──僕にもいつか、できるよね……)


 友晴の育った家庭は複雑だった。実の母親は、父親の浮気が原因で、友晴が三歳のころに離婚届を置いて出て行ってしまった。


 よって、友晴は祖父母に預けられた。かわいがってはくれたが、自営業だったこともあり、一人で過ごす時間は長かった。


 そして二年後、父親は再婚した。新しい母親は十代と若く、最初こそ優しかったが、妹の桃香をお腹に宿したころからおかしくなった。


 父親がまた、浮気したのだ。


 子の贔屓目ひいきめではないが、父親は美丈夫だった。モデル張りのスラリとした長身で、涼やかな目元の甘いマスク。そんな父親を繋ぎとめようと、継母は必死だった。


『今日は何時に帰って来ると? 晩ご飯作って、待っとるけんね』


 けれど、父親の帰りは毎晩遅く、朝帰りすることもあって。


 苛立つ継母──そのしわ寄せは、友晴に向けられた。

 桃香が生まれ、悪態はさらにエスカレートしていき……


 怒鳴られたり、ののしられたり……無視されたり。暴力こそ振るわれなかったが、心の傷は大きかった。


(気の毒ではあったけど)


 大人になった今なら、当時の彼女の気持ちも理解できる。父親の浮気性は収まることなく、常に外に女がいたようだった。家で食事している姿は、ほとんど記憶にないからだ。


 いっそのこと、離婚してくれたら。


 子どもながら、そう思ったこともある。父親は友晴にあまり関心がなかった分、怒鳴ることもない。また祖父母の家に預けられて終わりだ。そうはいっても、気まぐれで遊園地に連れて行ってくれたことはあったが。


 だからだろうか、継母は友晴がいれば夫は家に帰って来る。そう思っていたのかもしれない。もしくは、他の女に取られることが我慢ならなかったのか。いずれにせよ、かたくなに継母は妻であり続けた。


 おかげで友晴は、八つ当たりされる毎日で、肩身の狭い思いをした。

 一番辛かったのは、冷え切った食卓だった。いつ帰ってくるともしれない夫。継母は料理をすることを、放棄してしまったのだ。


 そうはいっても、桃香には炒め物といった簡単な料理は作っていた。友晴には、出来合いの総菜ばかりだったが。それも値下げシールの張られたものばかりで、温めてもくれなかった。


 それでも、用意してくれただけマシだ。父親の仕打ちを思えば、彼女の中の良心に感謝だ。


 そんな子ども時代を送っていた友晴にとって、学校で食べる給食は特別だった。旬の食材を使った地元の郷土料理や、煮物といった温かい家庭料理。それらは友晴の心を、慰めてくれた。


 もし、自分と似た境遇の子どもがいたら。

 少しでも、自分の料理で心を満たしてあげられたらと思う。


(母さんの心は、癒してあげられなかったけど)


 友晴は継母の気を引こうと、十歳頃から料理の勉強をして、作り始めた。温かな料理を前に、家族団欒を夢見て。


 そんな友晴を、彼女は便利屋のように扱うようになった。料理はもちろん、掃除や洗濯も。


 おかげで友晴が中学を卒業するころには、家事全般はもちろん、大抵の家庭料理はマスターしていた。ただ、「美味しいね!」という言葉は、一度も彼女の口からは出なかったが。


 そしてようやく、父親の女遊びが落ち着いたのは、友晴が高校を卒業する頃だった。四十歳を前にして、心境の変化でもあったのだろう。


 父親が唯一まともだったのは、家に生活費を入れていたこと。誰にでも取り柄はあるもので、女性向の商品を扱う営業マンだった父親は、ルックスを武器に成績がよく、収入が高かったのだ。


 しかし不況が続いたことで、収入が激減。


 金の切れ目は縁の切れ目。要は、モテなくなったのではないかと、友晴は思っている。


 もっと早く、気づいてくれていたら。


 あの頃の友晴は、栄養士と調理師免許を取得するために、地元の福岡を離れ、東京の調理専門学校に通うことになっていて。


 今ではもう、家族揃っての団欒が叶うことはない。なぜなら五年前に、父親は事故でなくなってしまったから。


 夫を亡くした継母。その執着は、現在父親似の桃香に向けられている。

 

(元気でやってるかな、桃香)


 友晴と桃香は、七歳違い。現在は高校三年生で、進路を迷っているころではないだろうか。


(今度、連絡してみようかな)


