【幕間】不穏な忠告
初夏とはいえ、最近は年々暑くなる日が早くなっている気がする……。
狭くてやや熱気の籠った部室の中で、私こと天田遥はヘッドホンをかけて映画の文字起こし作業を黙々とこなしていた。
「映画研究部」という名前だけあって、流石にビデオデッキやテレビ等最低限の機材は揃っているというのが、今はとてもありがたい。その分少しだけ室内のスペースが手狭にはなるけれど。
あの後、ご遺族の高城さんにお礼のお電話と共に、この作品の撮り直しをさせてもらえないか?とお願いしたところ、快く承諾してくれた。むしろ心なしか嬉しそうであったのは、きっと気のせいではないと思う。
「文化祭には、必ずお伺いしますね」
そう言われてしまった以上、何としてでもやり遂げなくてはいけないという気持ちが今以上に膨れ上がり、私は奮い立った。
……それにしても、先程から私は気になることがあった。
この映画は基本的に二人の少女のやり取りを主体にしてストーリーが進んでいくのだが、メインストーリーに度々はいるアフレコの部分で、必ずと言っていいほど、妙なノイズが聞こえるのである。
もっともこれはヘッドホンをして、ようやく気付くようなほんの小さなものなのだけれども。
そのノイズは一定ではなく、様々な何かの音に似ているので、妙に耳障りでひっかかるのである。
ある時は人の足音のような。その次のノイズはまるで誰かの泣き声のような……?
こういうアフレコに関しては、恐らく防音室で行っただろうから、外部からの音が入ることはない筈だというのに……それなのに、何故こんな不気味で奇妙なノイズが入り込んでいるのだろう?
そんな事を考えながら、作業をしていると扉側から薄く光が差し込んできた。ヘッドホンをして気付かなかったけれど、誰かが部室の扉を開けたらしい。
驚いて顔を上げると、そこには辻先生が立っていた。
「お疲れ様、作業は捗っているかしら?」
そう言って冷たいペットボトルのお茶を差し出してくる。
「わ、ありがとうございます!」
ありがたい。作業に没頭していて気付かなかったけれど、今更ながらに私は喉の渇きを自覚して、蓋をあけて中のお茶を一気に飲み干した。
「それで、作業の方はどうかしら?」
「順調ですよ、ほら、みてください」
書き起こされたノートを片手に、私は辻先生の前でビデオテープを再生させる。
「ラストがないんですけどね、起こせる部分はあと2割ってところです」
そう言って顔を上げると、辻先生はそのビデオ映像を見て、一切の表情を失くしていた。
「貴女、これをリメイクするつもりだったの……?」
普段は明るくて気さくな先生と評される彼女が、みるみる無表情になる様子は少しだけ怖い。
「はい。あの……何か問題、あるんですか?」
そういえば、辻先生には十年前の作品をリメイクするとだけ言って、作品の具体的な内容まではまだ話していなかったような気がする。それが先生の気分を害したのだろうか?
いや、それならば最初から聞かれていたような気もするし……。
「先生?」
「あ、ああ……ごめんなさい。実は私この作品知ってるのよ。私も昔、映研に所属していたから」
我に返ったように辻先生は、ぎこちない笑顔を浮かべた。
だがその笑顔もどこか今はぎこちないような気がする。
「そうだったんですか!? だから昔の映研について詳しかったんですね」
「まぁね。といっても、途中で色々あって辞めちゃったんだけど……。
そんなことより、天田さん貴女、本当に……これをリメイクするつもりなの?」
「もちろんです!ご遺族からの了承は得ていますし、それになにより——」
「……止めておいた方が、いいと思うわよ」
私の言葉を遮るように、静かな声で辻先生はそう言った。
「え———?」
それは一体、どういう意味なんですか?
そう問いかける前に、辻先生は「これから職員会議だから、もう行くわ」そういって、部室から早々に出て行ってしまった。
「どうして……」
それは十年前の、事故が原因の言葉だったのか、それとも、もっと別の理由があって、あんなことをいったのか……。
誰も居ない部室に問いかけを投げても、誰かが答えてくれるはずもなく——。
やがてビデオテープの映像は途中でプツリと途切れ、ブラウン管テレビにいっぱいに砂嵐が広がった。
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