起死回生! 反魂の術!!

【トリベノ】


 ヤコウたちと別れ一人茶屋を出たツクモは重い足取りで都を歩き回る。

 やがてヤマシロノミヤコの東外れ――トリベノに着くとツクモの足が止まった。

 ヤマシロノミヤコの周りには東西南北それぞれに葬送そうそうの地が置かれている。

 トリベノはその一つ、東の葬送の地。

 ここには長い歴史の中で数え切れないほどのむくろ埋葬まいそうされている。

 このあたりはその名の通りに鳥――とりわけからすが多くみ付く。

 屍肉しにくを狙って飛び回る烏の群れは見ていて気持ちのよいものではなく、普段からこの地に寄り付く者は少ない。

 今もツクモ以外に周囲に人気はなく考え事をするには悪くない状況だった。

 烏の鳴き声をぼんやりと耳にしながらツクモが物思いにふけろうとした――そのとき。

 

「おや? そこにいるのはいつぞやのお侍さんかい?」

「お主は……確かタクアン和尚おしょうだったか?」


 予想外の再会にツクモが面を食らっている間に、タクアンはすぐ横まで距離を詰めていた。


「何かあったのかい? 前にも増して暗い顔をしているじゃあないか。はは~ん、分かったぞ。さては恋の悩みだな」


 適当極まるタクアンの推測は、しかし大きく違ってもいなかった。


「不思議な男だな、お主は。当たらずとも遠からず……といったところだ」

「そんなお侍さんにピッタリのものがあるんだ。こちらの身に着けるだけで願いの叶う数珠じゅずが今ならなんと――」

「失礼する」

「あ~あ~待って待ってよ。とりあえず最後まで聞いてくれって」


 立ち去ろうとするツクモを慌てて呼び止めて、タクアンは懐から取り出した数珠を見せる。


「この数珠をお侍さんにはタダで渡そうと思っていたのさ。この間の礼だよ」

「なにやら、いくつかのたまが光っているようだが」


 本来、数珠は煩悩ぼんのうの数――百八の珠で成る。

 しかし今タクアンの手にある数珠は百の珠で成っており、そのうちの十一の珠がほのかに明かりをともしている。


「お! その光が見えるのかい? この数珠は全部の珠が光ったとき願いが叶うのさ。まあ三分の一ほど光るころには進展があるだろうね。つまり、お侍さんの場合は気になるあの子と急接近ってわけよ!」


 何とも馬鹿げた迷信とも思ったが、今のツクモにとっては必要な気休めかもしれなかった。

 ツクモは数珠を受け取ると懐にしまい込む。


「礼を言う。少し心が軽くなった気がする」

「そうかいそうかい。そいつぁよかった。じゃあまたな、お侍さん」

 

