「髪人形」前編


はじめまして!

アタシの名前は一ノいちのせ亜紀あき

今年の四月に入学したばかりの一年生です。

……といっても、中等部からのエスカレーターだけどね。

先輩方、今日はよろしくお願いします!

アタシは中学からこっちだから、知ってる人もチラホラいるね。


でも、アナタは初めてよね。

基本ここはエスカレーター式だし、高等部から入学って人は珍しいんだよ。


ねぇ、あなたの事ほずみんって呼んでいいかな。

だってアタシと同じ1年生じゃない。かしこまる必要ないと思わない?

会うのははじめてだけど、これも何かの縁だし仲良くしようね!


……ゴメン、アタシ、馴れ馴れしいってよく言われるんだよね。

でもアタシ、ほずみんとはすっごく仲良くなれそうな気がするの。ほら、直感ってあるじゃない?


アタシこういうのって結構直感で決めるんだ!

……で、ほずみん的にはアタシってどんな感じ?


……ちぇー、まだ分からないか。まぁフツーそうだよね。でもザンネン。仲良くなれそうなんだけどな。……あ、モチロン友達としてって意味だよ?


話は変わるんだけどさ、ウチの親ってね転勤族で引っ越しが多かったんだ。

小学校の時なんて、それこそ一年ごとに別の学校って感じ。


――正直ツラかったな。


小学校高学年の頃にはすっかりあきらめてた。

最初から最後までアタシはよそ者なんだって。歳の割りにはすごい冷めてたと思う。


生活のためだなんてリクツではわかってても、子供のころは納得出来なかった。


……ううん、今でも納得は出来てないのかも。

だってそれが嫌でこの学校に入ることに決めたんだもん。


あ、今珍しいって顔した?

ウチの学校ってさ、お嬢様学園だし寮則も校則も厳しいじゃない?

だから、進んで寮生になるために来る娘なんて滅多にいないよね。


でも、転校するよりは絶対にマシだよ。

だって、ここは環境がコロコロと変わらないんだよ?

皆は規則がーってぼやいてるけど、そんなのはアタシからしてみれば大したことじゃない。


地方を転々としたアタシからしてみれば、ルールなんてどこのコミュニティにも沢山あるもんだし。


肝心なのは慣れだよね、慣れ。


とにかく、アタシからしてみれば、ココは全然イージーモードなわけ。


あ、ごめん!自己紹介が長くなっちゃった。

怖い話をするんだったよね。


ともかくかいつまんで言うと、

アタシは直感を大事にする人間だってことだけ覚えておいて。


今からする話は、そういう話だからね。


でね、転校続きのアタシにも、毎年二回楽しみなイベントがあったんだ。


転勤族の負い目からなのか、アタシの両親って結構アタシの欲しがるものとか、意外と嫌がらずに与えてくれてね。

子供の頃は最新のゲームでよく遊んでたんだ。

高学年になったら、家に帰って勉強終わったらすぐゲームの電源入れてさ。今考えると、それも友達が少なかった要因だったのかなぁ……。って今更だけどね。


で、話を戻すけどアタシの毎年楽しみにしていたのは、長期休みにお母さんの実家に遊びに行く事。

お母さんの実家は、すんごい田舎の集落なんだけど、そこの村全体が家族って感じでね、親戚も凄く多かったうえにアタシと同い年の子が多かったんだ。


田舎じゃ最新ゲーム機を持ってる子供って珍しいらしくて、毎年休みの時はみんなで集まって遊んでたんだ。


え、ゲームが目当てな気がするって? まぁ最初のきっかけはそうだったのかもね。

でもアタシは遊び相手が欲しかったし、友達も欲しかった。切っ掛けなんてどうでもよかったんだ。


それに、その子たちとはゲームだけじゃなくて、外でも沢山遊んでくれたんだよ。

気が付けば、最新ゲームなんてほっぽりだして、外で遊ぶ時間の方が多かったくらい。


……楽しかったなぁ。

それでね、アタシといつも遊んでくれる友達は、三人いたの。

まず、アタシより一つ年上のガキ大将、リーダーの「イッチン」。

本名はハジメっていうらしいんだけど、足も速くて力も強くて、何をやっても一番だったから、みんな彼の事はイッチンって呼んでた。強引なところはあるけど、面倒見がよくて、ミカちゃんがやガリが転んで怪我をすると、すぐ駆け寄っておんぶして家まで送ってくれることもあったんだ。