 友晴は妹の桃香とは仲がよかった。

 自分の作る料理を喜んで食べてくれていたし、一緒にクッキーを焼いたりもした。けれど母親の手前、桃香は友晴に懐いていることを悟られないようにしていた。桃香もまた、母親が怖かったのだ。機嫌を損ねると、その矛先は友晴に向けられてしまうと知っていたから。


(父さんが、恨めしいよ)


 後妻である彼女を、もっと気にかけ大事にしてくれていたら。

 自分は家族の一員として、楽しい時間を持てたはずだ。そう思わずにはいられない。


(いいな、あの子。お父さんと散歩かな……)


 そんな思いを巡らせていると、幼い子どもと手を繋ぎ歩く父親の姿に目が留まる。


 その歩く姿が、ふと自分の父親と重なった。


 その人は長身で、背格好が似ていたからだ。腰の位置が高く、スラリと伸びる足。七分袖のジャケットにスリムパンツとシンプルな服装だが、着こなしからセンスの良さが感じられた。


(あの人が、浮気性じゃありませんように。って、子どもを気遣ってるところからして、似てないか)


 その父親は、小さな子どもに合わせようと、身体を傾けて手をつなぎ、ゆっくりと歩いていた。自分のペースで歩く友晴の父親とは、大違いだ。


「僕は、いいお父さんになれるかな」


 それにはまず、結婚しなければ。


 こうして一人、休日を過ごしている自分。どこかに良い縁はないものか。


 友晴は人間性に問題があるわけではない。どちらかというと、思いやりのある優しい人間だ。


 ただ……幼少期の影響か、女性のヒステリックな口調を聞くと、委縮してしまうのだ。

 

『ダメな子』


 そう言われ続けて育ったこともあり、自分を卑下してしまうところがあった。


(女性を怖いって……思ってしまうんだよな)


 友晴にも、恋人がいたことはある。自分でも、恋人を大切にしていたつもりだ。けれど、なぜか長続きしなかった。


 父親と同じ、浮気性の血が流れているから?


 浮気などしたことはないが、そう思うと、恋愛することに臆病になる。


(昨年のフラれ方なんて、悲惨だったしな)


 こともあろうにデート中、女性と間違えられナンパされるという珍事が起きた。自分としては屈辱だが、彼女はそのことに対して、『私じゃなくて、男のあんたがナンパされるって、意味わかんない!』と憤慨した。


 友晴は小顔で、二重の大きな目をしている。色白で、中性的な容姿。見ようによっては、ボーイッシュな女性と思われるかもしれない。


(あのとき、うまくなだめていればよかったんだろうけど)


 『君のほうが、可愛いよ!』、そんな言葉を期待していたのかもしれない。だが背を向け立ち去る彼女を、友晴は引き止めることができなかった。キンキン声が、継母と重なってしまい呼吸が苦しくなって。


 それっきり、音信不通になり自然消滅。


「はぁー……僕って、恋愛に恵まれない星の元に生まれたのかな」


 それとも、女性を泣かせてきた父親の罰が、自分に回ってきた?


 「暗い気持ちになるから、考えるのやめよう──」


 回想を止め立ち上がった友晴は、またスーパーマーケットに向って歩き出す。


(十二時半か……買い物して帰ったら、いい時間になりそうだな)


 昼食は、帰りながらおむすびでも食べるとして、今晩のメニューは何にしようか。


 そんなことを考えながら、友晴は河川敷をあとにした。


 ***


 スーパーマーケットの駐車場には、一台のキッチンカーが止まっていた。売っているのは、フライドポテトに鶏の唐揚げ、それからコロッケにたこ焼きだ。


(ポテトでも食べながら帰ろうかな)


 食欲をそそる匂いを感じながら、先に買い物を済ませるべく友晴は店内に入る。


 そして肉じゃがの材料を買い、表に出ると──


れん……頼むから、何か食べてくれ」


 右手にフライドポテト、左手にたこ焼きを持った男性が、小さな男の子を前に困り果てた声で語りかけていた。


「唐揚げなら、食べてくれるか?」


 その問いかけに、蓮と呼ばれた男の子は頭を左右に振る。


 お腹が空いてない?


