第20話 最初の亀裂、そして決意

迷いの森での一件と、その後のjusticeとの衝突を経て、アークライトのプレイヤーたちの間には、表面上は一つの大きな敵――PKギルドjustice――に対する、ある種の連帯感が生まれつつあった。

cloverの勝利は、多くのプレイヤーに勇気を与え、「自分たちもjusticeの横暴に立ち向かうべきだ」という気運を高まらせた。街の雰囲気は、以前の諦めムードから、わずかながら前向きなものへと変化し始めていた。

しかし、その連帯感は脆いものであり、水面下では、プレイヤー間の亀裂はむしろ深まっていた。


グレイと、彼に同調してjusticeを結成した者たちは、完全に他のプレイヤーたちから孤立し、「共通の敵」として明確に敵視される存在となっていた。

彼らは、自分たちの行動を「このデスゲームで生き残るための必要悪」「弱肉強食こそが真理」だと主張し、略奪やPK行為を正当化しようとしたが、その歪んだ論理に共感する者はごく少数派であり、大多数のプレイヤーからは、恐怖と憎悪の対象と見なされていた。

justiceのメンバー自身も、常に周囲から敵意の視線を向けられ、孤立感を深め、より一層過激な行動へと走るという悪循環に陥っていた。

そんなjusticeの歪んだ状況を、アンジェロは巧みに利用し、彼らの不満と憎悪をさらに煽り立てていた。

彼は、グレイや主要メンバーに対し、外部の情報(真偽不明なものも含む)を断片的に与え、彼らの猜疑心や被害者意識を刺激した。


「見たまえ、グレイ。他のプレイヤーたちは、君たちを対等な存在として認めようとしない。それどころか、異端者として排除し、君たちが必死で集めた力(装備やアイテム)を奪おうとすら考えている」

「……連中め…!」

「ジニーやルーカスが主導する『秩序』なんてものは、しょせん強者のための欺瞞だ。僕たちに残された道は一つ。彼らの偽りの秩序を打ち破り、力で全てを奪い、僕たちの正しさ、僕たちの『正義』をこの世界に示すことだけだ。そして、そのためには…彼らの象徴である、あのルーカスを排除する必要がある。彼さえいなければ、他の烏合の衆など敵ではない」


アンジェロの言葉は、もはやグレイの心の闇に深く、疑う余地なく浸透していく。

グレイにとって、ルーカスは単なる邪魔者ではなく、自分たちの存在意義を脅かす、打倒すべき絶対的な敵となっていた。


一方、ギルド連合のまとめ役であるジニーは、justiceへの対応に依然として苦慮していた。

cloverの勝利によってプレイヤーたちの士気は一時的に上がったものの、justiceが壊滅したわけではない。

むしろ、彼らはより狡猾になり、アンジェロの指示のもと、ゲリラ的な活動を続けている。

武力による本格的な討伐は、デスペナルティのリスクが高すぎる。

下手に動けば、返り討ちに遭い、犠牲者を出して、かえってjusticeの思う壺になる可能性が高い。

しかし、このまま放置すれば、彼らの悪行は続き、プレイヤー間の不信感はさらに増大し、全体の士気は再び低下してしまうだろう。

ジニーは、リーダーとして、非常に難しい舵取りを迫られていた。

対策会議は連日開かれているが、有効な打開策は見いだせないままだった。


そんな膠着した状況の中、颯太はある重要な決意を固めていた。

それは、デバッガーとして、これまでの表層的なバグ修正から一歩踏み込み、システムのより深層に関わる問題――T国によって意図的に仕掛けられたであろうシステムの改変そのもの――の調査・修正に本格的に乗り出すことだった。

ログアウト不能やデスペナルティという根本的な問題を解決するには、それしか道はない。

そのためには、より危険度が高い、未踏の高レベルエリアへ踏み込み、システムの根幹に関わるデータや、あるいはT国が残したバックドアのようなものを探し出す必要があった。


(これまでのバグ修正は、いわば対症療法に過ぎなかった。根本治療のためには、病巣そのものにメスを入れる必要がある。危険は大きいだろう…だが、残された時間は少ない。やるしかない)


しかし、そのためには、まず足元を固める必要があった。

特に、ギルド機能のさらなる安定化、とりわけ、今後ますます重要になるであろうギルド間の情報共有システムと、物資管理システム(ギルド倉庫)のセキュリティは万全でなければならない。

もし、これらのシステムに未知の脆弱性が残っていれば、T国やjusticeに付け入る隙を与え、計画全体が頓挫しかねない。

颯太は、ギルドメンバー間の情報共有をより円滑かつ安全にするためのチャット機能拡張の可能性を探りつつ、最も懸念していたギルド倉庫システムについて、再度、徹底的なセキュリティチェックを開始した。