それとイッチンと同い年の従妹で、おっとりした性格のミカちゃん。

優しい性格なんだけど、結構しっかりしてて、彼女はアタシたちの仲裁役って感じだったかな。アタシ結構お喋りだからイッチンと口喧嘩しちゃったときは、よく窘めてくれることもあったよ。


それといつもイッチンの後ろをついて回ってたのが、アタシと同い年の男の子で、あだ名は「ガリ」。

本名はがいって言う名前で結構格好良い名前なんだけどね。イッチンが「コイツ、ガリ勉だからガイじゃなくてガリな!」ってその一言で、彼のあだ名はたちまち「ガリ」になっちゃった。……ガリがそのあだ名をどう思ってたかは知らないけど、さ。


年上のイッチンに逆らいにくいのもあっただろうけど、実際ガリってすごく色んなこと知ってたし周りの事よく見てて、アタシは結構気に入ってたよ。


夏休みと冬休みは本当に楽しかったな――


あそこは唯一分け隔てなく、アタシをアタシとして扱ってくれる場所だったんだと思う。


でも、もういけないんだ。


アタシが壊しちゃった――


それは忘れもしない、小学5年生の夏休みのことだった。

ある日の夏休み、イッチンがすごく楽しそうな感じでこう言ったの。


「おい、肝試しをしないか?」


って。

イッチンが言うには、この近所に呪い祈願ですごく有名な神社があって、最近そこでご神木に藁人形を打ち付けている人がいたんだっていうの。


「青年団の兄ちゃんがさ、見回りしてる時に見ちまって、追いかけられたって言うんだよな」

幸いそのお兄さんは足が速かったから、何とか逃げ切れたらしいんだけど……。


でもね、アタシはそれを聞いて思わず笑っちゃったんだよね。

イマドキ丑の刻参りなんて、あるわけないじゃん!って。


そしたら、イッチン、急に顔を真っ赤にしてすごく怒っちゃって。


「だったら証拠をみせてやる!」


って持ってたナップサックを漁り始めたんだ。

ええっ、ってアタシびっくりしたよ。

まさか持ってるなんて思わないじゃない?


「ほら、これだよ!」


そういってイッチンが得意気に出してきたのは、確かに本物の藁人形だった。


それもただの藁人形じゃないの。五寸釘っていうの?すごい太い釘が藁人形のおなかにぶっすり刺さってた上に、他にも小さな釘が藁人形の全体に何本も刺してあってさ。


それだけでも十分奇妙なのに、よく見るとその藁人形、沢山黒い筋みたいなものが、何本も外に出てるんだ。

……アタシ、何だろう?と思って顔を近づけてみて、思わず鳥肌が立ったよ。


「ひぇっ……!」


……無数の髪の毛が中に、埋め込まれてたんだ。


藁人形で使う髪の毛って、普通に考えて1,2本でしょう?

それなのにその藁人形、もうこれでもかってくらい中にびっしり入っててさ。それで埋め込まれた毛髪が、はみ出してるの。


あり得る?埋め込むなんて。異常だよ。だからアタシじゃなくったって、一目で分かったと思う。…ああ、これやった人本当にこの人を殺したいんだ。恨んでるんだな……って。


アタシも思わず顔が青ざめちゃったし、ミカちゃんにいたっては、悲鳴を上げてた。ガリも私と似たような反応だったと思う。


それなのに、イッチンだけが何の躊躇いも持たずに持ってるんだから、豪胆なんだか鈍感なんだかわかんないよね。

「イ、イッチン、何でコレ……持ってるの?」

「青年団の兄ちゃんに聞いてからさ、面白そうだから行ってみたんだよ。そしたら神木にまだあったから持ってきたんだ!」


……どうしてそんなことができるんだろう?

