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千里さんのアパートはまだ残っていた。
しかもまだアパートとして部屋を貸しているらしい。
しかし、当時としては新しくて常に満室状態だったあのアパートも今では空室が目立ってしまっていた。
千里さんが住んでいた二階の部屋も、入居者募集、の張り紙がなんだか寂しげに貼られている。
僕らはこっそり二階にあがってみる。
千里さんのいた部屋から見える風景はやっぱり変わってしまっているだろうか。
部屋の前からは大学が見えるはずだった。
しかし、大型ディスカウントストアが駅前にできたらしく、僕がみていた風景とは全く違っていた。
予想はしていたが、いざ目の当たりにすると時が過ぎるということの寂しさと、現実というものの厳しさをこの年になって改めて感じてしまう。
『いいところだね』
母譲りの安心感あふれる笑顔で美凪が僕の手を握る。
そうだな。
僕は娘の手をぎゅっと握りしめた。
あの時、僕が初めて千里さんの手を握った時と同じくらい、いやそれ以上柔らかい娘の手は僕の涙腺を緩くするには十分だった。
ほお骨が痛むくらいに涙が溢れてくる。
千里さん見てる? 僕また泣いちゃってるよ。
あの日以来千里さんの前じゃ泣かないって決めたのに。
みっともない格好は見せないって決めたのに。
僕の言葉を聞いていたかのように優しい風が僕らに向かってながれてきた。
そして一枚の花びらが僕の頭に止まる。
その花びらは優しく僕の髪をなでおろして行った。
そう、初めて君の前で泣いたあの日と同じように。
そこにもう一つの手が僕の頭をゆっくりとなでてくれる。
やっぱり親子なんだな、君らは。親子そろって同じような魔法を僕にかけてくれる。
僕は袖で思いっきり目をこする。
端から見たら泣いた後なのは明らかだがかまうもんか。
行くか。
僕は新しい魔法使いの手を引く。
『うん、お腹すいた』
わかった、と僕は彼女のあたまにそっと手を置く。
とにかく僕は魔法使いを守るためにこれから腹一杯も食ってやろうと思った。
そして遠くで鳴いている仲間にも猫缶をかっていってやろう。そう決めて僕らはアパートを後にした。
頭を撫でるかのように、花びらが頭をかすめ、僕らを見送るかのように猫が、にゃあ、と鳴いた。
(了)
人見知りな僕と嘘つきの魔法使い すみやき @sumiyaki09032
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