「六枚目」

……どうもはじめまして。

私はこの女学園の二年生、二宮美里にみやみさと

映画研究部と新聞部を掛け持ちしてるの。――なぜかって?

どちらも私にとっては“素材集めの場”だからよ。

脚本家志望だからね。普段は映研で、空いた時間は新聞部で取材や記事執筆。効率重視というわけ。


……文芸部を選ぶことも考えたけれど、私は映画の脚本をメインに書きたかったの。

そうなると単純に書く量の問題ね。文芸部との掛け持ちは魅力的だったけど、映画の脚本と月一にある会報。これらをこなすとなると、学業を圧迫しかねない。


でも、新聞部なら文字数が決まっているし、記事のスペースは一定よ。それなら出来るかなと思ったの。


でも実際やってみると、意外な面でアテが外れたけどね。

最初に映画研究部に入った時には、映画を撮りたいという人は天田部長一人だったし。


それに新聞を書くというのも思いの外難しかったわ。限られた文字数の中で必要な情報を入れることって結構難しいし、インタビューなんかも初めてやったわ。

それに、インタビューの後、言葉をどうやって落とし込むかというのも、案外難しいし。

想定の範囲外ってやつだったわ。


……まぁこれはこれで良い経験よね。


一年生の時は、映研に入ってすぐ、部内の惨状にがっかりして、文芸部に入り直そうかって思ったのよ。でも、天田部長が縋りついて泣きだすものだから……。


それにそもそも、私が映画研究部に入ったのは、十年以上前にこの女学園の文化祭で見た映画がきっかけなの。

その頃まで、私は映画にも本にも大して興味がない少女だった。

親の言う通り勉強をして、親の言う通り塾へ行く。友達も少なかったし、面白みのない子供だったと思うわ。


でも、あの映画が私を変えたの。その映画がどんな話かは……ごめんなさい、話し始めると止まらなくなりそうだから、これに関しては控えておくわ。

ともかく今は具体的に言えないのだけど、今回の怪談企画が通って映画研究部が本格的に動き出すことが出来れば、私の手であの人の脚本をリメイクして、日の目に出すことができる ――。


その日が待ち遠しくてたまらないの。

だから、今回の企画に敢えて参加させてもらったのは、そういう経緯も含めてなのよ。


ごめんなさい、怖い話の方に移らせていただくわね。


けれど、話の腰を折る様で悪いけど、私はあまりオカルト信じていないの。

理由は……まぁ単純に見たこともなければ、感じたこともないからかしらね。


大体『霊感』なんて言葉もなんだかちょっと胡散臭いし。

見たことはないものを信じろと言われても困るでしょう?

