夜更けの裸エレベーター
奏月脩/Shuu Souzuki
本文
午前0時、シンデレラの魔法が解けるとき。
シンデレラストーリーに憧れたのは、世界がひどく色褪せて見えたときだった。
大都会の喧騒が一瞬でミュートされる、人気のない高層ビルのエントランス。
仕事を終えて帰るのが職場というのが、なんとも日本の都会らしい。
取引先の新卒君に愛想笑いを返したのは、もう数時間も前の事だった。
彼の事を友人のように思えたなら、この仕事の後始末も少しは気が楽になったのだろうか。
出来もしないもしも話はほんの一瞬の慰みにしかならない。
私だってまだまだ若いと、そう胸を張れなくなった今。
その数年の壁は、この先もずっと埋まりはしないのだ。
責任の重みは、いつだって時間を犠牲にする。
帰りの電車で引き返すのは、いつだって赤羽から中央区。
都市郊外にある筈の私の実家は、まさかこの海の外側にでも放り出されてしまったか。
そんな妄言でさえ、上等な皮肉だと賞賛されるべきだ。
オーストラリアに行ける程の休暇なんて、もう何十か月もとってない。
あの海の青さに負けないくらいには、私の心もえらくブルーだった。
青い海も、青い空も、感傷を抱くにはあまりにも当たり障りのないものでしかなくて。
白く煌めいているか、黒く塗りつぶされているか。
そのどちらかで良し悪しを思い浮かべるだけにとどまる。
果たして、暗幕の下りた午前0時の空模様に、私は星の輝きを見出せるのだろうか。
やがてたどり着いたのは、両面3つずつの計6つ、エレベーターが存在するエレベーターホール。
無駄に絢爛としているこの空間は、お昼時の喧騒なんて嘘のように静まり返っていて。
洒落た絵画の良さもわからず、脇にひっそりと存在する自動販売機のラインナップが、私の微かな暇つぶしとなっている。
意味もなく全てのエレベーターのボタンを押すも、やたらと長く感じるエレベーターの待ち時間をひどく持て余す。
居心地の悪い思いに、ふっと開いた手鏡に映った私。
目元のクマを軽く手で覆った。
メイクも少し落ちてしまったと、軽くため息をついた。
そんな私の事を世界中でただ一人、シンデレラのように思えるのは、きっと他でもない自分自身だけなのだろう。
ようやく開け放たれたエレベーターの扉。
乗り込んで力なく押した52階のボタン。
やがて眼前に広がったのは、ガラス張りの裸エレベーターから見下ろす大都会の夜景。
ときに誰かの安息となるこの美しい光景も、私にとっては残業の合図でしかなかった。
この夜景が見れるから少しお得だ。なんて考え様は、上司への愛想笑いと自分自身への言い訳の材料にしかならない。
未だお酒も入っていないのに、ひどい眩暈が煩わしかった。
こんなにも壮大な光と闇のコントラストの中から、私が見つけられるものなんてただの一つもありやしない。
ただ夜更けの最中に酔いしれるのは、酒でも情事でもなく、可哀そうな自分自身にだった。
この美しい夜の景色も、私にシンデレラの魔法をかけてはくれない。
だけど皮肉なことに、私が最期に見ることになる唯一美しいものは、きっとこの夜景になるのだろうと、なんとなくそんな予感がずっとしていた。
結局のところ、他の何者になろうともしない私は、このまま一生を終えるしかないのだと。
ただ底の見えないやるせなさだけが、今も私の心中を支配している。
夜更けの裸エレベーター 奏月脩/Shuu Souzuki @Shuu_Souduki
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