 トリベノからさらに東――都の外へ去っていくタクアンを見送ると、ツクモは西――都の内へと歩き出した。


                  ⚔


【一条モドリ橋】


 ウズメは急に茶屋を飛び出したヤコウの後を追ったものの、すぐにその姿を見失ってしまった。

 それからツクモとヤコウを探して都中を歩き回るも見つけられない。

 碁盤ごばん目状のつじ道を南から北へ向かって順に歩くうちに、とうとう突き当りとなる一条モドリ橋まで着いてしまった。


「まったくツクモさんもヤコウさんもどこに行っちゃったんですか? ん……あれは?」


 途方に暮れるウズメは、同じように沈んだ顔をした少女の存在に気が付いた。

 雪のように白い髪に白い肌――それらを際立たせるような漆黒の瞳と濃紺のうこんの着物。

 白い髪の少女は欄干らんかんひじをかけ流れる川をじっとのぞき込んでいる。


「あの~大丈夫ですか?」

「えっ!?」


 思わず声をかけたウズメに白い髪の少女は必要以上に驚いて、さらには異なことを口にする。


「あ……あなた、わたしが見えるの?」

「ええ、くっきりはっきり見えますよ。ものすごく顔色が悪いですが大丈夫ですか?」

「そう……わたしはそんなに思いつめた顔をしていたのね。せっかくだから少し話を聞いてもらってもいい?」

「ええ。もちろん構いませんよ」


 ウズメは少女の横に立ち同じように欄干に肘をかけた。

 少女は再び川面かわもに視線を落とすと自らの悩みを打ち明ける。


「実はわたし、すごく会いたい人がいるんだけど……その人とはどうしても会うわけにはいかないの」

「はあ。それは何と言いますか……悲しい話ですねぇ。何とか元気を出してもらいたいですけど私にできることといえば――あっ! そうです! こんなときこそ、あの術ですよ!!」


 何を閃いたのか両手を打ち鳴らして興奮するウズメ。

 その勢いに圧倒されながら少女は問いかける。


「あの術って?」

「その名も反魂はんごんの術です。この術を使うとめっっっっっちゃくちゃ元気になれるらしいんですよ!」

「……らしいって?」

「一度も使ったことないんでよく分からないんです。師匠にも絶対使うなって言われてますし。でも大丈夫! 私に任せてください!」

「気持ちはうれしいけど師匠が言うなら使ったらダメなんじゃない?」


 ウズメの提案に危ない空気を感じ取り、言外げんがいに断ろうと試みる少女だったが、そんな機微きびがこの巫女に伝わるはずもなく――。


「問答無用! くらえぃ! 反魂の術っ!!」


 まるで攻撃の呪文のようにいんを結んだ両手で少女の頭を殴りつける。

 すると彼女の体が強い光に包まれた。

 あまりのまぶしさに少女は目を固くつむる。

 光が治まりおそるおそる目を開けてみると、彼女の肌が血色のよい、生気 あふれる色へと変わっていた!


「うそっ……もしかして……わたし……」

「やっと見つけたぞ! この食い逃げ犯めっ!!」


 そのとき足を踏み鳴らしながら橋を渡ってきたのは、先程までウズメが食事をしていた高級茶屋の店員であった。

 店員の剣幕けんまくに驚いて思わず白い髪の少女の後ろに隠れるウズメ。

 少女は状況についていけず、自分の着物の裾を掴んでいるウズメに問う。

 

「食い逃げ? どういうこと?」

「いや違うんですよ。お金を持っている連れが店を出て行ったので彼らを探すために私も店を出たというか……」

「それを世間じゃ食い逃げっていうんだよ! さあ今すぐ払いな。それともそっちのじょうちゃんが払ってくれるのかい?」

「えっ! もしかして……あなたも私が見えるの!?」


 自分に語りかけられたことに少女は驚き、そんな少女に店員は詰め寄る。


「何を言ってんだ? 当たり前だろ! まさか嬢ちゃんも妙な言い逃れしようってんじゃ――」

「ありがとう、あなたのおかげよ!」

「よかったですね!」


 店員の言葉を無視して喜び合う二人。

 いい加減、店員の我慢も限界に達していた。


「おい! こっちの話聞いてんのか!?」

「ああ、お金だったわね。はい、これ」

「……お、おう。払ってくれりゃいいんだよ。じゃあな。もう食い逃げなんかすんなよ」


 白い髪の少女から渡された金で店員は怒りをしずめてその場を去っていった。

 橋の上には再び二人の少女だけが残される。

 白い髪の少女はウズメに向かって深々と頭を下げた。


「あらためて本当にありがとう。これであの人に会いに行けるわ」

「いえいえ礼には及びません。私も助けてもらいましたからお互い様です」


 言いながらも満更でもなさそうなウズメに、白い髪の少女は重ねて礼を言う。


「いいえ、この恩は一生忘れないわ。わたしはハク。あなたのお名前は?」

「私はウズメ――百度参りのウズメといいます」

「ありがとう、ウズメちゃん。もしもまたどこかで会うことがあればよろしくね」

「ええ、こちらこそ。ハクさん」


 最後に互いの名前を名乗り合うと、ハクは一条モドリ橋を渡って北へと向かい、ウズメは引き続きツクモたちを探すため南へと引き返した。

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