いつか私もそこに行けたのなら。

『何かあったらここに来よう』


 それは健斗と交わした約束。喧嘩だったり、辛いことがあって一人になりたい時は砂浜に行くこと。

 もしも、仲直りがしたくなったりしたら、すぐに見つけられるように。と。


 だから私はここに来ている。夜風に当たり、星空を眺めて、波の音に耳を傾けている。冷たい夜の海に足を晒して、ただ時が過ぎるのを待っていた。


「やっぱりここに居たんだ」


愛優あゆ。どうしたの」


 ふと声がして振り返れば、愛優がそこに立っていた。

 愛優は高校時代から仲の良い友人で、健斗との仲を取り持ってくれた人だ。それからも度々、彼女には相談をしていた。喧嘩した時にはここに居る私を見つけに来て、健斗が来るまでの間、私の話を聞いてくれていた。

 

「既読。全然付かないし、電話にもでないからさ。心配になっちゃいまして~」


「そう。悪い事したね」


 スマホは家に置いてきてしまったから、連絡が来ていたなんて知らなかった。寝ている可能性だってあったでしょうに、なんで私を探そうなんて思ったのか。


「ていうか、やっぱりここにいるんだね~」


「他に行く場所なんてないもん」


「律儀過ぎるよ、沙っちゃん」


 あはは、と笑い声をあげた愛優は砂浜に座り、私の目を見ていた。

 その姿はちっちゃいのに肉付きのいい、動物に例えるならモルモット辺りかな。いやこの子は家畜化されているように見えて、野生の様に鋭い。特に、心の事に関しては。

 

「沙希っちゃんて、強い女性って感じしてるけど、本当は繊細で弱っちくて可愛いんだよね」


「急になに」


 褒められているのか。それとも貶されているのか。全く分からない。愛優ならそう貶すことはないのはわかっているけど。


「そういう所が好かれていたんだろうねって話だよ」


「ならどうして彼は、健斗は私を置いて行ったの」


「それがきっと、彼のいい所で弱いところだからじゃないかな」


 健斗は優しい人だった。彼を知る人は皆そう思っているはずだ。そんな優しい彼は、流されて溺れそうになっている子供を助けて、水平線のその先へ流されてしまった。彼は――未だ見つかっていない。


「沙っちゃんは目の前で不幸になりそうな親子が居て、助ける彼と、助けない彼、どっちがいい?」


「それは、助ける方だけれど」


「なら彼の取った行動に誇りを持ってあげて」


 愛優は強い人だ。私の知る誰よりも芯強くて、前を向く瞳はいつだって輝いていた。友人がひとり亡くなっても愛優はすぐに前を向いた。

 これを薄情だなんては言えない。彼女だって彼の為にひとしきり泣いていたのを知っている。最近ずっと目元のメイクが濃くて、隠していることがバレバレだ。

 

「ね。沙っちゃんまでいなくなっちゃダメだよ」


「わかってるよ。そんなつもりはないから」


「それならよかった。戻ったらちゃんと連絡返してよ」


 愛優は少し離れた位置に残していたヒールを取ってきてくれた。

 私は砂浜に上がってヒールを手に持つ。ここで履いても歩きにくいだけ。


「先に戻ってるから」


 愛優は私の顔を少しの間だけ見て先に砂浜を出た。私は、その後ろを歩かずに海へ向かい合った。


「夜風、私を連れて行って」


 海へと吹く風に私は願う。この風に乗って、水平線すら見えない闇に行けば彼の元に行けるだろうか。


「それができないなら、彼を返して」


 何に求めているというのだろうか。何が彼を返してくれるというのだろうか。そんなこと、わかるはずがないのに。願わずにはいられない。


「それすら叶わないなら、私はどこへ向かえばいいの」


 私を導く海風は未だに吹いてこない。

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夜風、私を連れて行って。 只乃しの @ShiNoRN_44

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