アタシの顔が更に青ざめたのをみて、イッチンは逆に機嫌が良くなったみたいだった。

ニヤリ、とイジワルそうに笑うと、無慈悲にもこう言ったの。


「じゃあ、今日は神社で全員肝試しに決まりな!」


もう一人で大張り切り。アタシたちは当然止めたよ。特にガリなんて物凄く必死でとめたよね。ガリはすごく色んなこと知ってたから。


「イッチン、丑の刻参りってすごく怖い呪いの儀式なんだよ。

見られた場合は儀式が失敗するから、絶対に見られちゃいけない。見られると、呪いが相手に跳ね返ってくるっていうんだ」


そういうんだけど、イッチンは絶対に譲らない。

「相手に跳ね返る?じゃあオレたち良いことするってことじゃん?」

「違うよ、怖いのはここからさ。儀式が跳ね返ってこないようにする方法があるんだ」

ガリはゆっくりと話し出す。

「跳ね返らないように……、見た相手を呪い殺しちゃえばいいんだ。

だから僕たちがもし、丑の刻参りを見てるってことがバレたなら、そいつは絶対僕らを呪い殺しに来る」


その言葉にアタシは、サーっと顔面どころか足先まで血の気が引いたような気がした。


――絶対に行かないほうがいい。


その時のアタシの直感はそう告げていた。

だから、アタシもガリの味方をして、全力でイッチンを説得した。

夜の神社なんて怖いし、危ないから絶対に行かないほうがいいって。


そしたらイッチンすごい剣幕で怒っちゃったんだ。


「イッチン辞めようよ、何かあったらどうすんの?」

ガリだけじゃなくて、アタシにも反発されて、イッチンはカチンときたようだった。


「おい亜紀、お前さっきまであるわけないとか笑っておきながら、何ビビってんだよ!」


「そ、それは……」


確かにそうは言ったけど、実際に見せられてからでは話が別だ。


うまく言えないけど、心臓がバクバクといつまでも止まらないし、首筋がすごくチリチリとして、背筋がゾワゾワしたのを覚えてる。身体中のすべてが、そっちに行くことを拒否してる。……そんな感じだったんだ。


「……さ、さっきは馬鹿にしてごめん!本当にあるなんて思ってなかったの。だから神社に行くのは止めようよ」


一瞬頭を下げることに抵抗を感じたけど、アタシの「直感」は絶対に行くんじゃないって言ってた。


だから私は素直に頭をさげたよ。だってそれくらいあの藁人形は禍々しかったんだ。


だけど、イッチンは許してくれなかったんだ……。


「ふざけんなよ!人のこと馬鹿にしといて、ビビったらそれかよ!!都会のもやしが!!

……分かったら今日晩御飯の後、いつもの空き地に集合な。もし従わなかったら……これだからな」

そういって、イッチンは握りこぶしを作った。


夕方、早めの晩御飯を食べた後、疲れたから寝るって噓をついてアタシはこっそりと外へと抜けだした。

田舎はおおらかで戸締りはザルだったし、念のためアタシは自分のあてがわれた部屋の窓のカギを開けておけば、大体は大丈夫だった。


後で知ったんだけど、イッチンってあの辺りじゃ大きな地主の家の息子さんで、そのせいで子供たちの間でも上下関係があったみたい。……どこでも人間関係って色々あるよね。

アタシはアタシで、『都会のもやし』なんて言われたのが結構堪えてた。

みんなで仲良くやってたと思ってたのに、そんな風に思われてたなんてね……。


ともかくアタシたちはいつも待ち合わせていた空き地で合流すると、各々持ってきた懐中電灯を片手に、イッチンに導かれるままに神社へと向かった。


神社には何度か足を運んだことはあったけれど、真っ暗闇の道はなんだか昼間とは別世界に入ったようで、凄く怖かったのを覚えてる。神社は集落のど真ん中にある小高い丘の上にあって、そこまでの道はひたすらただの田んぼ道。だけど常夜灯なんてなくて、真っ暗だった。

アマガエルの合唱の合間に、たまにウシガエルが鳴くんだけど、聞き慣れないアタシには誰かの唸り声みたいで、一層怖かったな。


あの中で盛り上がってたのは、イッチンだけだったと思う。

ミカちゃんはすっかり怖がっちゃって、アタシに手を握ってて欲しいって、半分腕に縋りついて歩いてた。

「もやしとミカは本当に臆病だよなぁ」


なんてからかいながら、イッチンは先頭をどんどんと歩いていた。

どうやらアタシのあだ名は、もやしに決定されてしまったらしい。

ーー来年は来るのを止めようかな……中学受験もあるし。

小さくため息を吐きながら、アタシはうんざりした気持ちで、重い気持ちで足を無心に動かした。



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