夜更けの裸エレベーター

奏月脩/Shuu Souzuki

本文




 午前0時、シンデレラの魔法が解けるとき。


 齢24よわいにじゅうし、童心の魔法が解けるとき。


 シンデレラストーリーに憧れたのは、世界がひどく色褪せて見えたときだった。




 大都会の喧騒が一瞬でミュートされる、人気のない高層ビルのエントランス。


 仕事を終えて帰るのが職場というのが、なんとも日本の都会らしい。


 取引先の新卒君に愛想笑いを返したのは、もう数時間も前の事だった。


 彼の事を友人のように思えたなら、この仕事の後始末も少しは気が楽になったのだろうか。


 出来もしないもしも話はほんの一瞬の慰みにしかならない。


 私だってまだまだ若いと、そう胸を張れなくなった今。


 その数年の壁は、この先もずっと埋まりはしないのだ。


 責任の重みは、いつだって時間を犠牲にする。


 帰りの電車で引き返すのは、いつだって赤羽から中央区。


 都市郊外にある筈の私の実家は、まさかこの海の外側にでも放り出されてしまったか。


 そんな妄言でさえ、上等な皮肉だと賞賛されるべきだ。


 オーストラリアに行ける程の休暇なんて、もう何十か月もとってない。


 あの海の青さに負けないくらいには、私の心もえらくブルーだった。


 青い海も、青い空も、感傷を抱くにはあまりにも当たり障りのないものでしかなくて。


 白く煌めいているか、黒く塗りつぶされているか。


 そのどちらかで良し悪しを思い浮かべるだけにとどまる。


 果たして、暗幕の下りた午前0時の空模様に、私は星の輝きを見出せるのだろうか。


 やがてたどり着いたのは、両面3つずつの計6つ、エレベーターが存在するエレベーターホール。


 無駄に絢爛としているこの空間は、お昼時の喧騒なんて嘘のように静まり返っていて。


 洒落た絵画の良さもわからず、脇にひっそりと存在する自動販売機のラインナップが、私の微かな暇つぶしとなっている。


 意味もなく全てのエレベーターのボタンを押すも、やたらと長く感じるエレベーターの待ち時間をひどく持て余す。


 居心地の悪い思いに、ふっと開いた手鏡に映った私。


 目元のクマを軽く手で覆った。


 メイクも少し落ちてしまったと、軽くため息をついた。


 そんな私の事を世界中でただ一人、シンデレラのように思えるのは、きっと他でもない自分自身だけなのだろう。


 ようやく開け放たれたエレベーターの扉。


 乗り込んで力なく押した52階のボタン。


 やがて眼前に広がったのは、ガラス張りの裸エレベーターから見下ろす大都会の夜景。


 ときに誰かの安息となるこの美しい光景も、私にとっては残業の合図でしかなかった。


 この夜景が見れるから少しお得だ。なんて考え様は、上司への愛想笑いと自分自身への言い訳の材料にしかならない。


 未だお酒も入っていないのに、ひどい眩暈が煩わしかった。


 こんなにも壮大な光と闇のコントラストの中から、私が見つけられるものなんてただの一つもありやしない。


 ただ夜更けの最中に酔いしれるのは、酒でも情事でもなく、可哀そうな自分自身にだった。


 この美しい夜の景色も、私にシンデレラの魔法をかけてはくれない。


 だけど皮肉なことに、私が最期に見ることになる唯一美しいものは、きっとこの夜景になるのだろうと、なんとなくそんな予感がずっとしていた。


 結局のところ、他の何者になろうともしない私は、このまま一生を終えるしかないのだと。


 ただ底の見えないやるせなさだけが、今も私の心中を支配している。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜更けの裸エレベーター 奏月脩/Shuu Souzuki @Shuu_Souduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