それじゃあって、それを見るために墓地や神社に夜中に行くというのも、正直非常識よね。


あと、そこまでしたいとも思わない。


……わかっているわ。それじゃあ語り部として何のために来たかって話になっちゃうわよね。本間部長にも言われたわ。

ただ聞きたいだけで来るのだったら、絶対に参加させないって。


だから、今回は少し不思議なものを持ってきたの。


これは丁度天田部長が映画のリメイクのために、あちらこちらに奔走していた時の事よ。

私も手伝うって話をしたら、部長は首を振ってこう言ったわ「脚本担当の貴女は、そのための準備をしといて」って。

……私、初めてあの人を見直したわね。


でもそれだけじゃない。あのね、私今回の映画製作にすべてを掛けてるの。

部員はもう天田部長と私、名前だけ籍をおいてくれてる幽霊部員が二人だけで、殆ど機能してないの。

だから、今回の企画を絶対に成功させて、映画研究部を復興させたいと思ってる。

もし無理でも、映画を撮れるせっかくのチャンスだもの。絶対に逃したくないわ。



それで……脚本担当の準備って何をしたらいいかと思って考えたのだけど……。

やっぱりこういう時こそ「温故知新」ってやつよね。


先生に許可をもらって、旧校舎の映画研究部の部室に足を運んだの。

旧校舎は今はもう使われてないけれど、新校舎を建てたばかりの頃は、複数の部が旧校舎の教室の一部を、部室として使っていたの。

十年前の映画研究部も、旧校舎の教室を部室として利用していたから、きっと過去の資料があると思ったわけ。


当時の映画研究部は部員がかなり多かったから、色んなドラマを校内放送で流していたってOGの辻先生に聞いていたしね。


それにしても、建物というのは使わなくなるとすぐに朽ちていくものなのね。

旧校舎の木製の床は、歩くごとに色んなところがギシギシと反響してうるさくて、私以外の誰かの足音が、まるで複数人いるかのような反響音が聞こえたときは、さすがに振り返ってしまったわ。


……まぁ誰もいなかったけど。


鍵を開けて映画研究部の部室に入ると、そこは私からすれば宝物庫のようなものだったわ。

部室は埃っぽかったけれど、段ボール箱の中には、OGの先輩部員たちが書いた脚本が沢山詰まっていたし、棚の中にはビデオカセットテープが何本もしまわれていたわ。8㎜フィルムもあったわね。


部室内で沢山の先輩たちが残していってくれた、遺産の数々……。

何故早くここに来なかったのかしら?

正直あの時の私はかなり高揚していたわ。


それと、色々と漁っていて分かったけれど、十年前に脚本を書いていた人間は、主に二人だったみたい。

もう一人は今回送られてきたご遺族の方のペンネームだと思う。下の名前が同じだったから。


二人の脚本家のペンネームは、『九鬼燈火くきとうか』と、『五月雨枝織さみだれしおり』という名前だったわ。

後者の枝織さんが、高城さんという今回ビデオを送ってくれた方の娘さんね。

もっとも、二人のシナリオの雰囲気は全然違っていたけれど。


『九鬼燈火』さんという人のシナリオは、オカルト色が多いものが殆どだったわ。

私はオカルトを信じないけれど、話の書き方やオチのつけ方なんかはとても参考になったから、企画の参考になるかなって何冊か借りてきたわ。


一方で『五月雨 枝織』さんという人の作品は、友情ものが多かったわね。よくある友人との繋がりとか、すれ違い。そういう話がメイン。この企画が運よく進めば、いずれ彼女のシナリオを私たちが映像化するんですものね。


そうしてシナリオを何冊か見繕った後、

私は次にビデオのカセットテープの棚を漁り始めたわ。


私が十年前に見た映画があればと思ったけど……タイトルを忘れていたから……。今回見繕ったものの中に、あればいいんだけど。

でも、その時は再生できる機材を用意してなかったから、脚本と照らし合わせて、参考になりそうなものを幾つか手に取っていったの。


十年前の映画研究部の人は几帳面な人が多かったのか、大体は日付とタイトルが書かれていて助かったわ。


でもね――


「あら?」


棚の中に一つだけ、不思議なテープが入っていたの。

他の作品にはすべてタイトルが書かれているのに、そのカセットテープだけは別だった。

書き忘れなら、そこまで気にならなかった。でも違う……。

そのテープだけが、タイトルが油性ペンで黒く塗りつぶされていて、何が書かれていたのかが、まったくわからなかったの。


「……一体何が入っているのかしら?」


NG集とか、内輪のテストテープかしら? 最初に思ったのはそれだったわ。

でも、それにしたって、真っ黒にタイトル欄を塗りつぶすってちょっと異常よね……。

興味を覚えた私は、数冊の脚本と共にそれを持ち帰ってみることにしたわ。


寮生の人たちはご存じだと思うけど、私たちは基本的に一部屋につき二人の相部屋ってことになっているの。

動画はすぐに見てしまいたかったけど、あまりうるさくさせるのも、相部屋のパートナーに迷惑よね。


寮生は基本的に土日に実家へ帰宅することが殆どだったから、私はその週だけ帰宅することをやめて、週末をまったわ。そして、ビデオカメラを持ってきて早速視聴したの。

ちなみにビデオカメラは、まだ液晶のない時代だったから、レンズを覗き込んでみるタイプのものね。


…………。


ああ、ごめんなさい。あの映像に対してどういえばいいのかわからなくて。


動画自体は十分程度で終わる、どこにでもある、ありきたりなホラードラマだったわ。


多分、普通に昔放送部で流した映画研究部の作品ね。多分『九鬼燈火』さんの作品だったみたい。

でも、その作品はまだカメラワークも稚拙だったし、あまり面白い話じゃなかったから、彼女の習作だったのかもしれないわ。


え?どんな作品だったかって?


