「髪人形」 後編

そうして、ようやく神社に到着したんだ……。


神社の入口にだけは、ポツンと小さな外灯がその場しのぎのようについていたけれど、正直この暗闇じゃ、あってもなくても微妙なところだ。


さてというところになったところで、ミカちゃんがついに泣き出してしまった。


「わ、私もうイヤ!絶対に行きたくないよ……。お家帰りたい……」


しゃがみ込んでシクシクと泣いているミカちゃんに、

アタシは慌てて背中を擦りながら、少しだけホッとしたの。


イッチンはミカちゃんに甘い。たぶん好きだったんじゃないかと思う。

それにミカちゃんたちが気が付いてたかは分からないけど、

ガリやアタシとは明らかに待遇も違ってたから、アタシ達にはお見通しだった。

だから、もしかしたら彼女がこうやって取り乱したことで、

肝試しは有耶無耶うやむやになるんじゃないかって期待したんだ。


でも現実はそんなに甘くなかったよね。

大きなため息をわざとらしくつくと、イッチンはゆっくりとこう言ったんだ。


「しょうがねぇなぁ。ならミカ、お前は先に帰っていいぜ」


「えっ?」


アタシ達はその言葉に耳を疑った。


ここに来るだけでもあんなに怖がっていたのに、

あんな真っ暗な道を一人で歩いて帰るなんて、今のミカちゃんに出来るわけがない。


「……イッチン、ねぇ、本気で言ってるの?」

「は?当たり前だろ? 懐中電灯あるんだから帰れるよな?

じゃあオレ先行ってるから、お前らもさっさと来いよ!」


そう言ってイッチンは、さっさと神社の階段を上って行ってしまったの。


……信じらんない、アイツ!

あんな奴置いて帰ってしまおうか?

