第3話 霧野郎と転送野郎

「それは違えな。だってよ結構な時間ここにいるが腹が減らねえ、転送先の時間は止まったままの仕組みなんだろうな。しかもメリットは1人1つまで、この場所ん中じゃまあ2つはメリットが使われてるだろ。霧野郎と転送野郎だ。敵は2人、いや3人以上は確実にいる。極め付けはこいつら2人のメリットに攻撃性はない、つまり3人目がいずれなんかしらの攻撃を仕掛けてくる。そこを叩けば、残り2人は何もできず降参するだろうよ。俺らはそれを待つだけだ」シェイドの普段の粗暴な立ち振る舞いからは想像もできない名推理を聞いて団員全員の思考が一瞬フリーズした。確かに言われてみれば腹は空かない。餓死を狙っていると言う線は確かに辻褄が合わない。シェイドの推理に感心しているとどこからか声がした。「案外すぐに気づくんだな。傭兵なんてバカばっかだと思って甘く見てたよ」霧の中から声だけが聞こえる。団員全員が警戒体制をとった。声は反響し居場所が特定できない。「バレたなら隠しても仕方ないねえ。そうだよ僕たちは3人でひとつ、そして僕が執行人、新羅だよ。今から君たちを殺す、情けなんて期待しないでね!」新羅の声が響いた次の瞬間、空から何かが降り注ぐ。「俺様の下に‼︎」シェイドが大声で叫んだ。がんと金属がぶつかり合う。「どけっ!!」シェイドが盾を振り上げのしかかったものを吹き飛ばした。同じ顔をした青年が3人別々の場所に着地した。白いフリルのついたシャツに細身の白いスラックス。全身白の上品な装いに不釣り合いな金属バット。「分身、ですかね」マリーはナイフを手首に添えて言った。「3人、こっちが有利」ペリクロも臨戦体制をとっている。「個別に一体を相手しよう。合図で分かれる...分散!」声と同時に新羅に攻撃を仕掛けた。「切断...」マリーは腕を斬りつけ血を扇状の刃にし新羅に飛ばした。新羅はくるりと宙返りで刃を躱す。「そんなとろい攻撃当たるかよ!下手くそ!」新羅の挑発を無視してマリーは着地地点に血を飛ばし、鋭い血の槍を突き立てた。新羅の腹を貫き宙に浮かせる。「手応えがありません...これは分身のようです!」一方シェイドは大盾を振り回して新羅を追い詰める。「そんな荒い動き猿でもできるぞ⁉︎いや、お前はゴリラか」ヘラヘラと挑発を繰り返す。「こんのクソガキがぁぁ」シェイドは叫びをあげ新羅に盾で突撃する。バットで防ごうと防御姿勢をとった新羅だが、シェイドの剛力に勝てるはずもなく盾で押し潰された。「ちっ、こいつも分身だ」確実に潰したが崩壊しかけの壁には血の一滴も見当たらなかった。「指揮官、後ろ」新羅がピアーズの背後から現れバットを振り上げた。「こんなのも気づかないのかよ?」挑発しながらバットをスイングしたがピアーズはバットを屈んでかわし振り向きざまに肘打ちを繰り出す。よろけた新羅の胸にリボルバーで穴を開けた。「援護してくれてもいいんだぞ...」ピアーズは息を切らしながらペリクロに言った。ごめんねと返事は一言だけだった。執行人と言う割に実力は大したことないようだった。何より自分のメリットの使い方をよく知らないのか、分身を一体ずつ使うと言う宝の持ち腐れ状態で戦う素人っぷりだ。「全部分身ね。本体はどこに隠れるんだか」リーは陰からひょっこり顔を出して辺りを見回す。リーのメリットはあらゆる端子に対応する尻尾を電子機器に接続しその電子機器を体の一部のように操るというものだ。デメリットは体が虚弱になり運動に適さない体になることだ。つまり電子機器の使えない状況でリーは無力。銃も初めて使った時に両手首と鼻を折る怪我をしてから怖くて使えなくなった。霧はどんどん濃さを増している。あと数分もすれば敵味方の区別はつかなくなるだろう。時間との戦いだ、一刻でも早く新羅の本体を見つけなければ。「静かに、私に任せて」ペリクロは地面にしゃがみ込み耳を澄ませた。ペリクロのメリットは"五感増強"最大3つまで五感を選択し元の性能をそのまま強化する。デメリットは感覚を強化していない時に五感の性能が鈍くなること。この影響でペリクロは情緒の浮き沈みが小さく、物静かな性格になった。「10時の方向、約30メートル先呼吸音を検知。おそらく本体」ペリクロが機械的に敵の位置を割り出した。ペリクロの声とほぼ同時にシェイドとマリーは指示された方向に走り出した。ピアーズたちもマリーたちの後を追った。霧を掻き分け本体を探す。「待って、足音、10時...だけじゃない。多方向から大量の足音。数は優に10を超えてる」霧の中で動く影が無数に見える。全方位を分身たちに囲まれてしまったのだ。焦ったようにシェイドは言う「まずいぜ、この数は流石にきちいぞ。どうにかして本体を見つけねえとジリ貧だ」シェイドの言葉にペリクロが耳を澄まし本体を探した。構わず分身たちは攻撃を仕掛けてくる。挑発を繰り返す分身に団員たちは苛立ちを覚えた。「無理、こいつらうるさい」感覚を強化することができたとしても、本体の出す音よりも大きい音が大量にある状態での捜索は困難を極めた。少しずつ数を減らしているが新羅本体が分身を無限に作り続けているのか減る様子はない。「すみません...私、そろそろ限界...が」マリーはふらつきながら腕の切り傷を抑えた。マリーのメリットは血を好きに操るものである。新羅に使ったように刃や槍状にして相手に攻撃する使い方が多い。デメリットは傷を作り、血を流さなければならないことだ。その結果今回のように血を使いすぎると貧血になって戦闘不能に陥る。「マリー!」シェイドがふらつくマリーを抱えて背中の陰に隠した。「すみらへん...」呂律の回らないマリーをよそ目にシェイドは盾で分身を押し飛ばし続けた。「まずい、弾切れる」ペリクロが空になった弾倉を捨て、ライフルを背中に回した。ナイフに持ち替え分身と応戦する。いよいよ限界が迫る中シェイドはあることに気がついた。「マリー、まだほんのちょっとなら戦えねえか?」シェイドの問いにマリーは朦朧としながら答えた。「はい...まだ後5分くらいなら...だいじょぶれす」シェイドは少し口元をニヤつかせ、マリーを抱き抱えた。

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