以前、権限外アクセスが可能なバグを発見・修正したが、まだ見落としている穴があるかもしれない。

彼は、デバッガーとしての知識と技術を総動員し、あらゆる角度からシステムの脆弱性を洗い出した。

数日間にわたる地道な調査とテストの結果、彼はついに、新たな、そして以前のものよりもさらに深刻な脆弱性を発見した。


それは、ギルド倉庫のアイテム出し入れに関する権限設定のロジック部分に存在する、極めて巧妙に隠されたバグだった。

特定の、通常ではありえない手順を踏むことで、システム管理者権限(GM権限)の一部を一時的に奪取し、他のギルドの倉庫に対して、アイテムの移動や削除といった操作が可能になってしまうという、致命的なセキュリティホールだった。


(これだ…! なんてことだ、こんなものが隠されていたなんて…! これは単なるバグじゃない、意図的に仕掛けられたバックドアに近い! もしPKギルドにこの方法を知られたら…他のギルドの倉庫からアイテムを根こそぎ奪われるだけじゃない、重要アイテムを削除されたり、罠アイテムを仕込まれたりする可能性すらある…! これは、全ギルドの活動基盤そのものを破壊しかねない!)


背筋に悪寒が走る。

これは、T国が仕掛けた時限爆弾のようなものかもしれない。

あるいは、内部協力者である逢沢が、将来の妨害工作のために密かに仕込んでいたのかもしれない。

いずれにせよ、放置すれば壊滅的な被害が出ることは明白だった。

颯太は、発見したバグの詳細な情報と、考えられる悪用シナリオ、そして緊急の修正案をまとめ、すぐさま永礼に最優先度の極秘通信で連絡を取った。


『永礼、ギルド倉庫の権限設定ロジックに極めて重大なバグを発見した! これは単なるバグじゃない、バックドアの可能性がある! 悪用されれば全ギルドの倉庫が完全にコントロールされる危険がある! 今すぐ修正パッチを! 他の全てを後回しにしてでもだ!』

『な、なんだと!? バックドアだと!? また倉庫かよ! くそっ、やっぱり逢沢の野郎か…!? いや、T国が直接仕込んだ可能性も…! わかった、状況は理解した! こちらのセキュリティチーム総動員で、全力で対応する! お前も、その情報が漏れないよう、くれぐれも注意してくれ!』


永礼の声は、かつてないほど切迫していた。事態の深刻さを物語っている。NEED&luxury社のサーバー室では、再び徹夜での緊急対応が始まった。

数時間後、永礼からの修正完了の連絡を受け、颯太は全身の力が抜けるような、深い安堵感を覚えた。

システムメッセージで「ギルド機能に関する重要なセキュリティアップデートを実施しました。プレイヤーの皆様は安心してご利用ください」と、やや詳細な告知が流された。

多くのプレイヤーは「また何かあったのか」程度にしか受け止めなかったが、颯太と永礼、そしてNEED&luxury社の一部スタッフだけが、水面下でどれほど巨大な危機が回避されたのかを知っていた。


(よし…これで、最大の懸念事項は潰せた。ようやく、次のステップに進める…)


颯太は、システムの根幹に迫るための、危険な領域への挑戦を決意する。

それは、1000人のプレイヤー全体の生存のため、そして、かけがえのない仲間たちを必ず現実世界へ連れ戻すという、彼自身の揺るぎない強い意志の表れでもあった。

アークライト周辺での活動から、さらに奥深く、未知の、そしてより危険なエリアへと、彼の戦いの舞台は移ろうとしていた。

しかし、彼の知らないところで、アンジェロは新たな、そしてより非情な陰謀を巡らせていた。彼は、cloverのギルドハウスを遠くから監視しながら、その口元に冷酷な笑みを浮かべていた。


「ルーカスの正体を探るだけでは、時間がかかりすぎるかもしれないね…もっと直接的に、彼の心を折り、無力化する方法が必要だ…そうだ、彼が大切にしているらしい、あのギルドの『仲間』…特に、あの初心者ヒーラーや、彼に気があるらしい女たちを利用するのはどうだろう…? 人質、あるいは…」


アンジェロの歪んだ思考は、もはや人の心を持たない領域へと踏み込んでいた。

プレイヤー間の亀裂は決定的なものとなり、システムの深層に潜む脅威と、アンジェロの悪意が、すぐそこまで迫っていた。

物語は、より激しく、そして過酷な中盤の対立激化へと、否応なく突き進んでいく。

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