そう思ったときだった。


「ミカちゃん、こっちに来て」

ガリが少し離れた場所からミカちゃんを呼んだ。

そこは外灯から離れたところにある、大きな杉の木だった。

「ミカちゃん、ここの木陰に隠れてて。

そうすれば、ミカちゃんからは僕たちが帰ってきた時にすぐ分かるし、

誰か変なやつが来たとしても、ミカちゃんが静かにしてれば、

絶対に気づかれないでしょ?」


なるほど、それは良い案だとアタシは思った。

ガリも怖いだろうに、けれどミカちゃんの肩に手を掛けると、優しくこう言った。


「少しだけ辛抱して。肝試し終わったら迎えに来るから、僕たちみんなで帰ろう?」


そう言って優しくミカちゃんに語りかけるガリに、アタシは素直に感動した。


「うん……ありがとう、ガイくん」


ミカちゃんがガリのことを亥と本名を言った時の声音は、

完璧に恋する乙女のそれだった。

そしてアタシはその瞬間、貴重なものを目の当たりにしたのだ。


小さな恋の終わりと、小さな恋の始まりの瞬間を――


杉の木の下にミカちゃんと残して、ガリとアタシはイッチンを追って神社に行った。

最初はビクビクしてたアタシだったけど、上ってすぐにイッチンが「誰もいねーや」とつまらなさそうに言ったのを聞いて、幾らかホッとした。


それもそうだ。いくら何でも毎日儀式を行うなんてことあるわけない。

「それじゃあもう帰ろうよ」

アタシはすぐに提案したよ。イッチンには決して言わなかったけれど、

ミカちゃんだって階段下で待ってるわけだし、

こんな真夜中に神社に子供だけなんて、バレたら大目玉だ。


だけどイッチンは引き下がらなかった。

「何言ってんだよ、もう少し待ってりゃ来るかもしれねーじゃん」

イッチンがこうなったら、もう絶対に譲らない……仕方なしにアタシたち三人は

懐中電灯を消して神社の木陰に隠れ、相手が来るのを待つことにした。


真っ暗闇の神社の草むらに隠れて、蚊にも刺されるし正直に言えば最低最悪だった。

隠れて待ってる以上、刺されても叩くわけにもいかないし、我慢するしかない。

「……んだよ、せっかく全然来ねえ! ああもう帰ろうぜ」

怒り任せに蚊を叩き落とすと、いい加減イッチンもようやく飽きてくれたらしくて、ようやく観念してくれた。

多分待っていたのは、30分にも満たない時間だったけれど、

体感的に1時間くらいに感じたよ。


内心ホッとしながら、アタシたちが立ち上がろうとした瞬間だった。

「待って!」

突然ガリが声を潜めながら、アタシ達の腕を掴んで引っ張った。

「んだよ、ガリ!」

「シーっ……誰かが階段を上がってくる音がする!」

彼の言葉にアタシたちは声を潜めて耳を澄ませた。


――カランッ、カランッ。


……本当だった。しかもこの音、明らかに靴じゃなくて履いているのは

下駄か何かだと思う。

アタシ達は再び身を縮こませて、草むらの中に身を潜ませた。


—―カランッ、カランッ


音はどんどんと大きく鳴っていく。

間違いなく下駄を履いた何者かが、この階段を昇ってくるのが分かる。


今考えたらアタシ達ってラッキーだったんだと思う。

さっきも言ったけど、その神社は常夜灯もない田んぼのど真ん中にあった。

だからもし、こっちのほうが相手より遅く来てたら……どうなってただろう?

……ううん、ごめん。変な想像させちゃって。


—―カランッ、カランッ


下駄が階段を昇ってくる音が徐々に近づいてくるのを聞きながら、

アタシ達は草むらでジッとしてた。


やがてゆらゆらと揺らめく炎が徐々に昇ってくるのが見えたんだ。


—―カランッ、カランッ、カツッ。


階段を昇り終えた音が聴こえた時、

アタシの心臓は跳ね上がって思わず肩が震えたよ。

草むらの端から覗き込んだ時、見えたのは、漫画でみたような恰好をした、白装束を着た女性だった。

ソイツがアタシたちの草むらのすぐ横を通り抜けて、

ゆっくりと神木の方へと向かっている

それでね、アタシあまりの怖さに力がうまく入らなくなっちゃって……。


ガタンッ!


……うっかり懐中電灯を落としちゃったの。

静寂に包まれていた神社で立てたその音に全員が息を呑んだ。

遠ざかっていったはずの女が、恐ろしい勢いでこちらを振り向いたよ。


カランッ、カランッ。


徐々に近づいてくる下駄の音。

それに呼応するように心臓がアタシの全身を震わせた。


「おい、お前らよく聞け!」

イッチンがアタシ達に顔を近づける。

暗闇の中、隠しきれない少しだけ震えた声。

いつものようにふざけた顔じゃない。本気で怖がってる顔だった。


「いいか最初オレが出て、神社の裏手に走ってアイツをひきつける。アイツがオレを追いかけて神社の裏まで行ったら、ガリとミカは逃げろ、そんでもって警察呼んで来い!」

「で、でも…」

泣きべそをかきながら言うアタシに、イッチンは喝を入れた。

……そうだった。イッチンは普段ワガママで乱暴だけど、怖がってる子や、

みんなが引いてる時は、必ず一番前に立つ子だったんだ。


「うるさい、裏手に回るまで、絶対でてくるんじゃねーぞ?!」

そういうやいなやイッチンは、アタシが取り落とした懐中電灯を掴むと、

草むらから飛び出して、ライトをつけた。


「う、うわあああああああ!!」


イッチンは大声をわざと上げながら、神社の裏手の方へと消えていく。

すると今まで緩慢な動作で近づいてきたソレが、

本気でイッチンを追って走り出した。


「うぎゃおああええええええっ!!!」

とても人間とは思えないような叫び声と共に……。

アイツは下駄を履いてるにもかかわらず、恐ろしく速かった。

アタシたちはイッチンが言う通り、彼らが神社の裏手に回った瞬間に急いで草むら

から外に出ると、懐中電灯で足元を照らしながら階段を下りた。


古い階段は急いで駆け下りようにも勾配きつく、一つ間違えれば転げ落ちて行き

かねなくて、アタシたちはもどかしさを抱えながらできる限り着実に、

下りていくことしかできなかった。


懐中電灯を使わざるを得ないこの環境で、

もしアレがアタシたちの存在にも気付いたらどうしよう?

アタシはイッチンの無事よりも、そのことばかりを考えて震えながら降りて行った。

……正直、サイテーだよね。


ようやく階段をすべて下り終えると、

アタシとガリはすぐに杉の下に隠れていたミカちゃんの所に行った。


……ミカちゃんは口元を必死に抑えながら、震えて泣いてた。

ミカちゃんもアレが昇っていくのを見ていたらしくて、

悲鳴をこらえるのに必死だったって。

助けを呼びに行こうにも怖くて動けないし、アタシ達の事も気になるし、

動くに動けなくてパニックだったって。


とにかく警察を早く呼んでこようってことになった時に、ガリが冷静にいった。


「ごめん、呼びに行ってきてくれるかな?」


「……ガリ?」


「僕はこの中で一番足が遅いし、足手まといになっちゃうから。

それにイッチンがもしかしたら降りてくるかもしれない。ここで待ってるから、

警察をアキちゃんとミカちゃんだけで呼んできてくれる?」


ガリは地面に落ちていた手近な棒を拾い上げると、アタシたち二人を押しのけるように手で制した。


ガリが何のために残ろうとしてるのか、アタシは何となくわかった。


もしイッチンがダメだった時、

アタシたちが確実に警察まで行けるように……保険の為に残るんだって。


「で、でも――」


アタシたちが躊躇っているときだった。


「う、うぎゃあああああっ!」


神社の方で叫び声が上がった。


間違いない、イッチンの声だ。

アレに捕まったんだ!


