第2話
東の空がようやく白み始めた。
夜の冷気を帯びた空気が
木々の葉が
「ふぁーあ……」
久方ぶりの
それは、
お
(……こんなに眠れたの、いつぶりだろうな)
心の中で
「おはよう」
「……え?」
次の
思わずその言葉に
振り返ると、リーシャが
「なんだよ、その顔。
「いや……
思わず
「ふーん。
リーシャは
「まあ、そうだな」
そのやり取りの中で、
リーシャは
リーシャはそれを
「ほら、
皿に盛られているのは、
その見た目以上に、
「……ありがとう」
「どうだ?」
リーシャが自慢げな声で問いかけてくる。
その顔には、少し得意げな笑みが浮かんでいる。
「……
心からの
「そりゃそうだ。フェンリル族
その言葉に、
「そういえば……どうして
その問いに、リーシャは
……だが、次の
「……くだらねえこと
ぶっきらぼうな言葉だったが、その背後には
その朝食のひとときは、
◆◆◆
朝の光が森の木々の間を差し込み、
葉の上には
――朝食を食べた後、リーシャは
その動きに
(
今だからこそ分かる、目の前を
(とはいえ、
破れた衣服の
それでも、彼の足は止まらない。目の前を進むリーシャの背中が、
「……それで、何をさせる気なんだ?」
彼が疲れた声で問いかける。流石の
目的が分からない不安を
振り返りざまに
「
「しゅ、
その言葉は
「フェンリル
その言葉には抗いがたい力があった。
(ほう……いい目するじゃねえか)
リーシャは思わず心の中で
目の前の明らかにぼろぼろで昨晩は死ぬ寸前の鹿のような顔してた男の
「……
彼の声は低く、それでいて揺るぎない決意が込められていた。
リーシャは驚いたように
「お前……本当におかしな奴だな。そんな台詞、今どきの人間が言うとは思わなかった」
彼女はそう言いながら軽く手を振り、再び前を向いて軽快に歩き出す。
その足取りには、どこか楽しげなリズムが加わっていた。
「今どき、か……」
「そうだ、今どきの人間だ。さっき聞いてきたよな? 『異種族は普通人間を嫌うんだろ』って」
「あ、ああ……」
「
「…………」
「一方的に嫌ってくる相手に対し、好きになる道理なんざねえだろ。こっちから願い下げだ」
「…………」
――いや、そもそも否定する材料がなにもない。
何故なら、
「さて、くだらねえ話はここまでだ。付いてきな」
短く
◆◆◆
森の中は深い静寂に包まれている。
足元の土が柔らかく沈み込み、
リーシャが徐に片手を挙げ「止まれ」と指示を出すと、
「……いるな」
彼女の声は低く静かだったが、確信に満ちていた。
それでも、リーシャの言葉に嘘はないと感じた。
「どこに?」
小声で問いかけると、リーシャは指を一本立てて前方を示した。
「いるだろう? ……気配くらい感じろ。人間だって、牙がなくても狩りはできるんだよ」
その指先の先には、茂みの影が揺れている。
「いやそんな無茶苦茶な……どんだけ動体視力いいんだ?」
「比べたことなんざねえが、こんぐらいのことは他の種族のやつらだって余裕にできるさ」
僅かに影が、風とは異なる速さで揺れている。
「あれか……?」
「そうだ。仕留めるぞ」
リーシャはそう言うと、背中に背負った長弓を静かに手に取る。
その動きには一切の無駄がなく、風の流れすら乱さないほど静かで洗練されたものだった。
彼女は弓に矢を番え、息を整える。
矢が放たれるまでの瞬間、森全体が息を呑んだように静まり返る。
僅かに風で草木が揺れ、葉が音を立て舞い落ちる。
刹那――矢は空を裂いて茂みの奥へ放たれ消えていく。短い音が響き、その後には静寂が訪れた。
「よし、仕留めたな」
リーシャが静かに確信をもって呟き、矢の飛んでいった方向へと歩き出す。
彼の表情に驚きが浮かぶ。
「こんな簡単に……」
「はっ」
「簡単? 馬鹿を言え。これは技術と経験の結果だ。狼の鼻と目を持たないお前にゃ、まだ遠い世界だな」
その皮肉混じりの言葉に、清嗣は思わず苦笑を漏らした。
「そうかもしれないな。けど……狩りがとても難しく、でもすごいということだけはわかる」
「何故、そう思う?」
「生命が行き交っているから」
その一言に、リーシャは少しだけ表情を緩めた。
「まあ、最初にしては悪くない……及第点だ。
お前も少しは感じただろう? 獲物の気配ってやつを」
「ほら、ぼさっと見てないで来い」
リーシャが振り返りもせずに言い放つ。
「お前……生きていくのなら、誰かに頼るだけじゃいつか詰むぞ」
その言葉には冷たさが滲んでいたが、同時に厳しさの裏に優しさがあるのを清嗣は感じた。
リーシャの手は止まらず、ナイフの刃が正確に獲物の毛皮を剥いでいく。