そうね……穂積さん、『さとるくん』って都市伝説を知ってるかしら?


公衆電話から自分の携帯電話にかけると、さとる君から電話がかかって来るっていう話なんだけど……。

それをやってみたら、本当にかかってきてしまうの。携帯電話は定期的に鳴るようになって、『さとるくん』はどんどん近づいてくる。そしてついに『さとるくん』は主人公のすぐ後ろにきてしまうの。

……こういうのって、本当は後ろを振り向いてはいけないんだけど、主人公は最後につい、振り返ってしまうの。

すると……携帯電話だけが床に落ちて、さっきそこにいた筈の彼女はにはいなくなっている……。

そんなオチの話よ。


まぁ、いってしまえばありがちな、そういうどこにでもある都市伝説よね。


………ふふ、穂積さんもしかして震えてる?

そう、結構有名な話なんだけど、本当に貴方怖がりなのね。

この話で怖がらせるつもりはなかったのだけれど、嫌な役回りをさせちゃったかしら?

ごめんなさい。


それで私の話は終わりかって?


うーん、それでもいいんだけど、実はちょっとだけまだ続くの。


最初はどこにでもある、学生が作ったホラー映画だったんだけど、ちょっとおかしなチラ付きが見えたの。


映画研究部の性かしらね。私どうにも気になってしまって、土曜日に部室で、ちゃんとした機材でもって、もう一度そのホラーを見返してみたの。


……穂積さん、サブリミナル効果って知ってるかしら?


――そう、知ってるの。


でも、一応知らない人もいるみたいだからサブリミナル効果について一度説明させてもらうわね。


サブリミナル効果っていうのは、普通の映像の中に一瞬別の映像を入れることで、潜在意識に別の記憶を擦り込むとかっていう映像技法なの。

洗脳とかに使う技法だといわれているわ。もっとも、実際科学的にどこまで根拠があるのかは不明なんだけれど。


映像を何度か巻き戻して、調べてみたら、十分のうちに六枚。一瞬だけ作品とは全く違う映像が映っていたわ。


あのね、サブリミナル効果っていうのは、かなりの枚数を映像に擦り込むことで、初めて効果があるとされている技法なのよ。

だから、たった十分に六枚程度の画像じゃ効果もあるとは思えない。

しかもその画像が奇妙でね、どういう意図なのかさっぱりわからないのよ。


え?どんな画像かって?


女性が寝ているだけの画像で、これをサブリミナルに使う理由があるのかしら?って感じね。

一応六枚全部携帯に撮っておいたから、後で見せてあげるわね。


恐らく映画研究部で実験的に作られた意欲作なんでしょうけど、失敗作だったからお蔵入りになったんだと思うわ。


ごめんなさい、オチのない話なんだけど、私の話は以上よ。



***



「ありがとうございました」


私はそう言って録音テープの停止ボタンを押……そうとして、はたと気づき彼女に声をかけた。


「二宮先輩、そのサブリミナルに使われてたっていう画像、一体どんな画像だったんですか?」


私が尋ねると、そういわれると思って。と言いながら二宮さんは携帯を取り出して一枚の写真を私たちに見せてきた。


「画像が粗くて申し訳ないけど、これが実際に写されていた画像」


その画像に写されているのは、少女らしき女性が、白い服を着て横たわっている寝顔だった。

「十分間の映像の中に……六枚くらいかしら?この女性の寝顔が写ってたの?」


粗い携帯電話の画像に、ブラウン管テレビに映し出された少女の安らかな寝顔が映し出されている。そこで私は奇妙な違和感を覚えた。少女の顔色は真っ白で……いや、違う……これ……。