「二人とも早く行って!!」

神社から自宅へ戻るまでの道を、がむしゃらにアタシ達は走り抜ける。

カエルたちの声ももう耳に入ってこなかった。

途中で息が切れても、アタシ達は必死で走り続けた。


「ア、アキちゃん、待って!」

「ミ、ミカちゃん、もうちょっとだから……!」


途中でミカちゃんが息を切らせてバテた時は、

力の限りアタシは彼女の手を引っ張りながら、農道をひたすら走り切った。


神社から近いのはアタシの家だったから、

アタシの家まで一直線に走って扉をあける。

家族は全員寝てたけど、大騒ぎする私達の様子に、

血相を変えて、すぐに警察を呼んでくれたよ。


そして、大人たちは大慌てで全員総出で神社の方へ向かったんだ。


……アタシたちは同行させてもらえなかったけど、イッチンは神社の裏手で気絶してたって。

気絶してただけ。命に別状はなかったみたいだけど、右側の耳から上の一部の髪の毛が、ごっそりと抜き取られてたんだって。


ガリはあの後、杉の木の下で、震えながら立っているのを大人たちに見つけられて、保護されたって。

彼はイッチンかもしくは“アレ”が来るのをずっと待ってたらしいんだけど、

階段を下りてくる人は誰もいなかったんだって言ってた……。


イッチンには色々とヒドイこと言われたけど……結局アタシ達、

イッチンのお陰で最悪な思いをせずに済んだんだよね。

だから、命は無事だったって聞いてホッとしたんだ。

けど、翌朝イッチンのいる病院に行ったら、とても恐ろしい思いをしたらしく、

取り乱して話も全然できる状態じゃなくて……。


それから数日間は、アタシもガリもミカちゃんも、

ずーっと警察の人から事情聴取を受けてさ、何度も同じことを繰り返し聞かれて

つかれちゃった……。


ガリはあの後震えながらイッチンとアレを待っていたらしいけど、おかしなことにアレは階段から降りてくることもなく、煙のように姿を消してしまったんだって。

……多分別のところから降りて行ったんだと思うけどさ、

神社への道はあの階段だけだし一体どうやって姿を消したのか、

今のところわかんない。


あのあと散々両親に叱られて大変だったんだ。

でも事件は結局は変質者ということで話は収まったみたい。


……でも不思議だよね。あの後調べてみたんだけど、あの神社って、

イッチンが言うような、呪いで有名な神社ってわけでもない、

何の変哲もないただの村の土地神様の神社だったみたい。


アタシは警察からの事情聴取の後、居づらくなっちゃって、

早々に家に帰されることになったよ。


特にイッチンの母親の取り乱し方は尋常ではなかったから……。


ガリやミカちゃん達はあの後どうしたのかなぁ?

……あとイッチンも。

気にはなってるけど、正直怖くて……。

中学受験もあって、あれ以来あそこには行かなくなったんだ。


あのね、最後に一つ、恐ろしいことがあったんだ。


事件の後、帰省のする直前にアタシ、イッチンがいってた、

あの杭が打たれてたっていうご神木がある場所に行ってみたの。


どうしても、気になっちゃったんだ。

イッチンの髪の毛がごっそりと抜き取られてたのが……。


だからイッチンが言ってた、ご神木の方に行ってみたけど、何にもなくてさ。

それで、ホッとして帰ろうとしたんだけど……。


ふっと、私何となくなんだけどその時、直感が働いたの。

うまく言えないんだけど、神社の裏手に何かあるんじゃないか?


そう思ったんだよ。


それで、何となく言ってみたら――


神社の裏手にも、若い杉の木が一本映えててさ、

そこに何か黒いものが突き刺さってたんだ。


何だろう?ってよくよく近づいたら……


髪の毛の束で作られた小さな小さな人形が――


……太い大きな五寸釘が、打たれてたんだ。



あれってやっぱり……イッチンの髪の毛……なんだろうね。

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