 そうも思うが、「朝もおむすびをひと口だけだっただろう」という言葉に、友晴は心配になる。よく見ると男の子は痩せていて、顔色も悪い。


「あの、どうかしたんですか?」


 友晴は親子に歩み寄り、思わず声をかけてしまう。


「え? いや……この子は偏食ぎみでね」


 父親らしい男は、声をかけた友晴に怪訝な顔をしながらも答えた。見知らぬ男が声をかけたのだ。警戒されても仕方ないかと、友晴は思う。


「えっとー、蓮くん? ポテトは食べたくないのかな?」


 友晴は蓮の前にしゃがみ込み、目線を合わせて問う。


「──かいかい……に、なる……」


 蓮は上目遣いに友晴をちらちら見ながら、ぽつりと呟く。


「え……かいくなるの? ──あの、この子は食物アレルギーがあるんですか?」


「そ、そうなのか、蓮⁉ 母親からは、何も聞いてないんだが」


 困惑顔で、父親はそわそわし始める。その視線は、しきりにジャケットのポケットを見ていて。


「それ、持っていましょうか?」


 母親に確認の電話をしたいようだが、両手に食べ物を持っていては、スマホを取り出すことはできないだろう。


「あぁ……すまない、ありがとう」


 手を差し出すと、ポテトの入った紙コップと、たこ焼きの入ったパックを渡された。


「ちょっとあっちに行こうか」


 入り口付近にいては、通行人の邪魔になる。

 友晴は電話中の彼に目配せして、自転車置き場のほうへ移動した。


「蓮くん、かいかいが出なかったのって、どんな食べ物?」

「おむ……しゅび」


 他にはないかと問うが、蓮は首を傾げるだけだった。自分自身、わからないのだろう。見たところ、蓮は三歳から四歳くらいだ。わからないのも無理はない。

 

「ダメだ、電話に出ない」

「そうですか。だったら、帰って確認するしかないですね」

「いや、それが……わけあって、一緒には暮らしていないんだ」


 きまり悪げに、彼は首の後ろを手で掻く。


「す、すみません。立ち入ったことを……」


 自分が聞いてはいけない。

 そう思うも、つい考えてしまう。


 母親と離れて暮らしているということは、離婚した?


 感じの良さそうな人だが、原因はなんなのか。


 浮気……だったりして。


 顔を見た瞬間、言葉が浮かんできた。

 かっこいいイコール、浮気性。そう結び付いてしまうのは、父親の弊害かもしれない。


(あ、この人、河川敷で見た──)


 顔から服装に視線を移すと、見覚えがあった。多分あの親子で間違いない。


(顔までかっこいいなんて……芸能人か何かなんじゃあ──)


 それほどの美丈夫だった。

 シャープな輪郭で、顔に収まるすべてのパーツはバランス良く配置され、切れ長の目からは精悍さを感じた。すっと通った鼻梁とキリッとした眉に、男らしさが際立っている。艶やかな黒髪は、サイドを後ろへ流していて、長めの前髪は幾筋か額にかかっていて、男の色気を感じる。


(それはないかも。変装もしてないし、下町のスーパーには来ないよな)


 風景から浮いて見えた。


「いや、蓮を気にかけてくれて、ありがとう」

「余計なお世話ですけど、蓮くんのアレルギー検査、受けたほうがいいと思いますよ」

「そうだな。しかし俺では、医者にどう伝えればいいのか……困ったな」


 通常、検査結果が出るまで、一週間から十日かかる。簡易なもので、数十分で結果が出る検査もあるが。


 けれどそれには、こちらからある程度のアレルゲンを提示する必要がある。


「僕でよければ、同行しましょうか?」


 仕事柄、食物アレルギーの勉強はしてきた。昨年、卒園した園児の中に、小麦アレルギーを持つ子どもがいたからだ。


「それはありがたいが、いいのかい?」

「まあ、乗り掛かった舟といいますか、少しばかり知識があるので」


 足元を見下ろすと、所在なさげに立っている蓮の姿に憐憫れんびんを感じてしまう。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。ちょっと待っててくれ、病院を調べるから」


 今日は日曜日だ。診察してくれる病院は限られている。


「少し遠いが、見つかったよ。行こうか、そこに車を止めてあるんだ」


 彼は蓮を抱き上げ、車へと歩き出す。


「あの、僕は、朝月友晴といいます」


 見ず知らずの人間のままで、車に乗せてもらうのははばかられる。


「これは失礼した。名前も名乗らず、協力を仰ぐなんて。俺は朱琶大和すわやまとだ。大和と呼んでくれ。よろしく友晴くん」 

 

 馴れ馴れしかったかい、とにこりと微笑まれ、なぜか心臓がドクンと脈打った。


◆◆◆◆◆


作者より

第一話、最後まで読んでくださりありがとうございますq(≧▽≦q)


この物語では、食物アレルギーについて触れています。作者自身、アレルギー持ちでありますが、不愉快に思う方がいらっしゃいましたらすみません。


更新は一日おきを目指しておりますので、引き続き読んでいただけると嬉しいです。

最終話まで書き切れるよう頑張りますので、応援よろしくお願いします!


 


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