「一人で生きていくためには知識と知恵、そして力がいる。
これが自然の摂理だ、甘えは許されない……分かるか?」
清嗣はその問いに答えられなかった。
意味は分るし理解もできるが、ただ受動的に生きてきた者――
だからこそ、
リーシャは剥ぎ取った毛皮を手際よく整えると、手元にあるナイフを丁寧に拭うと逆手に持ち替え、
彼女の口角が少し上がっているように見える。
「まずは知識だ。さあ、お前もやってみろ」
「お、俺にできるのか……?」
「できるかどうかは、やってから言え。最初からできねえって言って決めつけるやつはいつまで経ってもできやしねえ」
「…………」
「フェンリル族にはな、『牙を持つ者は牙を磨け』って言葉がある。自分で動かなきゃ何も変わらねえよ」
その刃を握る手がぎこちなく震える。リーシャはその様子を見て、鼻で笑う。
「やれやれ……まずその持ち方からなってない。刃を握る手はこうだ、力を込めすぎるな」
「あ、ああ……」
彼女は
その手の動きは、意外にも丁寧で、彼女がいかにこの作業を熟知しているかが伝わってきた。
「次は皮を剥ぐ時の角度だ。刃を寝かせすぎると肉まで削るし、立てすぎると毛皮が裂ける……力の入れ具合はこんな感じだ、見て習え」
リーシャが手本を見せながら、
その過程で
捌き方を一通り教えた後、リーシャは腰を上げて軽く体を伸ばす。
その動作は自然で、獣のような軽やかさを感じさせる。
一方、
「くく……お前、本当に体が固いな」
「悪かったな……あまり運動してこなかったから」
「いや、それだけじゃねーな」
「……?」
リーシャが呆れながらもどこか面白そうに口角を上げる。
彼女の目は清嗣の動きを観察し、そのボロボロの状態にため息をついた。
「まず構造上の問題ってやつだ。アタシらフェンリル族――
「いや、それは……」
ただ、彼女の言葉を黙って受け止めた。
リーシャは肩をすくめながら軽く笑う。
「ま、そんな体でここまで歩いてきたのは
「それ、褒めてるのか?」
「アタシなりに、だがな。まあ、
「――異常、か」
「
「それに?」
「なんでお前、『自分を誇らない』?」
「…………はい?」
「
「…………――――」
「生に対する
「はは……どんな人生を、か……」
尻すぼみに
思い出したくないのか、語りたくないのか……暗く深い感情が
リーシャは徐にパンッ! と両手を叩く。
思わず
フェンリル族の女性は
「なあ、お前……得意なことは何だ?」
「……得意なこと?」
「そうだ。お前が一番自信を持てることだよ。自分の牙が何なのか分からない奴は、どこかで食われるだけだぞ。なんかあんだろ」
「…………」
その言葉に
「考えること……かな」
「考える?」
「ああ……昔から、考えたり妄想を膨らませたりするのが得意だったんだ」
その答えに、リーシャは一瞬目を丸くし、すぐに微笑んだ。
「ほう、それならいいじゃねえか。じゃあ、考えるのはお前の役割だ。指示を出せ」
「……指示?」
なんのことだ? そう訝しむ
「ああ、アタシが動くからお前が考えろ。森の地形を読んでどう動けばいいのか教えろ。そうやって持ち味を活かせば二人とも無駄なく動けるだろ?」
「いや、そんなバカな……俺はこの森のことを知らないんだぞ?」
「知らないのならアタシが教えてやる。お前に生きているという実感を得させてやる。それが……昨日今日泊めてやったアタシへの恩義だと思いやがれ」
その言葉には彼女らしい合理性と皮肉が含まれていたが、
(考えるっつったって、そういう意味じゃなかったんだが……)
言葉通り、ただ物語を考えたり思いを馳せたりする程度のことを指していたが、彼女はより実践的なものを求めてきた。
無論、狩猟なんて初めてな上に軍紀ものやバトルものなどを読んで
咄嗟にやれと言われてできるものじゃない……が。
「分かった。まずは、森の地形を教えてくれ」
その言葉に、リーシャは満足げに頷き、手で森の奥を指し示した。
「いいだろう。まずはこの辺りの
「いや、あの……お
「あほ言え、お前のママじゃねえんだ。
「これだけは覚えろ人間。死にたくなければ全てを
「……死にたくなければ、生きるために
「そうだ。そいつさえできるようになったそんときゃ……考えてやるよ」
「なにを?」
彼女は答えず、ただ自信と野性味あふれる笑みを浮かべるだけだった。
(やってやる……こんな俺にここまで教えてくれたんだ。彼女に応えてみたい)
その決意は、自分自身への誓いだった。そして、彼はリーシャの後を追いながら、新たな一歩を踏み出していく。
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