「に、二宮さん……これ、ご遺体じゃありませんか?」


自分の声が擦れて震えるのがわかる。


二宮さんはきょとんとした顔で、首を傾げる。


「遺体って……どうしてこれが遺体だってわかるの?」


「これ、よく見てください。女性の鼻に綿がつまってます。鼻に綿を詰めるだなんて……死後の処置でしか見ないですよ」


「……それに彼女の着物、右前に着られてるわ。つまり――死に装束じゃない」


覗き込んでいた四辻先輩が、追い打ちをかけるように疑問を口にする。


「……ああ、そうね粗い画像なのに。フフッ、二人ともよく観察してるのねぇ」


呆れたように苦笑して、二宮さんは携帯を閉じた。

「これ一応映研で作ったデータよ?演出に決まってるじゃない」


「え、これ演出なんですか!?」

「そう考えるのが妥当だと思うわよ、私は」

「……え、映研ってこんな変なもの、ワザワザ撮るわけ?ホンモノじゃないの!?」


ほかの先輩が少しだけ青ざめて聞き返す。

しかし二宮さんはこともなげに頷くと平然と言い放つ。そりゃ、演出の為なら撮るでしょう、と。


「でも、この映像はちょっとね。恐怖演出?まぁある意味凝ってるのは認めるけど。

そもそもサブリミナルなんて、実際の効果が疑わしいものをいれるなんて……。

まぁ、当時の映画研究部が、それほど革新的だった、という事にしておけばいいのかしらね?でもそれなら、五枚目と六枚目の写真は失敗よね」


「五枚目と……六枚目?」


ええ、そういって二宮先輩は携帯のボタンを押していく。

「念のため、全部画像は撮影しておいたんだけどね」


そういって、1枚、2枚と画像が変わっていく。


「ほら、五枚目をよく見て?……薄目、開けているでしょう?

そして六枚目……カメラ目線」


……女が真っ暗な瞳だけをこちらに向けて、凝視してきている。

「……まあ、演出よね。たぶん」


そう言って二宮さんは携帯をパタンと閉じた。


「ほらね?生きてる人間ってこと。

どっちにしてもあまり面白くもないし、お蔵入りになった映像ってことでしょうけど。

でも穂積さん良い反応ね。サブリミナル効果だって知らなければ、案外この映像も怖いのものなのかもしれないってちょっと思ったわ」


二宮さんはくすくすと笑っている。


本当にそうなんだろうか――?

ここにいる全員の気持ちを代弁するような、微妙な空気が周囲を覆った。


……録画係の聖が近づいて、渋い顔のままで二宮を見つめる。

「二宮先輩、よくコレ平然と見てられましたね……」

「シナリオの参考にするんだから、当然じゃない」

「そうじゃなくて……あー、コレ見てる時変な事ありました?」


「変なことって? 幽霊がでてきたとでも?」


小馬鹿にするように二宮は笑うが、聖は顔を引き攣らせつつ言葉を続ける。


「”リサーチ”っすよ。こう言う時に何か怪現象とかあったら面白いでしょ?」


「なるほどね、貴女思ったより冴えてるじゃない。 でも残念、何も無かったわ。

……ああでも、このテープ見てる時、家鳴りが酷くてね」


「家鳴り……」


「ええ。旧い寮だから仕方ないけど……まるで天井を子供が走り回ってるみたいな音でね。本当にうるさくて!……イヤホンしてても聞こえるほどだったから、正直イライラしたわ

――私の部屋、最上階なのにね」


そういうと二宮さんは少しだけ不快そうに眉根を寄せた。

そこに若干の不安が混じっているような気がしたのは、気のせいだろうか?


「なるほど」


……全員沈黙してるけど、多分思ってることは大体一緒だろう。


まぁ、私の怖い話は以上よ。

二宮さんはこれ以上はなすことはないようだ。


「そ、それじゃあ、次の方のお話聞きましょうか!」


私は強引に話を変えることにした。



***

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